第2話 生かすか殺すか
「生きているのでしょうか……?」
スラングは驚いた顔をしている。そう、バハルのサーチに何かが引っ掛かったのは分かっていたが、それは生きているものだと思ったからだ。
「かすかに、だがな。かすかに息はある。生きてはいるようだ。
この格子、こいつの首にはめられている首輪にめんどくさい魔法が掛けられているな。」
バハルがそう言うと、格子に右手をかけると、ばちばちと音をならしながらまぶしい光と電気が走る。
なぜ人間一人にこんな強力な魔法を何重にもかぶせ捕らえておく必要があるのだ?罪人なら斬首だろうし、こんな幼いものが凶悪な犯罪者とも思えない。
ふむ、と考えながらぱちぱちと音を鳴らしながら手に走る電撃を、なんともないかのように受けている。
「バハル殿下……」
心配そうに隣でおろおろとしている。こんな脆弱な魔法にやられるとでも思ってんのか、こいつは。
バハルは力をぐっと手に込めると鉄格子がガラス細工のように砕け散るが、砕け散ったものが自分や中にいる何か、に当たらないように魔法を使い吹き飛ばす。
「うわあ!」
スラングに飛んでいく分は防がなかったので、スラングは焦った声を出してはいるが簡単に自分に飛んできた破片を魔法で吹き飛ばす。
なにか、に近づくと異臭がきつくなる。鼻を押さえる手に力がこもる。
「おい」
何も反応は返ってこない。
これが男なのか女なのか全くわからない。
目は虚ろで、果たして見えているのだろうか。
体は骨と皮で生きているのが不思議なくらいだ。
バハルはしゃがみ、首輪に手をかける。
首輪に鎖がつながれているのか、触れるとじゃらりと音が響いた。
「バハル殿下、それは一体……」
「……スラング、戻れなくなる覚悟はあるか?」
バハルはこの何かを見ながら。背後にいるスラングに問いかける。
「はぁ、バハル殿下。戻る戻らない関係なく私めは死ぬまで貴方様の側を離れません。例えこの地に留まろうとも。」
手を胸に当て頭を下げる
バハルはふっと笑い、首につながれた鎖に触れる。
ぐっと力を籠めると、キィンっと鎖は粉々に砕け散る。
バハルはマントを脱ぎ、何か、に巻き付けて物のように抱き上げる。
「上に戻るぞ。」
「私めがお持ちいたします。」
スラングが手を差し出すが断り自分で運んでいく。
少々臭うが、マントでグルグル巻きにしているおかげか幾分かマシである。
来た道を急ぎ足で戻り、どこか使えそうな部屋を探すが、寝室と思われる部屋のほとんどがなぜかひどい血痕の跡のようなシミがあり、とてもじゃないが使える状態ではない。
スラングが全部屋見て回りやっとマシな部屋を見つけたようだ。
マシ、と言われた部屋はあまり広くなく、召使いが使うようなこじんまりとした部屋であった、
血痕もないし、ほこり臭いが魔法でほこりをかき集めて窓の外に吐き出す。
スラングがすでにベッドも清浄魔法をかけたのだろうか、ふかふかにしてあった。
だが問題はバハルの持っている性別不明の人間と思われるものからにおう異臭をどうにかせねばいけない。
自分も匂いがうつっているだろうと思い一緒に清浄魔法をかける。匂いはなくなったが、今度はこの何かのあまりの軽さをどうしたものかと思っていると、スラングが部屋に入ってくる。
「その者が一体どのくらいの期間あの地下にいたかわかりませんが、いきなり固形物を食べると吐き出してしまいますので、こちらを与えましょう。」
手を前にかざして亜空間インベントリーより小さな鍋と野菜と思われるものを出す。
「用意がいいな・・・。」
「どれだけ殿下の側にいると思っているのですか?乳母が疲れて眠りこけてしまった時、私めがおしめを変え、あやしていたのですよ。かくれんぼと言いながら、数日迷子になって泣きじゃくるバハル様を見つけたのも私ですよ。」
微笑みながら鍋に器用に切られた野菜たちと水を入れていき、手のひら微かに揺れる炎でぐつぐつと煮込んでいく。
「・・・お前には敵わないよ・・・。」
ベッドの上で胡坐をかきながら、その足の上にまだぐるぐる巻きにされた人間を抱えているバハルは深いため息をつきながら目をつぶる。
「殿下が魔王になりたくないことは昔から知っております。ええ、わかっておりましたとも。ですが、300年前勇者と聖女率いる人間共と戦争になったとき、若干50歳のバハル様を見て魔王の素質があると確信しました。私や他の幹部もバハル様に魔王になっていただけることに期待し推しているものも多数いるのです。それだけは分かっていただけますよね?」
ちっと舌打ちをしながら、わかってるよ……と呟くとスラングは目を細めながら微笑む。
「さあ、できましたよ。冷ましたスープをそのものに、残りのスープと料理はバハル様と私が食べましょう。」
また亜空間に手を突っ込み、パンと深皿を3枚取り出す。
バハルには多めによそい、渡す。
机がねえな、とバハルがつぶやくと、ありますよ、と微笑みながらスラングのインベントリーより丸い机と椅子を一つ出す。
「椅子、もう一つ出せよ」
とバハルが言うと、遠慮がちにもう一つ椅子を出す。
スープはまだ熱いのでベットの上に寝かせてバハルは椅子に座り、スラングに早く座れと催促する。
スラングは渋々座り、食事をとる。
バハルは一瞬で食べ終わり、ベットに寝かせた何かに巻き付けているマントをはぎ取る。
目はうっすらと開いてはいるが、どこを見ているのか全く分からない。
頭の下に腕を通し上半身を起こして足と腕でしっかり支える。
スラングにスープの入った皿を渡すように片手を伸ばし、少し冷えたスープを渡してもらう。
スプーンで少しすくって唇に当てるが、口の横から流れ落ちる。
何回か試してみるが、全く喉を通さない。
スプーンを投げ、バハルはスープを口に含み何かの唇を重ねて流し込む
「バハル殿下!!??」
スラングは驚いた声を発したが、バハルは気にもせず、数回唇を重ね流し込む。
スラングは不思議に思っていた。こんな訳の分からない何かに、こんなに手をかける理由がまったく理解できなかったからだ。
すべて流し込み、バハルは何か、をそっとねかせる。
「スラング、これがなにか、わかるか?」
これ、とは?首をかしげるが、これとは目の前にいるまだ幼く10歳前後だと思われる人間のことだろう。
「いえ、わかりません。」
「……スラング、この何かは……」
スラングの目が見開き、絶句する。
「そんな!なぜこのような場所に!!!??」
そう、なぜあんな地下にいたのかバハルにもわからない。
だが、生かしておいて危険な存在と言うことは二人とも理解していた。
スラングは腰に差している剣に手をかける。
「バハル殿下!今のうちに駆除しておくべき存在です!」
スラングは今までほんわかしていた顔から、険しい顔になり、体から魔力が漏れ出していた。
「スラング、殺す必要などない。今ですら生きているのかわからないのだ。どうやって生きながらえてきたのか俺にはさっぱりわからん。だが、こいつは生きている。必死に生きている。」
「ですが!!それは人間、それも聖女というのならば、魔族の敵です!今殺さねば後々我らの痛手となります!」
聖女と呼ばれた何かは何も答えない。聞こえているのか、聞いているのかすらわからない。
バハルはさらりと聖女と呼んだ女の長い前髪を顔が見えるように払う。
顔にも全く肉が付いておらず、ミイラのようだ
「死んだほうが幸せなのかもしれない。だが、俺は決めた。こいつを 俺の奴隷として手元に置く。」
「は……?今なんと……?」
「お前は何度も言わないとわからないほど、衰えたのか?」
「いや……ですが……。」
そう、バハルは言った。
聖女を奴隷として手元に置くのだと。
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