第13話 検察庁合同捜査本部

 検事は受話器を置き、合同捜査本部のホワイトボードに田中さんが家を出た時間と電車に乗った時間を書きました。

「本当に毎日同じだなあ」

「そうですねえ、平日は九時出社の、十七時退社。休日出勤も残業もなし。それでちゃんと給料もらえるんだからいいよなあ」

 若い事務官がホワイトボードの内容をPCに入力しながら相槌を打ちました。

「格好だけの会社で、どうせまともな仕事なんてほとんどしてないんだろ。『ファントムコンサルティング』なんて、名前からして胡散臭いですよね。何をコンサルトされてんだか。バックマージンの額か?」

 通りかかった別の事務官が言いました。

「いや、ここの社長は本当に経営コンサルティングしてるつもりなんですよ。講演会なんかもやってさ。ほら、一応本も出してる」

 PCに向かっていた事務官が、フジワラカズヤという男のデータを画面に表示しました。「お坊ちゃんだから、コンサルタント料や講演のギャラが法外に高いってことにも気づかない。実際は、カリプソグループの下請け企業から流れて来た実質上のキックバックをこのファントムコンサルティングが馬鹿高い講演料や、顧問料として回収してるんですけどね」

「フジワラは、カイヅカの甥だっけ?」

「姪の旦那です。分家の婿養子。ファントムコンサルティングってのも、カリプソとはなんの関連も無いように見せてるけど、実際はカイヅカが作らせた会社で、要は、いつでも尻尾切りできるように飼われてるわけです」

「下手に今手を出しても、こいつが会社ごとチョンっと切られておしまいか。かわいそうな奴」

「で、全てを把握してると思われるのが、この経理部長の田中です」

 PCの画面に田中さんのデータが表示されました。

「この男は回収したキックバックを社員や役員名義の口座にプールし、カリプソ本社から何らかの指示を受けて、何人もの個人名義を使って政治献金をしたり、役人に金を渡したりしてる、いわば、裏金の交通整理役ですね。几帳面な男で、表の帳簿は全く問題なくきっちり記帳されてます。事情聴取のしようもないくらい」

「だけど、どっかに裏帳簿があるはずだと……」

「絶対そのはずです。自分を守るためにも帳簿だけじゃなくカリプソの経営陣の不正の証拠を隠し持ってるはず。じゃなかったら、とっくに消されてると思いますよ」

「ここ十日間、日中の外出は、昼飯以外は、一度歯医者に行っただけか」

 しばらく黙って事務官達の会話を聞いていた検事がPCの画面を見つめて言いました。

「もしかして歯にマイクロチップを!?」

 若い事務官が言いました。

「いやあ、それはないだろう。いや、もしあるとしてもそんな隠し方されたんじゃ手出しのしようが無いよ」

「まあ、そうですね。検死でもしない限り」

「おいおい、物騒なこと言うなよ。……歯なんかじゃない。あいつはルンタに隠したんだ」

「やっぱりそうなんですかね」

 三人は部屋の向こうで床を掃除している、検察庁の業務用ルンタに目をやりました。

「最近はどこにでもいますよね。たまにエレベータの中にいたり」

「私この間トイレでルンタにあって、びびったわ」

「あー、それ、私もあった」

 捜査がなかなか進展しないので、電話待ちで退屈している他の職員達も会話に入ってきました。

「ルンタといえば、あれ知ってます? 引越しで元の家に置いて行かれたルンタが、三千キロも離れた引っ越し先に……」

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