第12話 田中さん、尾行される

 次の朝、田中さんの家の玄関では、少しやつれた顔の田中さんと奥さんが話していました。

「じゃあ、行って来る」

 田中さんは靴を履きながら言いました。

「大丈夫なの?」

「ああ、心配ないよ。身を守れるだけの材料はちゃんと整えてある。私に何かあったら自分たちもタダじゃすまないってことはお偉方も痛いほど分かってる」

「でも、もし、ルンタが……」

「なに、あのルンタはきっと車にでも轢かれてしまったのさ。でなきゃ、近所の人が拾って使ってるか。誰が拾ったとしても、あのことに気づくわけがない」

「そ、そうね。……でも、最近誰かに見られてるような気がする時があるの」

「いつも通りにしてれば大丈夫だ。変に普段と違うことをしないようにな」

「わかったわ」


 田中さんが門を出て駅に向かうと、近くの路上に停めてあった電気会社の作業車から一人の男が降りて、田中さんの後を追って歩き始めました。男はごく普通のサラリーマンのような出で立ちでしたが、その正体は、田中さんのことを調べていたあの検事の下で働く捜査官でした。

 田中さんと捜査官は二十メートルほどの間隔をあけて駅まで歩いて行きました。他にも通勤途中の人々が結構歩いていましたし、田中さんが尾行に気づく様子はありません。そして、捜査官のさらに二十メートルほど後ろを学生風の男が尾けていました。

 前に交番を見張っていた時は野球帽にパーカー姿だったこの男は、今日はニット帽とネルシャツという出で立ちでしたが、ヘッドセットは前と同様につけていました。

「田中、家を出ました。相変わらず、お守り付きです」男はヘッドセットに向かって言いました。

(わかりました。今日決行するから、お前はもう帰りなさい)

「了解です。ルンタはいいんですか?」

(見つからないものは仕方ありません。その後情報は無いのでしょう?)

「はい。十日くらい前に野外音楽堂のとこにあったのを怖い兄さん方が持ってったってのが最後で、そのあとは信ぴょう性のある情報はないですね。これだって、同じルンタかどうか怪しいけど。……このお兄さんたちってお知り合いなんですよね?」

(一応はね。半端で浅はかな連中ですよ。どうもルンタはゴミに出したらしい)

「ああ、聞いてくれたんですか。なるほど、ゴミ処理場じゃあ、もう見つけられないですね」

(ええ、もう一つのデータは抑えたから、これで田中は始末できます。これも、お前が連れてきたクラッカーのおかげですよ)

「ああ、あいつヤバイですよね。お役に立ってよかったです」


 自分の後ろにさらに尾行者がいたとも知らず、捜査官は、いつも通りの電車に乗る田中さんを確認した後、検事に電話をかけました。

「まったくいつもと変わりません。判で押したように、同じ電車で出勤ですねえ」

(そうか、例の……、あのルンタの方はどうだ?)

「わかりません。何しろどこに行くか見当もつかないもので。ただ、田中もあの後、探すのを諦めたようですし、人を使って探させてる様子もありません。やっぱり本件とは関係ないんじゃないですか?」

(かもしれない。引き続き監視を続けてくれ。奴が重要な証拠を握ってるのは、ほぼ間違いないんだ)

「了解です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る