第2話 彼らが悲鳴を上げるまで

――雲海へ放り出されたその日の朝は、至って普通であった。 



「よっ……ほっ……あ、あちっ!」


 手を引っ込めるがどうやら少し遅かったらしい、指先が少し赤くなってしまっている。

 慌てて水にさらしていると、後ろから笑い混じりの声がかかった。


「おいおいフォル、朝飯だけにどれだけ手間取ってんだよ?」

「……はいはい」


 旧友のタナーに笑われつつ、焼き上がったグラノを皿に乗せた。

 今日のは、我ながら良いモチモチ感が出た気がする。


「ほい」


 俺がその皿を差し出すと、タナーは端正な顔に疑問の表情を浮かべた。


「なんだ、これ?ペッシェを焼いたんじゃないのか?」

「干物を否定はしないけど、毎日朝晩欠かさず食べることに疑問を持ってだな……」


 ペッシェというのは、雲海うんかいで釣れた魚を干物にしたものだ。


「フォルの作るペッシェは美味かったから楽しみにしてたんだが……」

「その評価は嬉しいけど、まあとりあえず食べてみてくれ。手で持って食べるんだ」

「はあ!?熱いんじゃねえのか?」

「さっきのは熱道具に触っちゃっただけだから、それ自体は大丈夫」


 手を洗ったほうがいいぞ、と付け加えるとタナーは怪訝な表情を見せつつ従う。



「……う、美味ええ!!」



 が、その表情も束の間。

 分かりやすいほど目を輝かせて声をあげた。


「こうもちもちっとしてて、でもふわふわっとしてて……。こんなの初めて食ったぞ!?」

「うまいでしょ?」

「ああ、最高だ!」


 ふふふ……そうだろう、そうだろう。 

 

 彼が今口にしたのは『グラノ』

 他国の伝統的な食べ物である。


 『ムグ』という穀物を乾燥させて粉状にしたあと、水と塩を加えて捏ねる。

 一晩寝かせた後に、イテル熱道具に伸ばして焼けば完成。

 仕上がりは手作り感の残る長方形で、どことなく愛嬌がある感じ。


「すげえな、その国。ムグってあれだろ、その辺の雑草みたいなやつ」

「そうそう。あれ春と秋に実をつけるんだよ」

「よく見つけたもんだな」

「他にもひと手間加えると美味しくなるものって山ほどあるんだ」


 俺が料理の説明をすると、タナーは口を動かしながら目をまたたかせた。


「世の中皆ペッシェを食ってると思ってたぜ」

「この国はあれしかないけど……他国には『料理』っていう文化があるんだよ。干物ももちろん作るけど、その国の人にとっては沢山ある『料理』の中の一つなんだ」

「ほお……すげえな!」


 彼はノルディア族らしく、背が大きく肌も健康的な褐色だ。

 仕事に邪魔だからという理由で髪を剃っているので、ややとっつきにくそうに見えてしまいがちではあるが、整った顔立ちで女性にもなかなか人気がある。

 曰く大人っぽくて頼りがいがありそう、だそうだ。


「な、なんだよ。何か可笑しいか」


 そんな彼の子供っぽい反応に思わず笑ってしまうと彼は不服そうであった。


「あはは、大丈夫。ペッシェも合うから、小さめのを用意するよ」


 塩気のある干物は、グラノになかなか合う。

 俺は小ぶりの雲海魚の干物をイテル道具の熱にかけた。


「ほんとか!?ごちそうじゃねえか!」


 すぐに機嫌を直したタナーは嬉しそうに次のグラノに手を伸ばす。


「派遣調理師ってのは、やっぱ大した仕事じゃねえか。なんで辞めちまうんだ?」


 心底不思議そうにするタナーに、俺は苦笑する。


「……時間がかかるものはいらないんだってさ」

「ふうん、そんなもんか。都会人ってのは損な性分だな」


 ま、お陰で俺がこれ食えたわけだ!と切り替えた彼を、俺は少し羨ましく思った。

 こざっぱりした所は、昔から変わらない彼の長所だ。


「ま、都会には幼女が多いからな!触れ合いの時間が必要なのはわかる。天使たちと戯《たわむ》れるためなら餓死したって構わねえな」

「何も分かってないじゃないか!」


 そして妙に小さな女の子に興味を示すのは、彼の変わらない短所だ……。


「わかってないのはお前のほうだ。俺ほど天使たちを理解する紳士はいない。いつか湖のほとりに養育施設を作って彼女達を見守りたいとさえ思っている」

「ただ幼女を集めたいだけじゃないか……男の子はどうするんだよ……」

「残念だが神の寛容さが及ぶのは女児までなんだ。その辺で転げ回ってればよろしい」

「その神、狭量きょうりょうすぎない!?」


 神妙な面持ちで頷く旧友は、ろくでもない神を信仰してしまっているらしい。

 友人としてはとても微妙な気持ちになるんだけど……。


「狭量とは失礼な。だらしないお姉様信仰よりよっぽどましだ」

「はあ!?」


 いやいや。

 断じてその発言は看過かんかできない。


「男と生まれたからには、美人でだらしないお姉様を養ってなんぼだろう!」

「主語を大きくするお前も相当だぞ……」


 ……まったく、これだから変態というのは困ったものだ。


 異国から取り寄せた料理を主題にした絵巻『だらしない彼女の笑顔は尊い』はもはや俺の生きる道、いや全ての男性が至るべき道。

 異論は認められない。


「幼女なんて卒業して、早くこっちへ来るんだ」

「その気持悪い目をやめろ!ったく、どっちが変態だよ」


 彼にはまだこの道へ至る準備ができていないらしい、嘆かわしいことだ。


 とはいえ。

 彼の幼女へのよくわからない愛は本物らしく、彼女たちが嫌がることは絶対しないし、むしろ男の子に対してもとても面倒見が良く懐かれている。

 このまま養育施設を運営したとしたら、よくわからない愛のお陰で上手く行ってしまいそうで怖い。


「ま。未来の養育施設でもこのグラノも提供することにしよう。感謝せよ」

「何にだよ……」


 芝居がかった台詞を述べるタナーは、俺の返しに満足したらしい。

 からっと笑い、嬉しそうに次のグラノに手を伸ばした。


 仕方ない。

 美味しそうに食べてくれたので、今日は休戦としてやるとしよう。




「都会じゃあ使わねえって聞いたから、墜落したらおもしれえと思ったんだがな!」

「残念!身体が覚えてたみたいだ!」


 『ウェクル』が上げる蒸気の音に負けないように二人で会話する。

 悪路の多いこの辺りは、蒸気で浮上して進むこの乗り物を使うのが一般的だ。


「よっと……!」


 備え付けられた踏み板――ペダルというらしい――を踏み込むと、景気よく蒸気が吹き出す。

 木製でてんとう虫のような形をしたウェクルで少し高度を上げ、我が故郷を眺めた。




 見渡すかぎりの雲の海。


 人々はその雲の海から突き出すようにそびえ立つ大樹『始原樹しげんじゅ』が持ち上げた大地に暮らしている。

 始原樹は雲海各所に存在するため、大樹が持ち上げた『島』が雲海のあちこちに浮かぶのがこの世界の全景だ。


 どの島も始原樹が広げた枝が土地を持ち上げていて、その幹は島の真ん中にそびえ立つ構造になっている、と研究者は言うけれど。

 一般庶民からすれば大木が島の中央にある以外は確認したこともない、というのが現状である。

 

 そんな始原樹の中の1柱いっちゅう

 『始原樹レブレ』が持ち上げた島。


 それが今眼下に広がる『レブレ領』である。


 楕円形に近いレブレの大地。

 そのほぼ中央に位置する始原樹を取り囲むのは鬱蒼うっそうとした森。

 森の周囲には湖が広がり、丸みをおびた家並みが集う中央区が続く。




「飛んで見ると、いかにこじんまりした街か分かるな」

「昔から森に間借りしてるって言われてたくらいだしね。島も大きく無いし」


 帰省の実感を得ながらしばらく飛ぶと、目的地へ到着した。

 ウェクルを着地させると、タナーは俺の言葉に笑う。


「フォルの家はさらにそのはずれだしな!」

「あはは、丘の上の別荘ってやつさ」


 ものはいいようだ、と今度は二人で笑い声をあげる。


 両親が遺した家はレブレ領の中央区からは離れた丘にある。

 湖より外側に広がる草原を一望できる場所だ。

 周囲は半ば勝手に庭として使っていて、今日の朝食会場もそこであった。


「田舎の特権って自慢してはみたいもんだが……」


 今度はやや声色を落としたタナー。

 彼が向ける視線の先、島の端っこには今日の目的があった。


まで維持できなくなるとはなあ。過疎化かそかってのは寂しいもんだ」


 そこに浮かぶのは、小ぶりな雲船うんせん『ノア』だった。

 年月を重ね飴色に変色したハクマツでできた、楕円状の船体がどことなく可愛らしい船だ。


「雲船ノアって言えば、一応レブレ領の名物だったんだけど」

「ああ、寄り合いにはもってこいだったんだよな」

「もはや休憩所だったしね」


 雲海を渡るのが仕事の船。

 しかし、この『ノア』は本来の役割を果たさなくなってから随分経っている。

 その証拠に甲板には椅子やテーブルが置かれ、自由に使える場所となっていた。


「前の領主が拾ってきた、みたいな話だったけど」

「領地の持ち物には違いわけだが」


 タナーはウェクルの荷物入れから一枚の紙を取り出す。

 ひと目で分かるほど上質なものだ。

 イテル蒸気機関の発達で生産できるようになったものだろう。


「ほれ、正式な譲渡書じょうとしょだ」

「おお……領主様の書状なんて初めてみた」


 そこに書かれていたことを要約すると、『雲船ノアを管理人に譲る』ということであった。

 この管理人こそ、旧友であり技師であるタナーなのだ。

 航行を辞めたとはいえ、雲海に浮かび続けていられるのも彼の手入れがあってこそ。

 

 しかしレブレ領地は今、若い世代中心にどんどんと人が離れ過疎化が進んでいる。

 

 原因は『黒曜獣こくようじゅう』と呼ばれる獣が出ないこと。

 肉だけでなく、様々な部位が高額で取引されるこの獣。

 どの島にもある『魔窟まくつ』と呼ばれる場所から、一定周期で現れるはずなのだが。


「全く出ないからな!」

「お情けの小キャラバンしかこなければ、そりゃ地域経済も冷え込むよねえ」


 黒曜獣が出現すると、その高額な素材を目当てに『キャラバン』という冒険者の一団があちこちからやってくる。

 彼らが宿を取ってくれたりすることで地域は潤うのだ。 

 田舎にとっては有り難いお客だったが、目当ての黒曜獣が居なければそんなお客さんもいなくなってしまう。


 今レブレへ訪れるのは、野生の動物を適宜狩るための『小キャラバン』。

 国が最低限の資金で派遣するキャラバンなので、国からのお情け、というわけだ。

 当然彼らの賃金は多くないため、羽振りも悪く地域にお金をおとすことはない。

 

 となれば仕事も無くなってしまうわけで。

 働き手が外へ出ていったことでレブレ領は財政悪化。


 そして財政破綻を避けるため領主はこの雲船を手放し、タナーに譲渡じょうとすることになったというわけである。


「雲船所有なんて庶民の夢!となるはずなんだが」


 軽くため息をつくタナー。

 雲船を持つなんて大成功者の証なのだ。


 けれども。

 

「納税額が庶民にはね……」

「ありゃ高すぎる、廃棄以外に選択肢がないな」


 雲船を保有しつづけるには、毎年高額な税を領地に納めなければならない。 

 ノアは古いし買い手を見つけるのは相当に難しいだろう。


「要は厄介払いってやつかあ」

「ま、契約終了金ってことでかなり多めに追加報酬があったのが救いだ」


 つまりはそのお金で後片付けよろしく、ということなんだろう。


「納税までさほど時間が無くなってきたからな、そろそろ解体しちまおうと思ってる」

「それでお別れ会か。でも領主様はこなかったね」


 辞職を願い出た俺に、上司が気を遣って故郷の仕事を回してくれた。

 それが昨日の『雲船ノアとのお別れ会』にペッシェを出す屋台を出店する……というもの。

 しかし、その領主様はその催しに顔を出さなかった。


「新しい領主は領地が嫌いなのさ」

「領地が嫌い?」

「ああ、『クレセア』って嬢ちゃんになってから2年……いや3年か?ほっとんど人前に顔も見せないし、『領主令りょうしゅれい』の一つも出さないぞ。ま、『領主権りょうしゅけん』とかいうので横暴もしてないが」


 困ったもんだ、と息をつくタナー。


 『領主令』は、領地に新たな規則をつくること。

 『領主権』は、領主が差し迫った課題だと判断したものに対して強権発動できる、という権利。

 どちらも制限や条件はあるが、悪い領主様だとこれを結構悪用してしまう。


 『クレセア』という領主は、どちらもしない影の薄い領主様だそうだ。


「閉領を目指してるって話も聞くぜ。やる気が無いのにもほどがあるだろってんだ」

「そりゃ相当だ……」


 領地の経営が悪化すれば、最悪閉領、つまりこの土地は放棄され領主が撤退する……ということが起きる可能性がある。

 それでもほとんど行動を起こしていないらしく、若い女性領主は相当にやる気がないようである。


「でもレブレ領に若くして就任って、言い方悪いけど左遷させん……ってことかな」

「まあ落ち込みもするだろう、とは思わなくもないがな」


 レブレ領は黒曜獣が出ず、税収が上がらない領地として有名だ。

 担当したがる領主はいないだろう。


「でもよ、領には人が住んでんだ。それに一応思い出も思い入れもある」


 青空を切り取るように雲海に浮かぶノア。

 ツヤのあるハクマツ製の甲板は朝の陽射しを優しく反射している。

 よく手入れされているからこその光景だろう。


「……『ノア』が無くなるのは寂しいな」


 俺が思わず零すと、まったくだ、とタナーも頷く。


「ただなあ、俺の薄給じゃ維持できん」

「俺は薄給どころか、無給になったし」


 結局、現実は厳しいな、と男二人で苦笑するのが精一杯である。


「ほれ、今のうちに中を覗いとけ。今は俺のもんだからな!」

「そうだった……んじゃ、お邪魔します!」


 俺は軽くお辞儀をしながら、久しぶりに雲船ノアへ足を踏み入れるのだった。




「ん、そっちのやつ取ってくれ」

「これ?」

「あ、いや一つ隣のだ」

「ほい」


 タナーと一緒に腰を落ち着けたのは、ノア内にある食堂的な場所。

 航行を続けていた時に船員が休む場所だったのだろう。

 壁には棚が備え付けられ、床に固定されたテーブルと椅子がいくつか並んでいる。


 そこへ着くなり、タナーは食堂の設備修理を始めた。


 彼はともかく、俺は手持ち無沙汰。

 とりあえず修理に使う道具を手渡して、暇を潰していた。


「なあ、もうここは使ってないんじゃなかったか?」

「ん?まあ……よっと……そうだな」


 俺の言葉に、タナーは作業を進めながら返事をする。


「どうして修理を?」

 

 もうすぐ沈める、と自分で言っていた彼。

 それならばもう修理は必要ないのでは、俺はそう思った。


「ああ……そうだよな。まあ、うちの姉ちゃんも昔文句言ってたな。今はアケル領へ行って静かになったが」


 彼の姉は愛想の良い人だったが、タナーには割と辛辣しんらつ――というかいいように使っていた――だったと記憶している。

 彼が残念な性癖を持つにいたったのはおそらく彼女のせいで間違いない。

 

 少し間を置いて、タナーは続けた。


 

「……気が済まないんだろうな」



 手を止めることなく、彼は苦笑する。


「上等な紙一枚、それで雇われる側の仕事は終わる。そりゃ間違いないし、そんな世の中に異論もない」


 結局依頼者が言うことは絶対だしな、と息をつくタナー。

 その辺りは派遣調理師も同じである。


「だが俺にとっちゃ『ノア』の手入れっていうのは何かこう、欠かせないことなんだ」

「……欠かせないこと?」


 茶色の瞳に浮かんだ真剣さを見て、俺は思わず聞き返していた。


「依頼に振り回される仕事だからこそ。『依頼抜きで』といえるようなことを持っておきたくてな」


 だってそうだろう、と言う彼は少し照れくさそうに笑みを浮かべた。



「自分の人生だ。自分勝手の一つも通さなきゃ、それこそ人に使われる蒸気機関と一緒になっちまうだろ?」


 

 俺は、その旧友の言葉にはっとした。


 タナーの自嘲気味の台詞は、今の俺に突き刺さるようだったからだ。


「……」

「ま、田舎のしがない技術屋の、どうでもいいこだわりってやつだ。それで結局『ノア』を守れたわけじゃないしな」


 思わず黙り込んでしまった俺をよそに、彼は寂しそうに笑う。

 持ち前の晴天のような笑顔に、少しだけ陰りがあったことに胸が締め付けられた。



「お!ようやく開きそうだ」



 と、タナーが嬉しそうな声を上げる

 先程から取り組んでいたことが成果を上げたようだ。


「あれ、いつもやってるんじゃなかったのか?」

「いやここは初めてだ。そもそも開き戸だって気づいたのはつい最近だしな」


 まな板状の一般的な熱道具。

 それが作り付けられた木製の台の下、そこが開き戸だったらしい。


「これ見てくれよ、取っ手もないし。閉じると全然わからねえだろ?」

「確かに……。むしろどうしてわかったんだ?」


 それがよ、と彼は理由を話す。


「この熱道具はなぜだか取り外せなくてな。だからどっからも手入れできない。それがおかしいなってずっと思ってはいたんだよ」

「それで調べてたってこと?」

「ああ。ようやくわかったのがこの開き戸だ。でも無理して開けたら中が壊れるかもしれねえ」


 何か重要なものが入っているのかも。

 彼はそう考えて、かなり慎重にことを運んでいたらしい。

 

「ま、多分熱道具の裏側が見られるだけだろうがな。よーし開くぞ……」


 少しほっとした様子で、タナーが開き戸に手をかける。


 しかし。

 俺達の予想は裏切られた。



「な、なんだこれ?」



 そこにはハクマツでできた歯車がびっしりと組み合わさった、まるで動力部のような仕掛けが備え付けられていたのだ。


「お、おいおい……これただの熱道具じゃなかったのか……?」


 開き戸の中の仕掛けと、その上についた熱道具の裏側。

 ちぐはぐ過ぎる光景に困惑していると、タナーは更に何かに気づいたらしい。


「これ、そこの棚につながってるぞ……?」

「え、そうなの?」


 作り付けられた棚の一つにこの仕掛けがつながっていることを確認したらしいタナー。

 そのまま棚に付いた引き出しを引く。


「……ここだけ鉄製なのが前から気になってたんだ」


 彼の言葉に改めて食堂を見回すと、備え付けられた棚はすべて木製だ。

 そして彼の手元で引き出されたものも、一見木製。


 しかしそれは表面に木材が貼られているだけで、中は確かに鉄製であった。


「おいおい……これなんかの装置なんじゃないか?ワクワクしてきたぞ……!」


 技術屋らしく、この不思議な仕掛けに彼の血が騒ぐようだ。

 というより、秘密基地を作る時の男の子の血かもしれない。


 何を隠そう、俺もちょっとワクワクしてきた。


「引き出しを押し込む……みたいなさ。普段と逆のことをすると……」

「お、お前も子供だな!そ、そんな単純なわけないねえだろ……!ないよな……?」


 と言いつつ、タナーはゆっくりと引き出しを押し込む……。


「……!!」

「……!!!!」


 すると、その引き出しは不自然に奥へ奥へと入っていくではないか……!

 

 男たちが引き出し一つに一喜一憂とは笑ってしまう。

 そんな風に思った瞬間、引き出しはカチッと音を上げ。



――食堂が大きく揺れた。



 こうして。



「ひぃいいいいいいい!!??」

「ぬおおおおおおおお!!??」



 お世辞にも綺麗とは言えない男たちの悲鳴が青空に響くことになったのだ……。

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