第7話 田中さん、ルンタを探す(前編)

 次の日は休日でした。田中さんの家では、数日ぶりに帰宅して、ルンタが無くなっているのを知ったご主人が、奥さんを怒鳴りつけていました。

 「なんてことをしてくれたんだ、君は! ……あれは、あのルンタは大事なものなのに」

 「でも、あんなポンコツよりも、あいつが割った花瓶の方が何倍も高かったのよ」

 「花瓶なんてクソ食らえだ。あ、あのルンタには、わ、私の、いや、か、会社の大事な……」

 ご主人は言い澱みましたが、その青い顔を見て事の重大さを察知した奥さんは口に両手を当てて「まさか……」と青ざめました。

「そう、その、まさかだよ」

「まあ、どうしましょう? け、警察に捜索願いを?」

「いや、警察はダメだ。自力でなんとかするしかない」

「じゃ、じゃあ……」

 二人はヒソヒソとしばらく相談した末、長女のマナミちゃんを呼んで、こんなポスターを描かせました。 『まいごのルンタをさがしています。見つけてくれた人、おれいをさしあげます。三丁目田中 電話番号……』

 マナミちゃんはルンタの特徴を捉えた絵も上手に描きました。

 田中さんと奥さんは何枚もコピーしたポスターをご近所はもちろん、駅や公民館、三〜四キロ離れたショッピングモールや、その他、人が大勢通りそうな場所に貼りました。

 田中さんはさらに、マナミちゃんを連れて、ポスターの束とルンタの写真を手に、家々を訪ねて回りました。

「ちょっとした手違いでこの掃除ロボットが外に出て、行方が分からなくなってしまいまして。……いや、この子がルンタ、ルンタと泣くものですから」

 マナミちゃんは、ルンタがいなくてもそんなに悲しいとは思いませんでしたが、お父さんがルンタが見つかったらなんでも好きなものを買ってやるし、遊園地にも連れてってやると約束してくれたので、とても悲しそうな顔をして協力しました。弟のシンジくんには心にもない演技などできそうもなかったので、家に置いてけぼりでした。


 お隣から始めて、かなりの範囲の家々を回っても、ルンタを見たという人は見つかりませんでした。田中さんは諦めるつもりはありませんでしたが、二、三時間もすると、マナミちゃんは、もうすっかり嫌になってグズりだしてしまいました。

「もう、うちに帰りたいよお」

「だめだ、見つかるまで探すんだ」

「足が痛いよお」

「がまんしろ、あれが見つからないと、大変なことになるんだ」

「ルンタなんか無くってもいいよお」

「馬鹿もん! つべこべ言うんじゃない!」

 田中さんに怒鳴られて、マナミちゃんはとうとう大声をあげて泣き出してしまいました。通りの真ん中でわんわん泣いている小さな女の子を通り過ぎる人たちが不審そうに見て行きます。田中さんは慌ててマナミちゃんをなだめました。

「ああ、ごめんごめん、お父さんが悪かった。ほら、そこの公園のベンチで休もう。な、なにか、そ、そうだ、アイスを食べるかい?」

 

 田中さんは、マナミちゃんを児童公園のベンチに座らせて、その横にポスターの束をおいてから、通りの向かいの小さな商店にアイスを買いに行きました。風が吹いてポスターが舞い上がりましたが、マナミちゃんはまだしゃくりあげていて気が付きません。田中さんがアイスを手に公園に戻った時、ポスターはほとんどが公園のあちらこちらに散らばってしまっていました。

「ああ、もう何やってるんだ、マナミ」

 田中さんが、思わずまた怒りの声をあげ、慌てて紙を拾い出すと、砂場にいた幼児たちが「あ、これ、こないだのやつだ!」と声をあげるのが聞こえました。

「なんだって? 坊やたち、このルンタを見たのかい?」

 突然知らない男の人に声をかけられた幼児たちはびっくりして、固まってしまいました。

「ああ、おじさんは怪しいものじゃないよ。ほら、あそこの女の子のお父さんだ」

 田中さんは精一杯優しい声を出して、ベンチのマナミちゃんを指さしました。

「あ、さっき、知らないこわいおじさんに怒られて泣いてた子だ」

 一人の幼児が言いました。

「ちがうちがう、怒ってたんじゃないよ。ただ、このルンタが見つからないから、……その、困ってたんだ」

 幼児たちは黙って、田中さんとマナミちゃんを見比べます。

「ホントに親子かな?」


 少し離れたところでサッカーをしていた少し年長らしい幼児二人——強面くんと坊っちゃんが異変を感じて駆け寄ってきました。

「どうしたの?」

「この人誰?」

 砂場にいた小さな子達が明らかにホッとした様子で、

「このおじさん、ルンタを探してるんだって」

「あの泣いてる子のお父さんみたい」

「さっきは怒ってなかったんだって」と口々に説明すると、強面くんと坊ちゃんは顔を見合わせて「ほんとかどうかあの子に聞いてみよう」とマナミちゃんに近づきました。

「この人、お前のお父さん?」

 強面くんが聞きました。

 マナミちゃんは、急にたくさんの幼児に囲まれてびっくりしましたが、強面くんと田中さんを順に見て、こくんと頷きました。

「なんで、泣いてるの?」

「ル、ルンタが見つからなくて……」

 マナミちゃんが小さな声で言いました。なるほど辻褄はあっているようだと強面くんと坊ちゃんは頷き合いました。

「ぼく達、このルンタ知ってるよ」

「この公園で拾って、交番に届けたよ」

「あすこの交番だよ。連れてってあげるよ」

 坊ちゃんは先に立って歩き出しました。

「お前達はこの公園からだちゃダメだぞ」

 強面くんは小さい子達にそう言いました。

 田中さんは、本当は警察とは関わり合いたくなかったのですが、子ども達と一緒に自宅のルンタを探しに来たなら、変な疑いはもたれまいと考えて、先導する二人について行きました。まだメソメソしているマナミちゃんは、すっかり溶けたアイスと一緒にベンチに残されました。

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