第2話 ルンタ、公園へ行く

 ルンタが落ちたのは、幸いにも芝生の上でした。でなければ、きっと壊れてしまっていたでしょう。それでも、ルンタが意識を取り戻すには少し時間がかかりました。強い衝撃が加わると、ルンタは一度再起動するのです。

 意識が戻ったルンタは、何をしたらいいのか、ゆっくりと思い出しました。そう、掃除は終わったのですから、充電台に戻るのです。ルンタは充電台があるはずの方向に進みだしました。廊下を少し戻ってリビングに入れば良いだけ。ところが、いくら進んでも、充電台には着きません。そりゃそうです。だって、ここは家の外なのですから。

 ルンタはあるはずの充電台を目指して、田中さんの家の前の通りをどんどん進んで行きました。昼前の通りには人影もなく、車が何台か通り過ぎましたが、誰もルンタには気づきません。

 良い天気です。時折どこからか桜の花びらが舞い落ちて来ます。電線の上でキジバトが鳴いています。

 ルンタは道に落ちた花びらや砂ぼこりを吸いながら、緩やかな坂を下って、小さな児童公園の前までやって来ました。滑り台の横の桜の木が、砂場や、ブランコの足元をピンク色で埋め尽くさんと花びらを振り落としています。充電台はどこでしょう。


 公園にも人影はありませんでしたけれど、猫影が一つ。近所でも評判の肝の座った大トラ猫の影と本体がありました。隙あらば人の家に上がり込み、台所の鍋の中の甘口カレーを食べるようなやつです。人が怒鳴りつけても知らんぷりで、バケツに水を汲むのを見てからゆっくりと立ち去るようなやつです。

 大トラは、道をやってくるルンタを見て、背中の毛を逆立て、四本の足を同時に地面から離しました。それから、ちょっと体裁を整えて、背中の毛を二舐めし、嘘あくびをしてルンタをやり過ごした後、隙をついてハッと獲物に飛びかかりました。


 大トラの肉球はバシッとルンタのボタンを押さえました。ルンタは動きを止めました。それから三時間、白い小さなお掃除ロボットは昼寝を決め込む大きな猫を乗せたまま、児童公園の入り口の真ん中にじっとしていました。


 三時近くになると、幼稚園が終わった子どもたちが公園にやってきます。

 風の中に匂いを感じてか、あるいは単に時間をわきまえてか、人間の子どもなどと関わりを持ちたくない猫がのっそりと立ち上がり、商店街方面へと逍遥を始めると、ほどなくして、ルンタの音声認識モジュールに解析不能な高い声と多数の軽いスニーカーが砂っぽいアスファルトを不規則に踏む音が届きました。


「あれ? これ、なんだ?」

 強面の幼児がさっそくルンタに駆け寄ります。

「あ、それルンタだ。うちにもある。そうじするやつ。ロボットだよ」

 後ろからやってきたちょっと身なりのいい坊ちゃんが、そう解説して、ちびっこ一同の羨望の眼差しをあびました。

 見慣れぬものが、単なるお掃除用具であってバクダンなどではないと得心した強面くんがボタンを押すと、ルンタは起動して動き始めました。

 「うわああ」

 幼児の輪が一箇所崩れ、ルンタを通します。

 ルンタは五メートルほど直進して停止し、ゴミ箱型のランプを赤く点灯させました。

「止まっちゃった」

「ああ、ゴミが満タンなんだ。捨てないと」

 坊ちゃんが専門家よろしくダスト容器を外して中身を公園のゴミ箱にあけ、また容器を元の場所にカチッとはめ込みました。


 それから、ルンタは砂場の掃除をし、滑り台をすべり、女の子たちのままごとに加わり、サッカーも少ししました。夕焼け小焼けの音楽が流れる頃、バッテリーが切れて全く動かなくなったルンタを強面くんが持ち上げて坊ちゃんに渡しました。

「お前ん家で充電して、明日また連れてこいよ」

「う、うん」

 赤金色に綺麗に染まった空の下、影を長く伸ばした幼児二人はうなずき合って別れました。


 そんなわけで、その夜、ルンタは知らない家の知らない充電台でたっぷりとバッテリーを満たしたのでした。

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