第12話 奇妙な拘束

 一体どういうことだろう。

 俺達を取り巻く妙な状況に、俺はただただ頭をひねるしかなかった。


「……こりゃどういうことだよ……」


 それは2人も同じらしい。

 タナーの言葉に、カグハも首をかしげていた。


 頭をひねる理由は2つある。

 一つは連れてこられたのは明らかに牢では無かったこと。


「普通の部屋……だよね。これ」

「まあ、そうみえるな。俺も牢屋にぶち込まれたことはないから確証はないが……」

「ノアの中より上等な感じがするのじゃ」


 作りのしっかりした椅子やテーブルが置かれ、暖かい陽射しが差し込む。

 そんな部屋に、俺達は通されたのである。


 そしてもう一つの理由。


「俺達はいつまでこうしてりゃいいんだ?」

「さあ……」


 この部屋に連れてこられたのは一昨日の深夜。

 それから丸1日、領主側からはほとんど音沙汰が無いのだ。

 一人一つ毛布を渡されていて、それで夜を過ごしているような状況。


 ううむ、と唸っていると部屋の扉の向こうから鍵を開ける音がした。


「おはようございます」


 扉を開けて入ってきたのは、衛兵さん。

 俺達を確保した人の一人である。


「こちら、朝食です」

「あ、ありがとうございます」


 手渡されたのは、簡易的な紙に包まれたペッシェ。

 ロドラでもよく見た形のものだ。

 

 一人ひとりに手渡され、俺達は戸惑いつつも受け取る。


「な、なあ。俺達って捕まったんだよな……?」


 掴まった側が言うのはちょっとおかしいが、タナーがそう言うのも無理はない。

 とても悪いことをして捕まった、と思えないような待遇なのだ。


「領主からこのように対応せよ、と私達は言われているだけなので……」

「あの嬢ちゃんがか……?」


 タナーは驚きに目を見開く。

 あれだけ敵対的な態度であった彼女からの指示だ、というのは驚きであった。


「ふぅむ、あの小娘がのお……」


 カグハの言葉に、今度は衛兵さんが少し驚いた顔をした。

 まあ見た目は領主様より歳下に見えるしね……。


「俺達はこれからどうなるんでしょうか、何か取り調べとか……?」


 衛兵さんは特に俺達に厳しく当たるようなこともない。

 少しくらい聞いても構わないだろう、と思い質問をしてみた。


「私達から伝えられることは多くはありませんが……本日こちらへディエール殿がいらっしゃいます」

「ディエールってあの従者さん?」


 どうも衛兵さんはこれを伝えるように言われていたそうだ。

 

「ええ。おそらく何かお考えがあるのだと思います」


 俺は手渡された紙切れのことを思い出す。


『決して悪いようにはいたしません。どうか今しばらくご辛抱を』


 書かれていた言葉が本当なら、彼は味方になってくれるのかもしれない。


「では」


 衛兵さんはそれだけ言って、部屋から退室していった。


 再び三人だけになった部屋。

 もそもそとペッシェを食べていると、カグハが難しい顔をしていた。


「どうした?腹でも痛いのか?」


 タナーがそんな彼女に声をかける。

 するとカグハは更に表情を険しくして。



「そろそろ聖獣の維持ができなくなりそうなのじゃ……」


 

 とんでもないことを言い始めた……。


「お、おいおい!フォルの飯、あれだけ毎日食ってたじゃねえか!?」


 彼女が希望した『美味しいご飯』というのは俺なりに提供してきたつもりだった。

 カグハも笑顔でそれを食べていたと思ったのだけど……。


「昨日一日フォルの料理を食べなかったじゃろ……?出されたのはこの味気ない干物だけじゃ」

「ま、まさかたったそれだけで駄目なのか!?」


 昨日一日……正確に言えばその前の夕ご飯から俺が作ったものを彼女は食べていない。

 それは事実だけど、まさかそれだけで……?


「う、うむ。……ちょおっとばかり配分を間違えたというかの……」


 バツが悪そうな表情でチラチラと俺を見るカグハ。

 

 わかった。

 これは「ちょっと」じゃないな。


「本当のことを言わないと、木の実生活に戻ってもらうけど」

「す、すごく間違えたのじゃ!!どばあっと使ったのじゃああ!」


 ごめんなのじゃあ、と威厳を放り投げ土下座する彼女。


「ぽんこつすぎるだろ……」

「まあ今に始まったことじゃないけどさ、どういうことなの?」


 とりあえず事情を聞いてみると、彼女は小柄な身体を更に縮めて続けた。


「毎日美味しいもの食べさせてもらってる内にの、すごく上質なイテルを流せるから聖獣達も喜んでの」

「え?聖獣って喜んだりするの?」

「皆一応意思をもっとるのじゃ。でも妾の力が足りないせいで、しばらく顕現させてやれなかった。じゃから久しぶりの顕現に嬉しかったらしくての……」


 沢山ご飯をあげる感覚で、沢山イテルをあげてしまっていたらしい。


「あの調子で妾が食べていれば大丈夫だったはずなのじゃ……!聖獣も含めてみんな嬉しいはずじゃったのじゃあ……!」


 情けない声を上げる彼女。

 まったく……やっぱりどこか甘いというか、なんというか。

 でもどうにも責め立てる気にはなれなかったし、今それをしてもあんまり意味がない。


「ったく……じゃあどうすりゃいいんだ?」

「フォルの料理を食べさせてもらうのが一番手っ取り早いのじゃが……」

「いや、それは……」


 現状非常に難しい。

 ここから出られたとしても、昨日仕込んでいた分は駄目になっているだろう。


「神様ならなんでも食えるんじゃねえのか?」

「いや……まずいってことはイテルが変質してるってこと……だよね?」

「ああ、そうか。そうなると」

「そうじゃ、妾から送れるイテルも心許なくなる……」


 ううむ、となれば。


「一回下に降りるしかねえが……。この状況じゃな」

「あと何日くらい持つ?」


 俺の疑問にカグハは、うむむ、と唸る。


「3日を超えると厳しいのじゃ。聖獣が消えれば始原樹の樹洞に黒曜獣がやってくる。もちろん封鎖はしてあるが、今ほど絶対安全とは言えなくなってしまうのじゃ」


 じゃあそれまでに雲海の下へ行くしかないってことか……。


「どうする、フォル」


 カグハの魔法の力も宛にならない。

 というより聖獣側に注力してもらわないと危険そうだ。


「わ、妾に考えがあるのじゃ!」


 そう言って、カグハが顔をぱっと上げた時。



「皆さん、失礼します」



 扉の向こうからは、聞き覚えてのある老紳士の声がした。


「と、とりあえずカグハの話は後にしようか」


 俺の声に2人は黙って頷き、俺達はディエールさんを部屋に迎え入れた……。




「……というわけでございます」

「と、というわけって……本当かよ……」


 俺達はカグハの件を腹の中にしまいつつ、一先ずディエールさんの話を聞くことにしたのだが。


「飲食税って……それじゃあ俺達居場所ねえじゃねえか」

「馬鹿じゃのう、フォルの料理は絶品じゃと言うのに」


 タナーとカグハが大きくため息をつく。


 『飲食税』


 どうやらそれが俺達を今の窮状に追いやった原因らしい。


「昨日の連絡船で小キャラバンの一部がアケルへ帰りました。あれだけの美味なもの、まもなく話は広がりはじめるでしょう」


 国から派遣された冒険者達のことだ。

 彼らも当然俺達の弁当を食べているので、その話はアケル領で広がるだろう、ということ。


「そうなれば院の連中が嗅ぎ付けます。するとおそらく我々領主が対応するより先に、アケル院から監査官がやってくるのです」

「その監査官ってのが来るとまずいのか?」


 タナーの言葉にディエールさんが頷く。


「おそらく監査官はお三方を拘束するでしょう。税の未払いということで」

「い、いやいや。この仕組みはこれから始まるんじゃ……!」


 いいえ、と老紳士は苦い表情をする。


「アケル領は今空前の人手不足。レブレ領に人をやりたくなどないのです。だからこそみせしめとして、そういった強行手段に出る可能性が高い」

「嘘だろ!横暴すぎやしねえか?」


 それを成すのが院なのです、とディエールさんは続ける。


「むしろそれほどに追い詰められている、とも言えるでしょう。他国への技術提供を進めた結果、他国からの受注が生産を追い越してしまっているのです」


 なるほど……納品ができなければ国家の信用に関わる。

 そりゃあ必死にもなるか……。


「ってことは……俺達は守ってもらったってことになるのかな」

「んん?どいうことだ?」


 タナーが疑問の声を上げる。


「本来ならもっと順を追って説明すべきだったのですが……」


 しかし予想はあっていたらしくディエールさんはゆっくり頷いた。


「罪人として一旦領で拘束することで、即刻の引き渡しを防げます。折よく追加でこられた冒険者達が本日の臨時便でアケル領へ戻るので、そこへ使者も向かわせました。昨日はその対応でかなりバタバタしておりましてな……」


 それで昨日は音沙汰が無いような状態になってしまったそうだ。

 ちなみに使者として衛兵さんのお一人が行ってくれたらしい。

 

 つまり、あの若い領主様は俺達がアケル領へ強引に連れて行かれるのを防いでくれたようである。


「ま、まあ個人的なお考えもあったようですが……そこは追々お嬢様からお話があるかと」


 個人的なお考え……?


「ふむ……そのお嬢様とやらに伝えてもらいたいのじゃが」

「?」

 

 カグハの言葉にディエールさんは首を傾ける。


「妙な判子が押してある、外には出せないような紙を妾はたーくさん持っておる」

「!!」


 彼女はそのまま手元に一枚、その……割とあられもない絵が描かれた紙を出した。


「一度ここへ来て話をさせよ、そう伝えてはもらえぬか?窃盗罪というのはこれのことじゃろ?」


「えっ!?」

「おいおい!?」


 カグハが不敵な表情で言い放った言葉に俺達は声をあげてしまう。

 

 それはつまり。

 あのえっちな本が……。



「あの小娘のものなんじゃろ?」



 いやいや。

 まさか、そんなはずは。


「妾、あの弁当の紙にこっそりこれを紛れこませとったのじゃ」

「うぇ!?なにとんでもないことしてんの!?」


 俺は思わず声を大きくしてしまい、おいおい、とタナーは頭を抱えた。

 なにやってんだ、この神様は……。


「ふふふ、男が多かったのでな。これ幸いと犯人探しをしてやったのじゃ。まあ意外と男どもは喜んどったぞ?」

「一体なんのおもてなしなんだよ……」


 カグハは得意満面といった様子で続ける。


「それでな、わざわざ男装してきたやつがおったのじゃ。面白そうじゃったから、そやつにも渡してやった。イテルの反応もよく似とったしの」


 彼女が言うには、個人が触れたものにはそういったイテルの残滓ざんしが残るらしい。

 もっとも、普通はすぐに消えるようだけど……。


「この紙は相当触ったようじゃったしな。わかりやすかったぞ。それで紙を渡してやったとたん『窃盗』ときた!どうじゃ?」


 耳が出ていないのが不思議なほどご機嫌なカグハ。

 その様子にディエールさんはため息をつきつつ、苦笑いした。


「私から何かを申し上げることは控えますが……おそらくお嬢様はやってくるでしょうな」


 あちゃあ……。

 この感じは……多分、当たってしまっているのだろう。

 

「それで、ご希望はここからの開放……ということですな?」

「もちろんじゃ!」


 確かにそれなら。

 ……とは思ったが、カグハの策には大きな問題がある。

 

「いや、駄目だカグハ。さっき言ってた通り、俺達はここから出ないほうがいいんだ」

「なんでじゃ?むしろ今すぐ出るべきじゃろ!」

「お前のぽんこつのせいでな……」


 タナーの鋭い指摘に、ぐぬぬ、と彼女は言葉につまった。

 ディエールさんには雲海の下の話等は一切していないので、少し不思議そうな顔をしていたが。


「その通り。お三方が外に出れば今度はアケル領へ連れて行かれるでしょうし、レブレ領としても追徴金等を請求されかねません」


 改めて俺の考えていたことをまとめてくれた。


 要するに一段とレブレが厳しくなる……ということ。

 生命活動規模の拡大を望むカグハにとっても困るし、俺達は今度こそ牢屋だ。


「あの、どうして領主様は俺達を匿うような真似を……?」


 領主からすれば、はじめからアケル領に引き渡してもよかったはず。

 なぜ、守ってくれたのだろうか。


「……それはお嬢様本人から聞いてみていただきたい。情けないですが私もその真意をすべて掴めてはおらぬのです」


 ディエールさんはそこで大きくため息をつく。


「私からはお三方が出される商品に、レブレ領を救う可能性の片鱗へんりんを感じておりました」

「へ、片鱗ですか……?」


 ええ、と彼は頷いた。


「近く、この地に他国から貴族がやってくる予定でしてな。その方にお三方の弁当を食していただいて、なんとか評判がアケルなどに伝わらないかと。勝手ながらそんなことを思っておりました」


 ただ……と彼は言葉を濁した。

 そう、今はそれが一番よろしくない。


 この領にそう言った商品があり、それを領主から売り込んだとなれば。

 当然課税対象になるだろうし、評判になってしまえば人の移動を引き起こしアケル領にとっては不都合だ。


「ったく、結局俺達は鼻つまみものってことか……」

「なんじゃあ、つまらんのう……」


 鼻つまみ……。

 領にはいらない。

 領にいないほうがいい……領の所有でないほうがいい……。


 そ、それなら……!!


「お、おいどうした?フォル。なんか気持ち悪い顔してるぞ」

「そうじゃな。むちむちぼいんとかなんとか言ってる時に匹敵しそうじゃな」

「失礼だな!!??」


 ったく一生懸命考えてたってのに……。


「なにか思い当たったのでしょうか?フォルさん」


 ディエールさんだけは優しい。

 さすが執事、できた方である。


「あの、思い切って。私達ごとその貴族の方に買ってもらうってできませんか?」


 老紳士は目を見開く。


「お店というか、私達そのものを従業員として雇ってもらって。レブレ領の人間じゃなかったことにするんです。それで……」

「!!……なるほど……『些細な行き違い』が合ったということですな……」


 そうすれば……レブレ領に責任は行かないし……。


「フォル、それは駄目じゃぞ」

「えっ」


 強い口調で言ったのはカグハだ。


「現状、妾がここから離れることは不可能じゃぞ。いずれはできるかも知れぬが」

「……!」

「妾を置いていくなんて許さんからな……!」


 少し涙目になっている彼女に俺はすごく申し訳ない気持ちになってしまった。


 そうか。

 これでは本末転倒なのだ。

 外部の貴族に売り込んで、例え買ってもらえたとしても。

 このレブレそのものの発展がなければ、彼女の目的は達成できない。


 しかも俺達がここを離れてしまっては、領そのものを盛り上げようとする人間がいない……。


「……ちぐはぐだな。領主は何を考えてんだか。まずはそこじゃねえのか?」


 と、今度はタナーが口を開いた。


「俺らを匿ったのは礼を言うべきなのかもしれねえ。でもそれでどうする?俺達から職を奪って。今はレブレにとって良いのかもしれないが」


 でも今だけだぜ、と彼は更に続ける。


「更にここの過疎化は進む。それなら俺達をアケル領にさっさと渡したって別によかったはずだ。なあ、そっちの上司は一体何がしたいんだよ」


 タナーの言葉にディエールさんは押し黙る。

 『その真意は掴めていない』さきほど彼自身が言っていた言葉が重く感じられた。


「いや、すまねえ。アンタを責めたいんじゃなくてだな……この話ってよ、あの若い領主も中心にいなきゃ駄目なんじゃねえのかって話だ。俺達がどう動いても、あの領主に影響が出る。領主がどう動いても俺達に影響が出るんだからな」


 タナーの言う通りだ。

 これってもう俺達だけの問題じゃなくなってきている。


 そして当事者の一人であるはずの領主はここにはいない。


「開放を要求するかはともかく、彼女に来てもらおう。どうするつもりなのか聞かないとね」

「だろ?」


 俺の意見にタナーも頷く。

 色々な事情が絡み合ってきているが、一つわかることは。


「少なくともここにいる人間だけで話しても仕方ないってことじゃな」


 カグハがまとめると、ディエールさんも深く頷いた。


「いい機会でしょう。できればお嬢様の本音を引き出していただきたい」


 手を焼いてましてな、と苦笑する彼の表情は。

 どちらかと言えば孫を心配する祖父のものだった。




 今日の陽が落ちて、部屋の中にあるイテルランプを点ける。

 領主が来るのは明日らしい。


「ったく。さっさとしてくれって話だぜ……俺達にも時間がねえんだしな」

「そうだね……」


 この一日も俺達にとっては大きなものなのだ。

 とはいえ、雲海の下の話をしてもきっと信じてもらえない。


 だからこそ、まっとうな交渉が必要だと思ったわけだけれど……。


「ああまで八方塞がりだとな……もう『あっち』へ逃げちまうか?」


 『あっち』というのは雲海の下のことだろう。

 冗談めかしてタナーは言うが、こうなれば有力な策に思えてきてしまう。

 しかしそれでは領の過疎化は進むだけ……。


「……警備もかなり手薄なようじゃ」

「わかるのか?」

「うむ。ある程度な。どうやら衛兵すらろくにおらんらしい」


 ……どういうことだろう。


「人件費削減?ま、まさかね……」


 と言った途端。


「そのまさかですよ」


 と、背後から声がした。


「なんじゃあ!?」

「わあっ!」

「うおっ!」


 俺達が驚いてそちらを見ると、今朝顔を見せた衛兵が入ってきていた。


「脱獄……いや、ここは牢獄ではないですが。今なら簡単にできると思います」

「え……」


 彼はそのまま苦笑いした。


「内緒話は、もう少し静かな声でお話したほうがよいですよ」

「あ、あはは……」


 どうも物騒な話を聞かれてしまっていたらしい……もはや笑うしかない。


「え、ええと……今のはじゃな……そのっ」

「ふふ、内密にしておきます」


 誤魔化しがとても下手くそな彼女に、優しく声をかけると。

 鎧姿の衛兵さんはそのまま兜を脱ぎ、顔を見せてくれた。


「私はテッジと申します。ここへ配属になってから10年ほどになります」


 彼はそのまま床に座り、俺達と目線をあわせる。


「代わりに私のお話を聞いていただいても?」

「あ、はい……もちろん……」


 衛兵である彼がどうしてこれほど無警戒なのか、正直分からなかった。

 しかし、彼が悪意をもっているとは思えなかった。

 

 ……なぜなら、とても悲痛な表情を浮かべていたから。


「ここは中央から見捨てられた地。もう衛兵もほとんどおりません」


 彼が言うには、衛兵の数そのものも本当に最低減らしい。


「そして職員達もほとんどおりません。大量に解雇が決まりましたが、その全てがより待遇の良いところに就職しております」

「まあ、ここよりゃいいだろうな」


 タナーが自嘲気味に笑うと、テッジさんは首を振った。


「それを抜きにしても平均より待遇の良いところに、です。……そしてそれができたのは、クレセア領主の尽力があったからなのです」

「……領主が?」


 意外な話に俺は思わず聞き返していた。


「率直に申し上げて、彼女は若いのによくやっています。中央からとても不遇にされ、自らの護衛はたった二人の衛兵にまで減らされ。小キャラバンの派遣すら危うく取り消されかけたところを、様々な交渉で立ち回っているのです」


 どうもそのために人件費の削減を強く要求されたらしい。

 それが職員の再就職を促すことに繋がったようだ。


「職員は皆、逆境の中でも立ち回る彼女に感謝しておりました。そして同時に、彼女の力になれないことを歯がゆく思っていたのです」


 所詮庶民ですし学も格も足りないのです、と。

 テッジさんはやるせない表情で少しだけ笑った。


「気難しいところのある女性ではあります。けれど……決して。決して考えのない横暴な貴族ではありません」


 ですから、とテッジさんはすがるような目を見せた。


「皆様には何か事情があられる様子、ただ深いことはお聞きしません。けれど、どうか彼女に会ってから抜け出してはいただけませんか」


 彼女はもう随分、歳の近い方との会話の機会さえなかったのです……どうか。

 そう頭を下げて彼は退室していったのだった。


 

 そして。

 俺達は夜通しの相談の後。



 彼女を説得するための無謀な策の決行を決めたのだった。

 

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