ノアのアプレンティ〜不遇な彼らは『美味しい料理』で逆転したい!〜
澄庭鈴 壇
第1話 青空から前菜
「ひぃいいいいいいい!!??」
「ぬおおおおおおおお!!??」
抜けるような青空を放り出して落下する
「タナー!?これ、何がどうなって……っ?」
「し、知らん!フォル、お前妙なことしたんじゃないだろうな……うぉおっ!?」
久しぶりに再会した旧友が恨めしそうな声を上げた途端、船内は大きく揺れた。
急いで船内備え付けのテーブルを掴みなんとか態勢を維持する。
「食堂にいて助かった……」
「ああ……もし甲板に出てたら
見渡すかぎりの雲海が広がり、そこに浮かぶように島が点在するこの世界。
そんな島の間を行き来するために作られた一隻に雲船が、今まさに雲の海へ沈もうとしていた。
「いやでも、これ……船ごと落ちてるよね?」
「ま、まあ……そうだな。すごい勢いで落ちてるな……」
「結局放り出されてるのと変わらないよね!?」
「言うな!考えないようにしてるんだ!」
俺の言葉にタナーは大声を上げる。
無の世界。
罪深い人間が落ちる地獄。
想像を絶する化物が支配する国……。
見ることができない雲海の下を人々は様々な想像を持って語る。
それらが正しいかどうかは分からないが。
ただ一つ、すべての人が知っていることがある。
それは、雲海に沈んだものは二度と浮上しない……ということである。
「まさか道連れがフォルとは……。俺ぁ一体何したってんだ、最後は幼女に囲まれて死ぬって決めてたのに……どうしてこんなひょろい男と……」
「その性癖が神の怒りをかったんじゃないかな!?」
「ああん!?幼女こそ世界の宝だぞ!むしろ世界は俺と幼女だけで構成されるべきだ!」
「それこそ地獄かよ!!」
地獄を望む気持ちに神様が答えてくれたのかもしれない……。
俺はこれっぽっちも望んでないんですが!
むしろ、むちむちぼいんでだらしないお姉様を養いたい、そんな些細な願望しかもっていないというのに……!
「にしても……わあっ……ど、どっか故障してたってこと……!?」
俺達を載せたまま落ちていくのは、
とはいえ現役を引退し、
現在では大地の端っこにちょこんと停泊し、人々の憩いの場となっていた。
「んなわけねえと思うが……毎日俺がちゃんと手入れしてたしな!」
タナーは少し得意そうな顔をする。
とはいえ、テーブルの足にしがみつきながらなので格好はつかないけど……。
「お、おい嘘だろ……!蒸気の音だぞ!」
驚きに声を上げるタナー。
確かに蒸気が勢いよく吹き出す音が断続的に聞こえだした。
「蒸気機関が動いてる……!?」
「いや……イテル水は入ってないはずだぞ!何の力で動いてんだ……?」
雲船の動力であるイテル
航行の必要が無くなったノアには一切入れていなかったはずなのだ。
「どうなってんだ……?」
各所に据え付けられた木製の歯車が回り始める音が響き、食堂にも変化が起きる。
「棚が……!」
「て、天井も降りてきたぞ……!?」
食堂に備え付けられた木製棚の数々。
それらがひとりでに動きだし、様々に形を変え始める。
天井の一部の板も眼の高さまで降りてきて、その上にはガラス製の瓶が乗っている。
「の、飲み物……じゃない!中に船が入ってる……?」
「……すげえな……って!?これノアの模型じゃないのか!?」
ガラス瓶の中には精巧に作られた雲船の模型が入っていて、それは確かにこのノアにそっくりだ。
「み、見ろ!!形が変わるぞ!」
「どういう仕組なんだろう……うわっ!?」
「ぐおおっ!?」
精巧に作られた雲船の模型は瓶の中で、徐々に形を変えていく。
そしてそれと同時に船内には大きな揺れが走り、耳に入ってくるのは大量の歯車が回り始める音。
「タナー!け、計器だ!」
「なんだあ!?お、おいこっちは……!?」
ひとりでに動き出した棚たちは、いつのまにか計器を納めた箱になっていた。
様々な針が文字盤の数字を指し、この船が置かれている状況を表しているようだ。
そして操舵室へ通じる扉がついた壁は大きく回転し、食堂と操舵室が一つの部屋になる。
「おいおい……なんだよこれ……!」
タナーが半ば呆然とした様子で零す。
その視線の先には、依然として形を変え続ける模型。
独特の丸みを帯びた楕円形の船体から、今まで見たことがなかった構造物が現れる。
せり出すように現れた木造のそれらは合計4つ。
まるで船に足が生えたかのようである。
「これ……
「推進機構って……4つも必要なのか?それ以前に、船体に組み込んで隠しておく構造なんて聞いたことねえぞ」
技師であるタナーの言う通り、そんな構造俺も聞いたことがない。
戸惑う俺達などお構いなしに、模型は丸みをおびた四つの推進機構がせり出した雲船に完全に姿を変えた。
そして、俺達は船内の揺れが止まったことで直感的に悟った。
「ノアの今の様子を表してるんだよ、これ……!」
「す、すげえな……どんな技術だ……!?」
つまりガラス瓶の中の模型は、そのまま現実のノアの状態を示しているのではなかろうか。
更にもう一つのことに気付く。
「落下が止まってる!」
操舵室とつながったことで、大きなガラス窓から外の様子が確認できた。
視界はほとんど真っ白ではあったが、先程までの落下している感覚は消えている。
雲海は分厚い層だと聞いたことがあるし、おそらく今はその層の中なんだろう。
「た、確かに……!立てる!立てるぞ!」
「おお……!」
二人とも足腰が震えたままだが、なんとか立ち上がる。
現れた計器類に触らないようにゆっくりとガラス窓へ近づいた。
「計器も動いてるし、歯車の音もするよな……?」
「ああ、蒸気の音もするし動作はしてるんだと思う」
大きな揺れは止まったがノアの蒸気機関はしっかりと稼働しているらしい。
おそらく推進機構が下向きに噴射し、落下を押し留めているような形なんじゃないだろうか。
「これ、なんとか浮上できないかな……?」
となれば、この雲海からも脱出できるんじゃないか、と思うのが人情というもの。
幼女を愛でる変態と一緒に死ぬなんて、俺だってごめんである!
「操縦できんのか?いや……でも一応雲船だしやれないことも……」
タナーの言葉に確かに!と思わず頬が緩んだ瞬間。
――がくんっと大きく船体が揺れ、妙な静けさが辺りを包んだ。
「……フォル、嫌な予感がするんだが」
「は、ははは。まさかね。ちょっとふわっとしただけだよ」
「そうだな。う、浮いてるしな、そういうこともあるよな」
「た、タナーは心配症だなあ。あ、あはは、大丈夫、だいじょ……」
それ以上は俺も冷静な言葉を継ぐことができなかった。
なぜなら。
「ぬあああああああああ!!!!!」
「落ちるううううううううううううう!!!!」
雲船ノアは再び急激に落下を始めたからである……!
かくして雲海が広がる世界の端。
田舎の領地で暮らす男二人は、誰も眼にしたことがない、という雲海の下へ放り出されることになったわけで。
一体どうしてこんなことになったのか。
俺は食堂の天井に向かって放り出される感覚を味わいつつ。
脳裏を行き過ぎる走馬灯に意識を奪われたのだった。
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