第13話 下に「ぜんしん」

 まずい……。

 

「ぐぬぬぬ……」


 私は猛烈な後悔から逃れられず、頭をかきむしる。


かくまってどうするのよ、私……」


 そんな独り言も、自分でも聞き飽きてしまうほど。


 領主として能が無いのは今に始まったことではない。

 だからこそ、領主の仕事をする時はできる限り頭を使ってきたのに。


「……完全に衝動で動いたわね」


 今回はそう認めざるを得ない。

 


『……お嬢様。何者かの足音が……』


 ディエールがそう言ったあの夜のこと。

 複数の足音とともに近くを通り過ぎていったのは、例の三人だった。

 彼らはこちらに気づかずに、笑みを浮かべながら通り過ぎていく。


『……っ』

『……!』


 何を話しているかまでは分からない。

 けれどその笑顔はとても明るく、爽やかなものだった。


 だからそれを私がこれから潰すのか、と思ったら。

 胸が苦しくてどうしようもなくなったのだ。


 そして同時に気づいた。

 このままだと彼らはアケル領に連れて行かれるって。



「……」


 なぜかそれがとても嫌で。

 とにかく無い頭を全力で回転させて思いついたのが、適当に理由をこじつけて閉じ込めてしまうことだった。

 密輸は船を使ってた、っていうことからそれっぽかったから付けただけ。


 ちなみに窃盗は冤罪ではないので、じっっっっくり追求する必要はある……!


「クレセアお嬢様、入りますよ」


 と、ディエールの声がした。


「……どうぞ」


 私がため息まじりにそれに答えると、彼は苦笑いを浮かべつつ入室する。


「応接室に閉じ込めたことをお悔やみですか?」

「物置のほうが良かったかしらね」


 なんだかその表情に腹が立って、ついどうでも良い言葉を返してしまう。

 子供っぽい自分に気づいて、私は更に嫌な気持ちになった。


「その後、アケル領からは?」

「まだ今のところは何も。緊急の船ならもう到着するでしょうし、静観という判断みたいだわ」


 アケル領とレブレ領は定期船なら約1日。

 院が所有する緊急の雲船ならば半日といったところ。


 衛兵に行ってもらったのが一昨日の朝一番だったから、昨日一日音沙汰が無いということはおそらく院からここへ緊急で手をだす予定はない、というところだろう。

 

 対応に穴が無いように昨日は彼らとの接触を避け待機していたが、杞憂に終わったようだった。


「とはいってもそのうち定期船で使者くらいは来ると思う。適当に様子を聞いて帰るでしょうけど」


 レブレ領担当のいつもの使者がやってくるはずだ。

 まああまりやる気が無いようだし、深い調査はないだろう。

 彼らを野に放たなければ、の話だけれど……。


「彼らのことは今後どうされるのですかな?」

「……しばらくはこのまま。その後は嫌疑不十分程度に済ますわ」


 結局アケル領に不利益にならなければ、彼らは突っついて来ない。

 彼らはいつもあらゆる面でそうだった。

 今回も人を引っ張ってしまわなければ大丈夫だろう。


 本当はアケルに渡してしまえば、こんな面倒を抱えなくてよかったんだけど……。


「承知しました。それと、お嬢様もう一つお伝えすることが」

「何?まさか脱走?」


 彼らにとっては不服でしかないのは分かっているけれど。

 一応はディエールから状況の説明はしたはずだから脱走は得策じゃない、とは分かっているはず……。


「いえ、そうではなく。すぐにでもお嬢様と話がしたい、と申しております」

「ぶっ!??」


 私はディエールが懐から取り出した紙に吹き出してしまう。

 紛失したと思っていた、お気に入りの蔵書の1枚であったからだ……!

 

「はしたないですぞ、お嬢様」

「し、知らないわよ!っていうかそれ!あの小娘まだ持ってたのね……っ!」


 しかもやっぱり本をばらばらにしてたのね……!

 許すまじ……!


「なんでも『たーくさん』お持ちだそうですぞ?」

「ぐぎぎぎ……!!!」


 たくさん……ですって!?


 しかも挑発までしてくれちゃって……許さん……許さんっ!!

 この件に関しては……絶対に……っ!


「そういえば……あの女……っ!」


 妙に胸も大きかった気がするわ……。

 それだけでも重罪……これは罰が必要ね……!


「泣いて許しを請うまで、ひん剥いて街に放り出してやろうかしら……!」

「衛兵に逮捕される気ですか!?」


 わ、わかったわよ。

 部屋でひん剥くだけにしとくわよ……。


 あの胸についた無駄な肉をぺちんぺちん叩いてお仕置きするので我慢してやるわ……!

 衛兵にやらせるもんですか、私自らぺちんぺちんしてやる!


「……行くわよっ!!!」


 盛大なため息をつくディエールを置き去りにする勢いで、私は小娘の元に急いだ。




「来たな、小娘」

「どっちが小娘よ!窃盗犯!」


 応接室の扉を開けた途端、真っ先に噛み付いてきたのは。

 小さいくせに……無駄に「大きい」女であった。


「カグハ、ですって?変に可愛らしい名前して、腹立つわ!」


 その胸のお肉、ちぎるわよ!

 と口にだすのは辞めておいた。

 いずれぺちんぺちんするので、後にとっておくことにしたのだ……ふふ。


「な、なんじゃそれは……?」

「言いがかりじゃねえかよ……」

「あはは……」


 立っていたカグハという娘は困惑の表情を浮かべた。

 勢いで妙なこと言ってしまったから仕方がないのかもしれない。


 その周囲に座っているのは男性二人。

 大柄なほうがタナー。

 店でご飯を作っていたほうがフォルだと聞いた。


 ディエールによると二人とも私より少し歳下らしい。

 失礼な小娘は年齢不詳だそうだ。


「おほん、取り乱したわ。で?私に話って何よ?」


 執事が黙って用意してくれた椅子に座り、慣れないが足を組んでみせた。


 正直、取り調べなんてやったことはない。

 今回かぶせた罪だって大抵言いがかりだし、別に追求することなんてないし。

 

 だからまずは話をさせてみよう、そう思ったのだ。


「ぼ、僕はフォルといいます。問題になってしまった弁当を作っていた本人です」

「……知ってるわ」


 正直、彼の眼差しは苦手だ。

 私とは正反対の光を灯しているのがわかるから。

 だから私はなるべく目をあわせないようにする。


「色々な問題から匿ってもらったというのも聞きました。まずはありがと――」

「そういう回りくどいのはいいのよ!さっさと言いたいことを言いなさい」


 やめて欲しい。

 貴方にお礼なんて言われる筋合いは全然ないんだから。


 反感を買ったのだろう。

 タナーという男が少し表情を険しくして、口を開いた。


「じゃあ単刀直入に言う。どうして俺達を匿ったんだ?」

「……」


 静かに、けれどまっすぐに私に刺さった彼の言葉。


「お嬢様。それについては、私からもお聞きしたいですな」


 何か嫌だった。

 ただそれだけ……そうね、それだけ。


 でも私は、すぐに答えることができなかった。


「なんだ?今更いい顔したくなったのか?ほとんど領地ほったらかしにしといてよ」

「……!」


 違う。

 『いい顔』なんてしたかったわけじゃない。


「貴族ってのは勝手なご身分だもんな。聞いたぜ?飲食税の話も」

「随分酷い話じゃな。要は自分達の領地が大事ってことに、下手くそな言い訳をくっつけただけじゃろ。変わらんのう」


 何よ……勝手なご身分だなんて。

 

「……違う」


 少なくとも私はあいつらと一緒じゃない……!

 批判するための理由を探して。

 非難するための対象を作ろうとするような……あんなやつらと……!


「何が違うんじゃ?」


 カグハと呼ばれた少女が、鋭い刃物のような瞳をこちらに向けた。


「じゃあ言うてみい。どんな理由で妾達を匿ったんじゃ?主の気分以外にどんなまっとうな理由があったのか話してみせよ」

「……な、何を……っ!」


 どうして。


「気分で自らより立場の低いものを振り回して、悦に入る以外にどんな理由があったんじゃ?」

「地域も放って置いて、いまさら領主面してさぞかし楽しいだろうな。いいとこの嬢ちゃんってのは羨ましいぜ」


 何で。

 どうしてよ。



「……何にも……何にも知らないくせにっ!!勝手なこと言わないでよ!!」



 どうして私の周りはみんなそうなの?

 誰か教えてよ。


「貴方達はいいでしょうよ!私に文句を言えばいいんだもの!……いざとなれば私にみんな責任があるんだし、それこそ楽でしょうよ!」


 みんな私に押し付ける。

 お母さんもお父さんも、結局私を置いていった。


 それでも生きることができた恩に報いるには、領主になるしか思いつかなくて。

 

 けれどレブレの領主になりたい貴族なんて一人もいない。

 後任がいないんだから、辞めさせてさえもらえない。 


 貧乏くじを引いたけど、拒否権なんかもう無かった。

 私は選んでしまったのだ、愚かにもそんな道を。


「貴方達は辞められる!別の仕事を選べる!良心に従える、自分の気持ちに正直でいられる環境を選べる!……そのことが、どれだけ幸せなのか……何にも、何にもわかっていないくせに!」


 そして、その幸せを無慈悲に潰さなければならない人間の気持ちなんか。

 ちっとも分かってないくせに。


 ああ、羨ましくて仕方がない。

 

「……お嬢様……」


 ディエールも良くしてくれてるのは分かる。

 でも、でも……。



「……教えてよ。誰かの笑顔を潰した後、どうやって私は笑ったらいいの?」



 もう背負えないよ、私。


 それはもうわかっていたけれど。

 楽しそうに仕事をして、嬉しそうに歩く彼ら。

 その道を潰した私なりに、きっと何か償いたかったんだ。


 でも私には力が足りなくて、とりあえず匿うだけだった。

 そしてそれは、結局私の心を慰めるためだったんだ。


 ……ああ。


「……はは……貴方達の言う通りね……っ……私……最低だわ……」


 なんて格好悪い。

 こんな人達に涙まで見せて。

 私が大嫌いな貴族より、ずっと酷いじゃない。


 視界は歪んで、もうどうしようもない。

 いい歳をした女の汚い泣き声が、部屋に響いていることがまたどうしようもなく辛かった。




「よし……やろう!」




 しかしそんな部屋に場違いとも言える明るい声が響いた。


「……はあ。本当にやんのか?まあそう言うだろうとは思ってたが」


 フォルという彼の言葉に、タナーという男は呆れたような声を上げた。


「うん、もう決めた!俺、この人どうしても放っておきたくない」


 驚きに顔を上げた私を、彼の瞳が見つめている。

 苦手だと感じているのに、その強い光にどうしても眼がそらせなかった。


「同情じゃないんじゃな?」

「もちろん。そんな綺麗な人間じゃないしさ」


 何故か嬉しそうなカグハというに、彼は満足気に頷く。


「下心とかでもねえのか?歳上らしいが」

「……ううん……少しむちむちが足りない……というか」


 真っ直ぐな瞳の彼が、やや申し訳なさそうにこちらを見た。

 意味はよくわからないが、これは失礼なことを言われている気がする……っ!


「ちょ、ちょっと何の話っ!?」


 思わず声を上げた私だったが、それはディエールも同じだった。


「あ、あの!……お三方。何の話をされているのですかな?」


 彼が慌てているのは珍しい。

 っていうか主人に失礼なことを言ったことを咎めてほしいんだけど……!


「きっと僕ら……いや俺達は。同じ場所に立ってるんだと思う」


 始めに私に声をかけてきた時とは随分違った表情で、フォルは続ける。


「ま、そうじゃな」


 似たような表情の少女が頷いた。


「先にちょっかい出してきたのはそっちだしな」


 大柄な彼はにやりと口元を歪めた。


「な、何……?どういうことなの……?」


 未だに彼らが何を言っているかわからない。

 でも、彼らが何かを決意していることだけはわかった。



「だから、今度は俺達が貴方達を巻き込もうと思う!」



 ま、巻き込む??

 


「ふふ、拒否権はないのじゃ」



 ……金髪の彼女がそう言って手をかざすと。


 辺りの景色が一度ぐにゃりと歪む。


「……!!!!」

「こ、これは……っ!?」


 困惑にまばたきをすると、目に入ってきたのは応接室の景色ではなかった。

 年季の入ったハクマツで作られた……一室。

 木製のテーブルや棚が備え付けられた、なにか休憩室のような所だった。


 そのあまりの変化に眼を疑う。

 さっきまで応接室にいたはず……!


「おお!上手く行ったね!」

「はあ……はあ……あ、当たり前じゃ、妾を誰じゃと思っとる!」

「相当しんどそうじゃねえか……」

「し、仕方ないじゃろ……樹洞の側ですらないんじゃからな。とんでもない無理をさせおって、せいぜい感謝せい!」


 そう叫んだ彼女の頭を見て、私は更に驚愕した。


 耳、動物みたいな耳が生えてる……!


「今の転移で、もうすっからかんじゃ……フォル、下に行ったら絶対美味いものじゃからな!」

「それはもちろん。でもその前に聖獣にちゃんとイテルあげてね」

「下へ行けば、ある程度できるんだろ?」

「応急処置はできるじゃろうて……ああ……まったく神遣いがあらいのじゃ!」


 急に騒がしくなる彼ら。

 言葉は聞こえているが、それは私の耳を通り過ぎていくだけ。

 正直まったく頭に入ってこないままであった。


 い、一体どういうことなの……?


「み、皆さん!ここは一体どこなんです!?それに事前の話と……!」


 ディエールが私の気持ちを代弁してくれるかのように声を上げる。


「そういうのは全部後!もうあんまり時間がねえんだ!」


 タナーという男は大きな声でそう答え、部屋の端の引き出しに手をかける。


「はじめるぞっ!」


 彼はその引き出しを引くのではなく、押し込んだ。


 すると。


「きゃああっ!!!」

「ぬおおおおっ!??」


 蒸気機関が力強く動きだす音に合わせ、部屋そのものが大きく揺れた。

 そして目の前にあった壁や棚、その全てが次々と形を変えていくではないか。


 な、何これ……!?


「お!踏み板新しくしたんだ?」

「ああ、流石に古かったからそこはとっかえた!いい感じだろ?」

「掴まり棒もこっちのほうがいいのじゃ」

「お前ちっこいからな。やっぱりその位置で正解か!」

「なんじゃとお!?妾、ちっこくて可愛いじゃろが!」


 がはは、と笑う褐色の彼はそのまま奥へ広がった操縦席のようなものへ座る。


「そこの棒が掴まり棒なんだ。二人とも、まだ揺れるからそれ使ってね!」


 フォルがそう言って指さした場所には、確かに木製の棒が備え付けられている。

 

 状況が全然理解できないが、何しろ揺れるのだ。

 とにかく捕まってみると、同じようにしたディエールが声を上げた。


「も、もしや……ここは……!」

「え、何?貴方、何かわかったの!?」

「い、いやしかし……」

 

 長年世話になっている従者が何かに気づいたようにすると、フォルがにっこりと笑顔を見せた。



「改めて、俺達の船『ノア』へようこそ!」



 ノア……!

 私が押し付けた……あの雲船のこと?


「正確には俺のもんだがな!領主さんありがとよ、いいもんもらったぜ!」

「おっとと……!ふふ……2人がどんな悲鳴を上げるか楽しみじゃな!」


 転移魔法……?

 『転移』なんて物語の中でしか聞いたことがない。

 でも彼女が言うことが本当なら。


 私達は領舎の中から、転移魔法でノアの中に移されたってこと……?


「フォル!行けるぜ!」

「ほれ、ぼんやりしとる2人にガツンと言ってやるのじゃ!」


 楽しそうな二人の声の後、まっすぐな瞳の少年は大きな声で宣言する。



「申し訳ないですが、予定を変更しお二人を誘拐します!」



 ゆ、誘拐!?


「ちょ、ちょっと!?何でそうなるのよ!」

「話が違いますぞ!フォルくん!」


 二人で精一杯大きな声を出したけれど、彼は爽やかな笑みを浮かべるばかり。

 それでも私は詰め寄るように声を出してみる。

 ま、まあ揺れるから掴まり棒を手放せないけど……!


「お、降ろしなさいよ!!今度こそ本当に捕まるわよ!?私じゃなくて、もっとなんか陰湿なやつに!」


 領主を連れ去りでもしたら、それは大変な犯罪だ。

 私どころか、もっと上の立場の人間が追っ手をかけるだろう。


「ふふふ……もちろんすぐにやるのじゃ!」


 そんな私に、今度は金色の耳を持つ彼女が楽しそうに言い放つ。

 そして、フォルと彼女が木の棒をぐんと回したのが見えた。



「『雲の下に』じゃがなっ!」



 ……は?

 雲の下……?



「出港っ!」

「行くぜえっ!」

「さまあみろなのじゃ!」



 彼らが軽快な声を上げたのが聞こえるやいなや。




「いやああああああああっ!!!」

「ぐおおおおおおおおっ!??」




 宙に投げ出されるような感覚……ではなく、実際に半分投げ出され。

 掴まり棒を握りしめながら、主従ともに情けない声を上げていたのだった。

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