プロローグ③
本能的にコイツはヤバいと悟る。
(薬でもやってんじゃないの……? こわい)
しかしどこかで見た事がある様にも思え、モヤモヤして目が離せない。
いつのまにか男との距離はかなり縮まっていた。
(車内に戻ろう……)
マリは踵を返し、キャンプカーの入り口に駆け込もうとしたが、男の動きが俊敏すぎた。
薬品の様な匂いがしたと思った次の瞬間、リマの口は男の手に塞がれ、小型の刃物を首に突きつけられていた。
「むぐぅ!! はにゃへー!!」
(最悪!! マジでヤバい奴だったとは!!)
「大人しくして……」
男はリマを引き摺る様にキャンプカーに侵入し、運転席に向かう。
「マリ様、どうかし……って、誰だアンタ!?」
セバスちゃんは車内の様子のおかしさにすぐ気が付き、振り返った。マリが不審者に拘束されているのを目にし、懐からピストルを出した。
「マリお嬢様を放せ」
「車を出せ。女を殺すぞ……」
「何だと! イケメンだからって調子に乗りやがって」
マリは男の手から逃れようともがくが、ビクともしない。
判断出来ないでいるセバスちゃんに焦れたのか、男は見せつける様にナイフの角度を変える。
「早くしろ」
マリの首から一筋の血が流れた。セバスちゃんはそれを見て心を決めたようだ。
「くそぅ!」
彼は乱暴にギアを操作し、キャンプカーを発進させた。
「ニュージャージー州のアトランティックシティに行け」
(はぁ!? ふざけんな!)
男がセバスちゃんに刃物を向けた隙を付き、マリは男の足を踏みつけた。一度だけじゃなく、何度も。
しかし、そんな些細な抵抗は通じず、冷たく睨まれただけだった。
キャンプカーはもう少しでセントラルパークに面する道路を通り過ぎる。
結局異世界云々の件はアレックスの嘘だったのだろうか? 振り回された挙句、不審者の餌食になってしまった事が悔しい。
憎しみにも似た感情を抱いた時、急にカーナビがけたたましい音を発し始めた。しかも、窓の外の風景がグニャグニャになっていく。
「なんだここは……? 道が、無い?」
セバスちゃんが慌てた声を上げた。彼の足元を見ると、何度もブレーキペダルを踏んでいる。それなのに、車は停止しない。
建物、地面、木、何もかもが見え無い――ただの暗闇を、キャンプカーはひたすら走る。
不審者もマリ達同様驚愕しているのか、不自然に身体が傾き、震える手が離れていく。
マリはそのチャンスを見逃さず、思いっきり突き飛ばす。男はあっけない位簡単に倒れ、床に転がった。
「帰ったら訴訟だからね!」
男の身体をゲシゲシ蹴っていると、突如車内が明るくなった。フロントガラスの方を振り返ったリマの目に、ありえない光景が写り込んだ。
世界に、太陽の光が満ちていた。つい数秒前まで暗闇に閉ざされていたというのに――。
広大な草原に、まるで放り出されるかのようにポツンと、マリ達だけがいる。
(ここは……ニューヨークなんかじゃない)
「どうやら我々、ニュージャージー州に辿り着いてしまったようですね」
「は?」
急にとぼけた事を言い出したセバスちゃんに唖然とする。
「見てください! 大自然を! 素晴らしい! 歌を歌いたくなる! アハハ~」
「アハハ~じゃない! 現実逃避すんな!」
自分達は超常現象に巻き込まれてしまった様だ。恐々とカーナビを見ると、見覚えのない地名が表示されていた。『ミクトラン王国ヴィシュ』。完全にバグッてしまった様だ。マリはガッカリして天を仰いだ。
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