第16話 面白いもの

 爽やかな朝陽に照らされた港で、俺は若い女性と相対する。

 雨季直前の穏やかな気候を満喫できたならどれだけ良かっただろうか。


 自身の蒔いた種とはいえ、これはいたたまれない……。


 痛む胸から意識を引き剥がしながら、ともかく俺は挨拶をした。


「ルデンツァだ、今日はよろしく頼む」

「領主のクレセアよ……出迎えが遅くなって申し訳なかったわ」


 眼前にはぎこちなく挨拶を返す若い領主。

 

 この場合謝るべきは俺のほうじゃなかろうか……。

 表情を引きつらせた彼女に言葉をかけようとしたのだが。


「なんだあ?その態度は!かしらを待たせたんだ、しっかり詫びいれんかい!」

「そうだぞ!小娘ぇ!出すものだせや!」

「頭ぁ!なんとか言ってやってくだせえ!」


 俺の意とはまったく反対の反応をする取り巻き達が、彼女を更に追い込む。

 や、やめてくれ……。


「そ、それでルデンツァ伯?事前に連絡いただいた話と違うようだけど」


 ひくひくとぎこちない笑顔を浮かべながら、クレセア領主は俺に問いかける。

 

 それはそうだろう。

 もともとは雲船一隻で訪れるつもりであったのだ。

 当然受け入れる側もその予定で進めるのが普通。


 俺だってこんな大所帯で来るつもりはなかったんだが……。


「うむ……」


 必死で言葉を探していると、使用人として連れてきた彼女が俺に頷いてみせた。


 濃い褐色肌に金髪。

 アケル院国では目立つブラン族特有の容姿を持つシオネだ。

 港の警備係とも昨晩色々とやり取りをしてくれていた。


 比較的まともな彼女に何か考えが――


「ルデンツァ様の人望がとどまるところを知らなかっただけです。何か問題でも?まあレブレの港が小さいことは分かっていましたから、そこは不問にいたしますわ」

「おいっ!」


 どうしてこの状況で挑発するんだ!?

 思わず声を上げてしまうと、クレセア領主はびくっと肩を震わせた。


「ず、随分使用人を連れているのね?」

「あ、ああ……シオネだ」

「こっちは私の従者よ」

「ディエールでございます。お見知りおきを」


 白髪の執事が空気に呑まれず優雅にお辞儀をする。

 うちの使用人より遥かに優秀に見える。


「大変失礼をした。シオネ下がれ」

「……はい♡」


 注意したのに何故か嬉しそうにするシオネは、俺の半歩後ろへ下がると小さな声を出す。


「……商談には威圧も必要です。ルデンツァ様の『威厳』を活かしませんと♡」


 思った以上の波乱を予感して、俺は思わずため息をついた。

 



 時間は少しさかのぼり。

 レブレ領へ向かう雲船の中。


「そりゃあもうばったばったと俺達もやられちまってなあ!おかしらの強さは異常だったぜ」

「敵ながらほれぼれする戦いぶりってなもんだ!」

 

 さほど広くはない食堂で、上機嫌な取り巻きの二人がその時の様子を若者へ楽しげに語る。

 彼らの正体こそ、あの時の『野盗』である。


 到着まではまだ充分時間がある。

 こういった船旅では思い出話に華が咲くのはよく見る光景であった。


「さすがはお頭……!」

「それで……兄貴達は?」


 興味津々と言った様子で話を聞いている若者たちは、どうやら『新入り』らしい……。

 

「手も足も出ないっていうのはあのことだ。全員なぎ倒されちまって這いつくばって降伏よ」

「そんな俺達をお頭は生かしてくれたんだ。しびれましたぜ、お頭」




 俺がルコバ首国からアケル院国へ渡ってきたのは随分前のこと。

 今よりずっと若かったが、噂ほど幼い頃ではない。


 財産もほとんど無かった俺を受け入れてくれたのは、アケル領の中でも一際長閑なトランキ区。

 トランキ区の住民は決して俺を迫害するようなことは無かったが、だからといって施しを受けられるわけでもない。

 芋の畑が一面に広がるそこで、色々な農家の手伝いをしながら暮らしを始めた。


 ある程度住民達とも打ち解けられた、と思った頃。


『町のはずれに野盗が出る。なんとかしてくれないか』


 というお願いをされた。

 ノルディア族の男として生まれつき身体は大きいし、力もあるし若い。

 そういったことを知っていた住民からの嘆願だった。


 頼られたのが嬉しかった俺は、震える足に言うことを聞かせ町のはずれに行ったのだが……。


 その後の顛末が、彼らにどう見えたのかは知らない。

 若さだけを武器にした俺は、手に持った農具で無我夢中で彼らと戦っただけだったと思うのだが。

 だからこそ野盗とはいえ、命をとるかどうかなどその時は一切考えていなかった。




「俺が生かしたわけじゃないだろう……」


 なんとか彼らを倒してほっと胸をなでおろし、その後は地域住民総出で彼らを領主のもとへ連れて行った。

 野盗の事実は――非常にみみっちいものだったが――認められたため、彼らはそのまま牢獄行きとなるかと思われた。


 しかし。

 トランキ区の当時の領主が相当変人であったのが幸いだったのか、それとも災いだったのか。

 事態は思わぬ方向に転がることになった。



『ルデンツァ、お前にこやつらの処遇を任せよう。どうだ?こやつらと一緒に一旗あげてみんか』



 領主にそんなとんでもないことを言われ、一緒に提案されたのが『タナイモ』という芋の栽培だった。

 あれよあれよという間に話は進み、結局俺は彼ら野党達の元締めのような存在になってしまい。

 気づけば彼らとともに荒れ地を開墾し、タナイモの栽培に精を出すようになったのだ。


「命令を下したのはあの変人領主でしたが、結局はお頭が頷いてくれたから俺たちゃこうして生きてるんです」

「そうですぜ、タナイモの栽培がうまく行ったのもお頭のお力あってこそじゃないですか」

「い、いや……それはだな」


 『タナイモ』という品種そのものが荒れ地で栽培するのに適していたからに過ぎない。

 加えて。


「ふふふ♡相変わらず謙虚なお人ですね、どうぞ」

「あ、ああ……すまないな」


 水を手渡してくれた彼女、シオネの影響は無視できないだろう。

 

 荒れ地を所有する一家の長女だったいう彼女。

 シオネは農家の娘らしく――もっとも両親は早くに他界したそうだが――畑についての知識は豊富だった。

 彼女は収穫の一部と引き換えに土地を提供してくれた上、『タナイモ』の栽培について要所要所で的確な指摘をくれたのだ。


「いつの間にか随分な大所帯になりましたね」

「俺が人を増やしたことは一度も無いんだが……」


 シオネと元野盗達の彼らの協力もあり、『タナイモ』の栽培は好調に推移。

 更にその味も受け、今ではトランキ区の特産になるまでになった。

 結局『タナイモ』の栽培を続けた結果、俺は分不相応と思えるほどの財産を持ってしまった。

 貴族位も定められた納税をしていたら勝手にもらった、というのが正しい。

 

「人望がある人にはお金も人も集まるものですよ?弟さんだって今やルコバの王様だとか♡」

「あいつはもともと才能があるからな。噂だけ聞いてると心配で仕方がないが」


 つられて俺の評判もとんでもないことになっている。

 

 荒くれ者の大元締め。

 手段を選ばない成金貴族。

 人の命も金にする男。


 いつの間にか荒くれ者達が俺の元に集いはじめ、気づけば悪の親玉である。

 弟と違い、そもそも人と話すことは得意でない俺にとって、この印象を拭い去ることは難しかった。


 集まった者達は気のいい連中が多いとはいえ、皆自身の居場所を追われた者達ばかり。

 とにかく仕事を与え、暮らしを整えてやろうとする内に。


「嬉しいっすよ!ルデンツァ一家に加われるなんて!」

「へへ……まあしっかりやれよ?」


 こうして一人、また一人と人数が増えていってしまったのである。


 いつの間にか組織になってしまい、あまつさえルデンツァ一家などと呼ばれるようになってしまった。

 俺はただのタナイモ農家――強いて言えば沢山の畑の管理者――だと言うのに……どこで間違ってしまったのか。

 人数ゆえに誰かを威圧するような形になるのは、頭の痛い問題である。


 そして頭痛の種はもう一つ。

 とても大きなものが最近増えてしまった。


「しかしルデンツァ様……『飲食税』とは。アケル院もいよいよ馬鹿なことを言い始めましたね」

「……そうだな」


 アケル領でもある程度普及しているイモ類は課税対象にならない。

 はじめはそう通達があった……が。


「タナイモまで指定するなんて、あいつら調子に乗りすぎっすよ!」

「他のイモより美味いから嫉妬したんだろ?ったく貴族ってのはどうしようもねえやつだぜ」


 新入りと話していた古株の男二人も、にわかに騒ぎはじめた。

 俺も貴族なんだが……まあ細かいことは言わないでおこう。


「乾燥イモ以外は認めないなんて、頭に対する宣戦布告ですぜ!」

「本当ですね。今からでもアケル院に乗り込んでやりましょうか♡」

「やめてくれ……」


 可愛らしい声は出しつつも、シオネの目が怖い。


 アケル院国に流通するイモは基本的に冬直前に収穫し、乾燥させて保存するものがほとんど。

 カラカラに乾いたそれは非常に日持ちが良い代わりに、あまり美味しくない。

 一方タナイモは春と秋に二回収穫ができて、乾燥させずに食べると味が良いのだ。


 『飲食税』の背景にはある種の贅沢を禁止したいという院の心情がある。

 だからこそ、乾燥イモより美味であるタナイモは目を付けられてしまったというわけだ。


「ルデンツァ様。弟様の国……ルコバ首国へ直行されたほうがやはり良いのでは?」


 シオネの言うことも一理ある。


 正直今回の『飲食税』は俺達に対する締め付けという意図も感じるほど。

 もともと素行が良いとは言えない人間が集っている俺達は、アケル院の貴族からすれば面倒な存在だろう。

 恐らくこの機会に出ていかせる、もしくは勢力を削ぎたいという意思があるのは間違いない。

 だからこそ生まれ育った国、ルコバ首国へ渡ろうと考えた。


 しかしそんな時、今はこの国を去った変人領主の言葉を思い出したのだ。



『アケルは間違いなく傾く。ルデンツァもこの国をいつか出たいと思う日もあるだろう。だが……その時は一度レブレ領に出向いてみてくれ。予想どおりなら、面白いものが見れるかもしれん。母親に似て恐らく美人になっとるだろうしな』



 美人というのはともかく、世話になり変人だった領主が『面白いもの』という誰かがいる。

 そのことを不意に思い出したのも何か意味があるのかもしれない。


 放浪を続けていた俺を領においてくれたのは紛れもなく、あの領主。

 良くも悪くも騒がしい今の生活を手に入れられたのも彼が居たからだ。


 そんな彼はやるべきことがある、と言ってこの国を去った。


 しかし今の俺は、俺達はそうではないのが実情だ。

 都合が悪くなったからとアケル院国からただ逃げ去るようなことは、本当はあまりしたくはない。

 

 だからこそ、ルコバ首国へ流れてしまう前に、レブレを見てからでも決して遅くはない。

 そう考え、俺は一度出向いてみようと考えたのだ。


 ただ……。


「総出で行くことになるとは思わなかったがな……」


 今俺が乗っている雲船は小型だ。

 これなら威圧することもないし、旅行という名目ならさほど相手側に気を使わせないだろう、という見込みは大きくはずれることになった。


 何しろ全部で10隻近い雲船団になってしまったのだから。


「私もルデンツァ様と二人きりの旅行を楽しみにしていたんですけど」

「頭、シオネさんすまねえ。俺が余計なことを言ったばっかりに」

 

 シオネがそんなことを言うと、馴染みの一人が申し訳なさそうに顔を出した。


 彼はラデロ。

 大柄なノルディア族でタナイモの畑の管理の傍ら、冒険者もやっている。

 少し強面だが面倒見が良く、仲間内からも好かれている好人物である。


「一つ前の仕事場がたまたまレブレ領で。あそこで食べた弁当が本当に美味かったんだ。相棒もすごく気に入ってたし、できれば皆にも食べて欲しいなと思って」

「……まあラデロにそう言われてしまうと仕方ありませんね」


 彼の冒険者としての相棒は確かトムテ族の女性だったはず。

 つまり、男女共に美味しいと感じられるものだったのだろう。


 列を成していた、とか、黒曜獣みたいな味だ、とか。

 彼が嬉しそうに語った話は一家中に広まり、俺がレブレに行く、という話があがった途端。

 全員予定を調整し一家で所有する全ての雲船に乗り込み、ついてきてしまった……というわけである。


「フォルっていう気のいい若者が元気にやってたんだが……。おそらくあれも『飲食税』の対象になっちまう。それまでに頭にも食べてほしくてさ」

「なるほど……な」


 彼の話すところによると。

 もちもちとしたグラノというものと、味付けをした肉をあわせた弁当だったらしい。


「シオネ、レブレは黒曜獣が出ないと聞いたが」

「ええ、そうですね。いろいろと不運な島です。若者はアケル領に出ていっているらしく、普通のイモの栽培にも苦労しているようですね」


 となるとペッシェに頼る食生活になっているだろう。


「タナイモの顧客にはなり得ない……か」


 もしかしたら在庫を買ってくれるか、とも考えある程度積んでこさせたが……それは難しいかもしれないな。

 財政的にも苦境に立たされている可能性も高い。


 と、思ったのだが。

 使用人を公言するシオネは、少し悪い笑みを浮かべていた。


「いえ……継続的には無理でも、在庫分含め数回の取引は可能かもしれません。格安でも『飲食税』導入までに売りきってしまえば、私達としては引っ越し代の足しになりますよ?」

「……たしかにな」


 あくまでタナイモを気に入ってもらえれば、の話だ。

 それに国を出る前に在庫を押し付けるような形になる。


 正直あまり気分の良い話ではない、と思った。


「お頭のタナイモはどのイモより美味いですぜ!」

「シオネにお任せください。アケル院国で最後の一稼ぎ、私がまとめてみせます♡」


 ラデロとシオネは既に在庫を売払うことに意欲を燃やしている。

 二人とも一家のことを想ってくれているのが分かるので、俺としても止めにくくなってしまった。


 考えてみれば、一家を率いている立場とはいいながら。

 俺は結局集った彼らにこうして担がれて来てしまっているのかもしれないな。


 眼の前で新入りを巻き込みつつ盛り上がる商談の話を前に。

 少し冷えていく心の内を、自嘲でごまかした。




 そして今。

 俺達はレブレ領の野次馬達に遠巻きに囲まれ、女性領主と相対している。


「それで?レブレ領主としては話したいことがあったし、歓迎の用意もしてたわ。とはいえ、これだけの人数というのは予想外」


 クレセア領主はそういって肩をすくめる。


「ただの旅行にしては随分やんちゃな連れが『たくさん』いるのね」

「……ああ、少し騒がしくしてしまった。すまない」


 たくさん、という所を強調する彼女。


 相手側はある程度歓迎の用意もあったらしい。

 それに対してこちらは連絡なく大所帯。

 しかも昨日深夜に到着してしまったこともあり印象は最悪だろう。


 せっかく話す機会を得たが……タナイモの件はどうしたものか。


「……お任せください。ここはふっかけてみましょう」


 俺がわずかに沈黙したことを察したらしく、シオネが小さく言って前にでる。


「もとより田舎領主にまともな歓迎など期待しておりませんわ。とはいえ、長旅でしたしそろそろ食事がしたいのです。つきましてはフォルという若者はどこに?」

「は、はあっ!?」

「うえっ!?」


 『ふっかける』という言葉どおり、シオネは挑発的な物言いを続ける。

 クレセア領主が可憐な顔に青筋を立てたが、同時に別の方向から素っ頓狂な声が聞こえた。


「おお!お頭、あの若者だ!美味い料理を作ってくれたのは」


 ラデロがその声の主を見て声を上げる。

 そちらを見るとそこには趣ある雲船。

 そしてそこにはまさに人畜無害、人の良さが滲んだ顔立ちの若者がいた。


「おおい!ちょっと来てくれないか?お前さんに会いたかったんだ!」

「お、俺……っ!?」


 ラデロに声をかけられた彼はクレセア嬢の顔をちらりと伺う。


「あ、貴方……あの時の……」

「ん?領主様……どっかでお会いしたことあったか……?」

「い、いえ。なんでもないわ。フォル!こっちへ」


 一方のクレセア嬢はラデロを見て何かに気づいたようにしたが、すぐに元の調子を取り戻しフォルという若者を呼んだ。

 彼女はラデロの不慣れな言葉遣いも許してくれたようだ。


「え、えと……こんにちは」

「おう!元気そうで良かった。俺はラデロっていうんだが」


 恐る恐るこちらへやってきた彼にラデロは嬉しそうにあらましを話す。

 彼も自身の料理を気に入ってもらえた、という話を聞いて柔らかい表情を見せた。


「ラデロ、その方で間違いありませんか?」

「ああ!」


 シオネはラデロの返事に大仰に頷くと、一際通る声で言う。


「フォルさん、代金は支払います。私達全員分の料理を用意なさい」

「え……ええっ!?」


 急な宣言に、当然クレセア嬢は声を上げる。


「ちょ、ちょっと貴方!何勝手なこと言ってるのかしら!」

「『代金は支払う』と申し上げました。私達が調理師に食事をお願いしただけです。何かおかしな所でも?」


 随分横暴な理論だが、まあ間違ってはいない……のか。

 シオネには何か考えがあるようだし、もう少し見守ってみることにする。

 

 すると、あちらの執事だと言う紳士が口を挟んだ。


「これだけの多勢で押し寄せ、貴族の位を振りかざすのは脅迫と変わりません。領民の安全を考えれば当然領主側としては許可できませんな」

「そうね」


 執事の言葉に頷くクレセア嬢を、シオネは楽しそうに見やる。


「では『話したいこと』とやらを私達が聞いて差し上げる必要もありませんね」

「……っ!」


 そういえば先程彼女は『話したいこと』があったと言っていた。

 シオネはそこを突くつもりのようだ。


「万年引きこもりと聞いた貴女がいらしたんです。何かよっぽどの話なのでは?」

「……」


 図星だったのだろう、クレセア嬢は口を噤む。

 そこを好機と見たのか、今まで黙っていた周りの連中も囃し立て始めた。


「随分美味いって聞いたぞ!俺にも兄ちゃんの飯を食わせてくれー!」

「ラデロばかりずるいぞっ!」

「お頭にも飯を出してやってくれよ!」


 随分俗っぽいヤジなのはともかく。

 事態がこじれそうなので、俺が制止しようとした瞬間。


 

「だまりなさいっ!!!」



 若い領主の気迫の籠もった声が響いた。

 華奢な身体から出たとは思えないほど芯のある声だ。

 その力強さに、俺は面食らってしまう。


「あんた達、誰の許可得て停泊できてると思ってんのよっ!昨日の夜からうちの領民の生活を脅かすようなことしてっ!これ以上横暴するってんなら下っ端まとめて監獄にぶち込むわよっ!」


 続く言葉にシオネも二の句が告げなくなっている。

 そしてそんな彼女をクレセア嬢は指さして、更に続けた。


「当主は無理でも、領主権であんたもしょっぴけるわよ!ご自慢の主とくっついていたければ、その汚い口は閉じてなさい!」

「……っ!」


 そこまで言い返されるとは思っていなかったらしく、シオネは目を白黒させている。



「いい?金持ちだがなんだか知らないけどね。ここはレブレの領民の土地よ!」



 彼女のその言葉に、集まっていた野次馬も含め全員が静まり返る。

 見た目だけなら、貴族としての威厳どころか、むしろ幼ささえ感じる彼女。


 しかしその主張には、確かに領主としての意気込みを感じた。


『面白いものが見れるかもしれん』


 かつて俺を受け入れてくれた変人領主の言葉が、昨日のことのように頭をよぎる。



 ……そうか。

 彼はこのクレセア嬢の存在を知っていたんだな。



 状況はあまりよろしくないはずなのに、俺はなんだか懐かしさと不思議な喜びがないまぜになって、ついつい頬が緩むのを堪えていた。

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