第11話 領主権

「いやあ今日も売れたな!お疲れ、フォル料理長!」

「料理長ってなんだよ……」

「ほら偉いやつには『長』ってつくだろ?そんな感じだ」


 タナーがご機嫌な様子で前を歩く。

 陽が落ちた後のレブレの森はさわさわと葉を揺らしていた。


「ぐふふ、毎日売り切れとは景気の良い話じゃのう!」


 星の明かりに照らされ金髪が輝くカグハも、嬉しそうに笑う。 

 

 有り難いことに俺達の弁当はとても良く売れている。


 そして当然、タナーとその家族の感動的な再会もあった。


「あれはちょっとな。流石に照れくさかった」

「あはは。愛されてるってことだよ」


 数週間家を空け、姿を見せなかった息子が帰ってきたのだ。

 タナーの両親は涙を流して喜んでいた。

 加えて、俺が生還したことにも同じように涙を見せてくれたので、なんだかとても暖かい気持ちになった。


 ノアのことは騒ぎにしたくないので、どうにかこうにか誤魔化し今に至る。

 

 そしていよいよ始めた弁当屋だが、嬉しい誤算があった。


「ほんと運が良かったよ」

「アケル領に出た黒曜獣には感謝しねえとな!」


 小キャラバンの到着に合わせた販売ができたのはもちろん。

 アケル領で黒曜獣が出た関係で、いつもより多くの冒険者がやって来たのだ。


「当たり前じゃ、神が付いとるんじゃぞ?天も味方するというのものじゃ」

「過疎の始原樹を回された神なのにか?」

「ふしゃーーー!!」


 痛いところを突くタナーに、カグハは起こった猫みたいに威嚇していた。

 可愛らしいだけであんまり怖くない……まあ微笑ましいので放っておこう。


「ま、客が増えるのは有り難い限りだが。肉の在庫って大丈夫なのか?」

「そこじゃ!妾の分は確保してくれとるんじゃろうな!」


 問題はそこだよなあ。

 実はそろそろ肉の在庫が危うい。


「近い内に一回潜航しないと厳しいね」


 改めて雲海下の黒曜獣を「仕入れ」て燻製を量産しておきたい。


「じゃあ、明日か明後日の夜にでも出発するか。イテル水はこうしてこそこそ集めてるから、ノアも動くぜ」


 弁当屋の営業が終わった後の俺達は、こっそりと森を抜けノアに帰る。

 その際に湧き出している自然のイテル水を集め、次回の潜航に備えている状態だ。


「レブレの森が安全で良かったよ」

「妾に感謝するんじゃな」


 普通の森を夜に抜けるのは危険だ。


 しかし黒曜獣が出ないことが分かっていること。

 それとカグハが存在するだけで、野生動物は大人しくなるので非常に安全であった。


「神じゃしな。主らよりよっぽど礼儀をわきまえとる」


 とは彼女の弁。

 反論の余地はありません……。


 ちなみにノアについては完全に秘密である。

 現在も街とは始原樹を挟んで反対側、中央区を含めた街側からは大樹の影となって視認できないようにしている。

 騒ぎにしたくないし、船の税金のこともあるからだ。


「納税期限までにまずは稼ぎきりたいしな。余計なちょっかいは出されたくないぜ」

「今の調子なら分割納付ぶんかつのうふしのげそうだよね」


 分割納付とは複数回に分けて税金を納めること。

 納める税金が高額になればこういったやり方もできる。


「船の確認はその時にされるが……まあ毎日検査してる俺でもノアがとんでもない船だっていうのはわからなかったんだ。門外の人間にはまず悟られないだろ」

「こそこそするのはその時に終わりってことじゃな」


 おそらくそうなるだろう。

 まあ、仕入れはひっそりと行うと思うけど……。


「カグハも随分看板娘っぽくなってきたね」

「ま、まあそうかもしれんの!妾可愛いからな、人目を引くのは仕方がないのじゃ」


 なんでもないように取り繕っているつもりみたいだけど、耳が出ているのでご機嫌なんだろう。

 っていうか出て無くても顔がにやけている。

 相変わらず分かりやすい神様だなあ。


「でも時々男性客と話し込んでるよな。あれ何してんだ?」

「ふふふ……秘密じゃ!妾なりのもてなし、といったところじゃの」


 そろそろ釣れる頃じゃろう、などと不穏な笑みを浮かべるカグハ。

 何かよからぬ事をしでかさないといいけど……。


 なんて話をしてると森を抜けた。


「おお……」


 遮られるものが無くなった視界。

 そこには満天の星空が広がっている。


 そしてそれを背景に静かに浮かぶ、雲船ノア。


 街から離れた場所で見上げるこの景色は俺にとって、なんだか特別なものになっていた。


「仕事あがりのご褒美、とか言ったらちょっと酔いすぎか?」

「そんなことないんじゃないかな」


 タナーと二人、軽く笑みを零す。


「なんて呑気なこと言ってられねえのか。レブレにこのまま人が定着するかは別問題だからな」

「だよね。あくまで俺達は庶民だし」


 俺達の弁当が達成すべき目標は二つある。


 一つは雲船ノアを守ること。

 兎にも角にも稼いで、税金を納める必要がある。

 そしてこれは、タナーが大事にしてきたものを手放さないためだ。


 そしてもう一つはレブレ領を盛り上げること。

 こっちは地道に人を寄せていくしかないが、庶民にできることは少ない。


「ノアを守るのは分かりやすいが、レブレ領に人を集めるってのは一筋縄じゃいかねえよなあ」

「弁当以外にも何かやる必要があるかも」


 第一の手段としての弁当は好調だ。

 ただ、冒険者に居着いてもらえるかは不透明であることは間違いない。


「ある程度の話題にはなってるけど、それが続くかどうかは分からない」

 

 今の状況はカグハあってのもの。

 森を抜けられるのも彼女のお陰だし、実際彼女の手伝いがなければ弁当の受け渡しだって回っていないだろう。

 だから、彼女の境遇改善に向けた行動を怠るわけにはいかない。


 この点に関してはタナーも俺も言わずとも一致している点である。


「今はあの雲船を存続させることに集中せよ。その後のことはそれから考えてみたらいいのじゃ」


 カグハはからからと笑い、楽しそうに続けた。


「まずは妾の腹を満足させい!美味しそうなものを渡すだけで食べられない、というのは地獄なのじゃあ!」

「それはそうだな!雲海下のためにも一つ頼むぜ、料理長さんよ!」


 確かに。

 

 俺達は不器用なのだ。

 だから一度に沢山の問題を片付けられるはずもない。

 

 まずは目の前のことから。

 というわけで今日の夕ご飯だ!


「そうだ!今日は、昨日仕込んだやつを食べてもらおうかな」

「お!なんだ、新作か!」

「そういえば昨日遅くまでなんかやっとったの!楽しみじゃ!」


 嬉しそうな表情を浮かべた二人がノアへ駆け出した。

 料理の話をしたら喜んでくれる人がいる。


 そのことがこんなに嬉しいことだなんて。

 

 ちょっとこみ上げてくるものが……




「ちょおおおおっっと待ったああ!!!!」




 なんて感動に浸ったのも束の間。

 静かな夜に、稲妻のように落ちた声で俺達は驚いて振り返る。


「な、なんだ!?」

「びっくりしたのじゃ……!」


 振り返った先は、今俺達が出てきたばかりの森。

 そこに立っていたのは、レブレではまず見かけない上等な服を来た若い女性であった。


「みっ……はあ、はあ……みつ……はあ……」


 急いで出てきたのだろうか。

 夜闇でも輝く青い髪には大量の葉っぱ。

 カグハよりも大きく、俺よりも小さい身長の彼女は髪と同じ色の青い瞳で俺を睨みつけつつ……。


「はっ……はあ、えっと……ふう……はあ……」


 大息をしていた。

 何かを言いたいようだが、肩で息をするばかりでほとんど言葉が出ていない。


 と、がさりと音がして彼女の後ろに高身長で白髪の男性が現れた。


「お嬢様。少し走っただけでそれは流石に……」

「な、なによ!……はあ……引きこもりなんだから……仕方な……うぇえっほ、げほげほ……」


 だ、大丈夫かな。

 なんか割と身体に悪そうな咳してるけど……。

 心配になった俺は、自分用の飲み水を渡しに行く。


「大丈夫ですか……?」

「あ、うん……じゃなかった、ええ大丈夫よ。お気遣いありがとう」


 少し戸惑った様子の彼女は飲み水を一口飲んで少し表情を和らげた。


「フォルさん、でしたか。ありがとうございます。ちょっと運動不足が行き過ぎてまして。ちょっと走っただけでこの様子でございましてな。従者としてお恥ずかしい限り」

「ちょ、ちょっと。従者なら余計なこと言わない!」


 どうやら病気ではなかったようだ。

 少し安心する。

 そしてどうも俺達の素性は割れているらしい。


「おい、フォル……!」

「ううむ……」


 俺の周囲に寄ってきたタナーとカグハは揃って難しい顔をして、タナーに至ってはチラチラと少女の顔を顎でしゃくっている。


「?」

「はあ……まあ、なるようになれだ」


 その意味が分からなかったが、タナーはため息を付きそう言った。


 そうなるのも分かる。

 何しろ秘密にしていたノアは目の前に堂々と停泊しているし。

 それに意気揚々と乗り込もうとしていた様子を見られていたわけだ。


 そして見たところ二人はお金持ち。


 どう考えても面倒事にしかならなそうである、という俺の予想だったが。


「……私は、クレセア。レブレ領の領主よ」


「うえ゛っ……!?」


 りょ、領主様……!?

 予想を遥かに超える事態に、俺は妙な声を出さざるを得なかった。

 確かに若い女性だとは聞いていたけれど、ここまでとは思わなかった。

 大げさに見積もっても、俺より少し歳上くらい。

 下手をすると同じ歳の可能性だってありそうだ。


 俺が面食らっていると彼女の隣の老紳士は一礼する。


「私は従者のディエール。お嬢様の執事をしております」


 税金の納付のときには相対する可能性はあるかも、とは思っていたけれど。

 まさかこんな夜更けに出会うことになろうとは。


 二人の持つ、イテルランプに照らされながら俺は驚きを隠せなかった。


「それで皆様……」


 と、ディエールさんが話を続けようとしたが。


「ディエール、命令よ」

 

 それを遮って領主様は冷徹な宣言をした。



「雲船を用いた密輸、窃盗の容疑で拘束しなさい」



 突然の言葉に俺はその意味するところが理解できなかった。

 そしてそれは周囲も同じらしく、タナーもカグハもぽかんとしている。


「お、お待ちくださいお嬢様。それはあまりに……」


 しばらく続いた沈黙を破ったのはディエールさん。

 しかし若き領主はその言葉には耳を貸さなかった。


「命令よ。3人を拘束。雲船ノアも確保なさい」


 もう一度明確に放たれた命令に、ようやく俺も頭が追いついてきた。


「か、確保って……」


 つまり逮捕、拘束される、ということらしい。


「お、おい!領主さんよ、密輸とか窃盗ってどういうことだよ!」

「そ、そうじゃ!妾何にもしとらんぞ!」


 タナーとカグハが俺が考えたことをそっくりそのまま言葉にしてくれたが。


「言葉通りよ」


 その答えは非常に簡素なものであった。

 そして彼女は手にもったランプを上に掲げ、横に振った。


 からんからん、と金属が合わさる音が響く。


 すると、二人の衛兵がどこからともなく現れる。


「く、クレセア様……」

「あの……」


 彼らはおそらく彼女の護衛だろう。

 やや困惑した表情を浮かべている。


「お嬢様……!いけません!」


 老紳士が大きな声をあげたが、若い領主は一切聞く耳を保たない様子でもう一度宣言した。



「『領主権りょうしゅけん』を持って命じます。3人を強制確保。迅速な遂行が成されない場合、貴方達も処罰対象になるわよ」


 

 その言葉がダメ押しであった。


 領主権という言葉は庶民でも知っている有名なもの。

 あらゆる責任を取ると宣言する代わりに、多くの強制的な命令を遂行できる権利である。

 別名『暴君権』とさえ呼ばれ、庶民がもっとも嫌う権威の象徴。


 タナーはそれに反応し声を荒げた。


「ちょっと待てよ!領主らしいこと一つしないくせに領主権だって?ふざけるのもいい加減にしろ!」


 彼は、ある側面ではノアの後処理を押し付けられたとも言える対応をされている。

 領主に対して良い印象を持っているはずもないのだ。


「何が窃盗だよ!それを言うなら、ろくに仕事もしねえお前のほうが税金泥棒だろうが!」

「お、おいタナー!」

「……ッ!」


 領主様は更に表情を固くする。

 俺より長くここで暮らすタナーのほうが、彼女の領主としての振る舞いを知っているだろう。

 しかし言ってはならないことを彼は言ってしまった。


「法に従っていないアンタ達に言われたくないわ。それから」


 そして彼女は強く、けれど暗い光をたたえた瞳で更に告げた。


「衛兵、聞いたわね。領主を相手に正当な理由なく『泥棒』と侮辱したわ」

「お嬢様……っ!」

「それを咎めなかった2人も含め、全員現行犯で逮捕なさい!」


 領主様は自身の従者の制止を意に介さない様子で言い切る。


 売り言葉に買い言葉といった様相ではあった。

 しかしタナーは確かにそう言ってしまったのだ。 


「お、おいっ!俺は確かにそう言ったが、こいつらは関係ねえだろ!」


 しかし、権力を相手にその理屈は通用しないようだった。



「……命令を遂行します」



 制止していたはずの老紳士が顔を伏せがちにしつつも、一言そう答えたのだ。


「ディエール殿……しかし――」

「職務をお忘れですか。それとも、先程の無礼な発言を聞いていなかったと?」


 戸惑いを隠さない衛兵も、彼の冷たい声に黙り込む。


 ……参った。

 そこでふと、俺は一言も発さなくなっていたカグハの様子を見やる。

 彼女の性格ならもう少し何かつっかかるかと思ったのだが……。


「ぐふふ……」

「……!?」


 まったくこの場にふさわしくない含み笑いを浮かべているではないか。

 ど、どうして笑っているんだろう……。


 俺が混乱していると、彼女は口だけを動かした。

 

『大丈夫』


 何が大丈夫なのか、むしろ絶対絶命という感じだ。

 とは思うのだが、彼女のそんな様子に何故か心に余裕が生まれた。


「ご同行願います」


 衛兵が俺達3人を取り囲むようにする。

 けれど腕を掴んだりとかはなく、どこか丁寧な扱いだ。 

 彼らも何か思うところがあるのかもしれない。


「こちらへ」


 さすがのタナーも黙り込み、彼らの衛兵の指示に従う。


 疑問点は多々ある。

 しかし今は多分、ことを荒げても仕方がないだろう。


「大人しくなったわね。いい傾向だわ」


 どこか寂しそうな笑みを浮かべた領主様はそう言って、森を迂回する道を進み始めた。

 衛兵共々俺達はその後をついていく。


 ……さて。

 俺達はこれからどうなるのだろうか。


 侮辱についてはもう言い逃れのできないものだが、基本的には罰金刑だ。

 しかも高額が取られることはない。

 これは国の法律で定められているはずだから、大体予想できる。


 しかし窃盗と密輸とは……。


 雲海下から材料を仕入れていることがバレた……?


「……フォルさん」

「ひっ……!」


 突然、押し低められた声をかけられ俺は飛び上がりそうになる。

 

「……変な声ださないで、びっくりするじゃない」


 俺の情けない声は前を征く領主様にも聞こえたらしい。

 少し厳しい声で叱られてしまった。


 そして再び無言の行進が続く。


 すると、今度は急に手を握られた。


「……っ!?」

「……静かに」


 ……何か渡されたらしい。


 今度はなんとか声を我慢できた。

 そして小さな声をかけてきた人間もわかった。

 

 ディエールさんである。


「……」


 顔を向けると、彼は軽く頷きそのまま若い領主の隣に並ぶ。

 

 一体なんだったのか……と手を開くと。

 渡されたのは一枚の紙切れであった。

 


『決して悪いようにはいたしません。どうか今しばらくご辛抱を』



 美しい筆跡のその字は、暗闇でも不思議とよく見えた気がした。

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