第3話 ルンタ、地下鉄に乗る 

 次の朝、坊ちゃんのお母さんはルンタを見つけ、坊ちゃんを叱りました。

「よそのお宅のものを持ってきちゃダメでしょう」

「だって、公園に落ちてたんだよ」

「それでもです。元の場所に戻してきなさい。……いえ、それよりも交番に届けたほうがいいわね」


 幼稚園のバス乗り場に行く途中、坊ちゃんとお母さんは交番に寄って、お巡りさんにルンタを渡しました。お巡りさんは簡単な書類を書いた後、ルンタを机に乗せたまま朝のパトロールに出かけて行きました。

 九時になりました。ルンタが起動し、いつものように掃除を始めました。いえ、もちろんいつものようにはいきません。まず、机から床に派手に落ちて、一度再起動し、床を隅々まで掃除した後、交番の外に出て段差を転げ落ち、またそこでめげずに再起動しました。


 交番は駅に近いアーケード街の端にありました。ルンタ自身は田中さんの家の寝室を掃除しているつもりでしたが、その実、まだ大半がシャッターの降りたアーケード街の道幅を端から端まで行ったり来たりしながら進み、買い物客が落としたレシートや、飴の包み紙を吸い込んでいきました。パン屋とコーヒー屋はもう営業時間でしたけれど、ルンタに気づく人はいません。


 一方、本当の田中さんの家の寝室では、奥さんがご主人の三日分のワイシャツや下着を紙袋に入れているところでした。昨夜ご主人から、仕事が立て込んで数日家に帰れないから、職場に着替えを届けて欲しいと電話があったのです。

 ご主人は、ファントムコンサルティングという会社で、経理の仕事をしています。いつもは、ほとんど残業も休日出勤もないので、会社に泊り込むなんてとても珍しいことでした。

「それにしても、あのポンコツはどこ行っちゃったのかしら?」

 実は奥さんは昨日、玄関に散乱した青い花瓶のかけらをプリプリしながら片付けて、代わりのドライフラワーを花台に飾ったあと、ルンタを拾いに表に出たのです。午後には長女のマナミちゃんと弟のシンジくんの担任の先生方が家庭訪問にやってくるというのに、玄関先にお掃除ロボットが放り出されていたのでは、なんとも体裁が悪いではありませんか。ところが、ルンタは見当たらず、奥さんは首をかしげながらお茶の準備をしに家に入ったのでした。

 ルンタが居ないとなると、掃除は自分でしなければならず、それも面倒なことです。奥さんはご主人に着替えを届けた後で、もう一度家の前をよく探してみようと思いました。


 奥さんが家を出る頃、ルンタはアーケード街の奥深い所から、せまい路地裏へと入るところでした。年季の入ったゲームセンターの裏側は、平行して一本北側を走る駅通りの大きなドラッグストアの裏と面していて、二十四時間営業のそのビルは、ルンタのごとき小さなお客にも律儀に自動ドアを解放し迎えてくれました。ルンタはドラッグストアの裏口からまっすぐに階段脇へと進み、ちょうどやってきたエレベーターに乗り込み、そして、地下へと降りていきました。ビルの下は地下鉄の駅に続く通路とつながっています。


 通勤通学ラッシュが過ぎた地下鉄駅構内は閑散としていて、切符を持たずに改札を抜けるルンタを見咎める者もいませんでした。ルンタはしばらくホームを掃除した後、やってきた電車に乗り込み、次の次の次の駅で降りました。この辺りでは一番大きな駅です。何本もの路線が交わるターミナル駅です。ルンタが降りた地下鉄のホームは、そのまま、駅周辺の大きな地下街へとつながっていました。仮想の書斎を掃除しているルンタは、規格外に広くなった部屋に怯みもせず、淡々と掃除を続けていましたが、黄色い凸凹のタイルに乗り上げてしばらく空回りした後、エラーランプを点滅させて止まってしまいました。

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