第11話 AI機器不法投棄物係

『AI機器不法投棄物係』は、クリーンセンターの中の大きな建物の一角にあって、建物の外に面した搬入口から直接倉庫へと、回収して来た投棄物——つまり、AIの搭載された家電、乗り物、玩具などが運び込まれるようになっていました。他の資源ごみや、粗大ゴミの置き場に比べて随分と小さな倉庫には、いく列もの棚があって、実に色々なものが置いてあります。


「ただいま戻りました。ルンタ十七台も野良ってましたよ。……係長、何やってんすか?」

 茶髪職員が倉庫の奥にある事務所に声をかけました。

「おー、ご苦労さん」

 作業台の上の小型愛玩ロボットと将棋をさしながら、天然パーマの係長が振り向きました。

「こいつ、よっく学習させられてんの。さっきからハメ手ばっかり仕掛けてくんだぜ。お前の飼い主、ちびっこ棋士か?」

「持ち主の情報、完ぺき消去した上、シリアルナンバーも削り取られてんでしょ? 完全に捨てロボすよね。タチ悪い」

「ほんと、最後まで責任をもって飼ってほしいよなあ」

「ルンタ、他のと一緒に置いときますよ。今回は充電台も一個ありです」

「ああ、状態のいいのがあったら、先に登録があるか確認しといてくれ。パートのおばちゃんが一台欲しがってんだ」

「了解っす」


 茶髪の職員は、運んで来たルンタのうち、新しくて目立った痛みのないものを——田中さんの家のルンタも含めて——四台取り分けました。

「シリアルは、えっと」

 職員は一台目のルンタの底面に貼ってあるシールの汚れを拭き取って、事務机の上のPCに接続したリーダーでバーコードを読み取り、メーカーサイトのユーザー管理部門に照会をかけました。

「お、登録ありだ。お前の飼い主、引き取りに来てくれっかなあ……」 

 職員はそのままPCから登録ユーザーのアドレスに電話をかけました。

「あー、こちら市のAI機器不法投棄物係なんですが、今日ですね、ルンタが数台街中で保護されまして、その中の一台がお宅さまの登録になっているようですので、ご連絡差し上げたんですが……」

(え、あ、ルンタですか?)

 面食らった女の人の声が応対しました。

「はい、これなんですが」

 職員はビデオ通話に切り替えてルンタをモニタの上のカメラに向け、表裏をよく見えるようにしました。

「お宅さまので、間違いないでしょうか?」

(……よく、わかりませんけど、登録がそうなら、そうなんでしょうね。……確かに、半年くらい前に使っていたルンタがベランダから出てしまって……)

「では、お引き取りをお願いできますか? こちらに直接いらっしゃってもいいですし、着払いで送付することもできます」

(引き取りですか? ……うーん、でも、もうそれ要らないんですけど。そちらで捨ててもらえませんか?)

「廃棄処分ということですね。……廃棄だと有料になりまして、三百円いただくことになりますが、よろしいですか?」

(え、ええ、構いません)

「では、後ほど市の会計課から連絡がいきますので、その時にお支払いください」


 二台目のルンタは、持ち主が引き取りに来ることになりました。

「私が腰を悪くしたらね、娘が、掃除大変でしょ?って買ってくれたんですよ。それなのにうっかり窓を開けっ放しにしてしまって……」

 電話口に出たおばあさんは大喜びし、何度もお礼を言いました。

「お前、よかったなあ」

 職員はそのルンタを拭いてなるたけ綺麗にしてやりました。


 三台目が田中さんの家のルンタでした。

「あー、これユーザー登録されてないなあ。分別間違いのシールが貼ってあるけど、お前ゴミに出されたのか? まだ、現行機種なのに? うーん、あ、でも随分ひどくぶつけた跡があるなあ。階段転げ落ちたみたいな。あと、なんか青い塗料がついてる。なんすかね、係長?」

「ん? どれ、見せてみろ」

 係長は作業台にルンタを置いて、底についた青い部分をルーペで丹念に見ました。

「塗料っていうか、……マニキュアじゃないか、これ。ラメが入ってるし。……たしかによく見ると傷だらけだが、どこも壊れてなさそうだな」

 係長がルンタを起こして、ボタンを押すと、ルンタは作業台の上の掃除を始めました。台の端まで来ると、一旦止まり、方向を変えて進みます。

「段差のセンサーも生きてるなあ。走り方もスムーズだし、状態はかなりいいな」

「なら、さっさと工場出荷時状態にリセットして、パートさんにあげちゃいますか?」

「いや、まあ、ちょっと待て。えーっと、ダスト容器の中身は砂利と、葉っぱと、お、なんか、紙切れが奥に引っかかってるぞ。レシートかな。んーと、こりゃ随分遠くの店だな」

 係長はダスト容器の中身を作業用トレーに空けたあと、奥に張り付いていたレシートをピンセットで剥がして念入りに調べました。

「すげー係長、科学特捜班みたいじゃないすか」

「ははは、まかせろ。よーし、このレシートの店に電話してみて」

 茶髪の職員はレシートに書かれた番号にかけてみました。

「あー、誰も出ないなあ。『ぶれえめん』って、ここ喫茶店すかねえ。ああ、ほら火曜定休って書いてある。今日休みみたいすね」

「じゃあ、明日だな」

「うす」


 AI機器不法投棄物係の事務所の奥では、棚に置かれた古びたテレビが、ニュースを流していました。

「大手流通企業グループ『カリプソ』本社および各支社の査察より始まった今回の一連の捜査ですが、国税局だけでなく、検察庁特捜部の捜査官をも交えて、子会社やグループ会社、関連企業へと捜査の範囲は拡大するものの、いまだに逮捕者などは出ていません。グループCEOであるカイヅカ取締役兼代表執行役社長は前農林水産大臣のキジヤマナガオ氏の甥で、長男のマサノリ氏は現職の参議院議員でもあるという事などから、政界に太いパイプを持つと目され、今回の容疑は脱税や粉飾決算にとどまらず、官僚や政治家も絡んだ贈収賄の疑いもあるのではとの憶測が飛び交っています。国税局査察部と検察庁特捜部の合同捜査となった背景にはどのようなものがあるのでしょうか。今日はスタジオに専門家をお招きして、詳しくお聞きしたいと思います。先生よろしくお願いいたします……」

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