第13話 言いたい言葉
「昼から借りる家を見に行くぞ。」
「?私たちも一緒にでしょうか?」
「当たり前だろうが。」
ハンナはバハルの膝の上に抱きかかえられている。顔はまだ真っ赤で俯いている。
「だが、これをどうするかだな。」
ハンナの顎を食いッと持ち上げて首についている首輪に指をかける。ハンナはバハルと目が合い更に顔が真っ赤になる。
「そうですね。親戚の子供を奴隷の象徴の隷属の首輪をつけて連れて歩くわけにもいきませんもんね。」
「首になんかまくか?う~ん不自然すぎるか……。」
「バハル、この首輪をとることはできないのですか?」
「できないことはないんだが、少々厄介でなぁ。」
口に何重にも掛けられた魔法よりも少々厄介な魔法が掛けられていた。
「その首輪にもなにかかけられているのですか?」
「この首輪を壊すと居場所を術者に伝える魔法がかかっている。術者が生きていた場合壊した瞬間やってくるだろう。相手が分からんのにそんな危険を冒すのもなぁ~」
「そこまでして、あの牢からだしたくなかったんですな。」
ハンナは二人を交互に見る。術者?隷属の首輪?牢……?
ハンナは目を見開きあの真っ暗の闇を思い出す。
「あ……あああ?」
「ハンナ?」
バハルは心配そうにハンナの目を覗き込む。
「あああ!!!ああああ!!うぁああああ!!!」
首を左右に振り涙ぼろぼろと溢れ落ちていた。
ハンナはバハルの服を掴み、まだ細く頼りない首を勢いよく横に振る
「ハンナどうした?ハンナ!?」
首輪から手を離しハンナを抱きしめる。
「あああ……ああああ……」
「ハンナ、大丈夫だ。どうした、ハンナ。」
「そうですよ、ハンナ。怖いことなんてないですよ。」
スラングも心配そうにハンナの顔を覗き込む。
バハルはハンナの顔が何かに怯えているような顔をしていたため、大丈夫だと繰り返し背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせる。
ハンナの顔が上を向き、あああ?と言っているが、何を伝えたいのか全く分からない。
「んー、ハンナが何を言いたいのかわからねえが、お前が思っているようなことには絶対ならないから安心しな。」
指でハンナの瞳にたまった涙をすくう。
ひっくひっくと嗚咽を漏らし泣いていたが少し経つと落ち着いたのか、ばっとバハルから勢いよく離れる。
「なんだ、もういいのか?」
笑いながら手を広げているが、顔を赤らめてプイっとそっぽを向いた。
昼の二回目の鐘が鳴るぎりぎりにギルドに到着した。
ハンナな首元が見えないフード付きの服を着て、バハルに抱っこされていた。
「よく残ってたな、こんな服……。」
「これは私めの大事な思い出の品ですからね。」
スラングは目を細めて笑う。
ハンナが今着ているのはバハルが幼少の時来ていた服である。もう300年以上前のものなのでこんなにきれいに残っていることが不思議なくらいだった。
一応服の下にストールを巻いて万全を期している。
「バハルさん時間どおりですね。おや、その方たちが一緒に住む方ですね。私はギルドマスターのアクセスです。」
アクセスは軽く会釈をして、スラングとハンナをじろじろ見ている。
「あー、こっちが叔父のスラング、親戚の娘のハンナだ。病気のせいで話すことはできなかったが、最近やっと少しだけ声を出せるようになった。」
「かわいいお嬢さんですねぇ。」
すっと手が伸びてハンナに触れようとする。
アクセスの手をバシッと叩き落とすと、驚いた顔でバハルを見る
「バ……バハルさん、ひどいじゃないですかああ!!」
ギルドの前で大きな声を出して叫ぶ。
通行人が、なんだ?とちらちらとこちらをみているが、気にしない。
「俺のハンナに触れるな。」
そういうとおやぁ?とにたりと笑った顔でこちらを見てくる。
「気持ち悪いからその顔やめろ。」
ぶん殴りてぇと思いながらちっと舌打ちをうつ。アクセスはなにもなかったかのように、道案内を始めた。
「さて一件目ですが、ギルドにも近く日当たりもまあまあで、部屋はなんと3部屋あります。私のおすすめです!ここにしましょう!」
「なんでお前が決めるんだよ……」
お勧めだといった家は状態も日当たりもいいが、ただ人通りが多く落ち着かない。もう少し静かなところがいいというと、大分凹んでいたが二件目に到着した。
ギルドより少し離れて部屋も二部屋、日当たりも悪くないし人通りも少ないがスラムが近いので却下。
こんなところにハンナを住まわせるわけにはいかない
三件目は中堅層が暮らしている地域らしい。
商売で成功したもの、高ランク冒険者が多く家を借りる冒険者は基本的礼儀正しい人が多いため、争いごとはほとんど起きていないらしい。
木造二階建てで3LDK、家具付きの物件で家族で住むのにお勧目の物件らしい
「家賃は月金貨30枚です。高いかと思うかもしれませんが、ある程度稼ぐ冒険者は安全な地で家を借りるのが一番ですよ。」
ギルドで依頼を受けなくても金貨30枚だろうと100枚だろうと払える金は持ってる。
「スラング、ハンナ、ここでいいか?」
二人は頷き、ここでいいですよ、ハンナは訳が分かってない様子だがあー!と手を挙げて返事をする。
「んじゃ、この物件にする。」
「はーい、そういうと思って契約書持ってきたよー。ささっ、家に入って。」
がちゃりと鍵を開けて中に入る。
こいつ絶対最初からここに住まわせるつもりだったな、と思いながらちっ舌打ちをする。
別のところを回らず最初からここを紹介しろよ、めんどくせえ奴だな
リビングにある机に座り、書類にサインをしていく。
「今日からこちらに住んでいただいて結構です。」
契約書に無事サインもし、鍵も渡され、こいつにはもう用はない。
なんかさっきからべらべらしゃべってうるさい、めんどくさい
アクセスを家から追い出す。
「ええ!!まだいるうううう!!」
と叫んでいたが蹴とばして外に出し中から鍵をしめて放置。
しばらくドアの向こうで何か言っていたが、少し放置していたら帰ります、と悲しそうな声でいうととぼとぼとギルドに戻っていった。
一階にリビングと一部屋、二階に二部屋あった。
「スラング、お前はどこの部屋がいい?」
「?私めに部屋をいただけるのですか?」
「……じゃあお前は一体どこで寝るんだよ……。」
「部屋がなくとも地面があればどこでも……そんな怖い顔しないでください、冗談です。じゃあ、一階にある部屋を使わせていただきます。何かと便利なので。」
「わかった。」
そういうとバハルはハンナを抱えたまま階段を上り二階に行く。
「あー?」
奥にある部屋のドアを開けると、セミダブルの大きさのベッドとタンス、少し小さめの机が置いてあった。カーテンは薄いピンク色で小花柄、かわいらしい部屋だった。
「ハンナは俺と同じ部屋な。」
そういうとハンナは目を見開き、あああ!!と言いながら首を横に振る。
「決定事項だ。あきらめろ。」
ベッドに降ろし服を脱がせようとする。
「うう……あうあう……。」
脱がせようとするバハルの手を必死に抑えているが、全然力が入っていないので簡単に服を脱がされてしまう。
ハンナの体はまだ肉が付いていない。肋骨は浮き上がり、健康体と呼べるまでまだまだ先のようだ。
ポケットをがさがさとあさり、一枚の服を取り出す。バハルのポケットに入っていたわけではないが、なんとなくポケットから出すしぐさをしながらイベントリから引っ張り出しているだけである。
白くフリルのついたかわいらしいワンピースだった。
頭からスポッとかぶせ着せる。うむ、がりがりすぎていかにも病人と言う感じだ。
「首につけているストールはとるなよ。」
ハンナは頷くと、いいこだ。と頭を撫でる。ポケットをもう一度あさり、出したものをハンナに渡す。
それはかわいらしい絵のついた絵本だった。
「俺は教えるのが苦手だから、スラングと一緒に読んで教えてもらえ」
そういうと、ハンナは少し顔を赤らめて嬉しそうに笑った。
バハルが部屋から出ていくと、ハンナは渡された絵本を大事そうに両手で抱きしめた。
「バー……」
まだあの人が自分にとっていったい何者なのか全く分からないが悪い人ではないのは分かる。きっと優しい人だ。
まだバハルとは言えない、けれどいつかバハルの名前を呼んでありがとうっていいたい。
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