プロローグ②
ホッとしたのも束の間、ポケットの中のスマートフォンが振動した。
マリは苛々しながらスマートフォンを取り出す。驚いた事に、送り主は失踪中のアレックスだった。
”やぁ、マリ! 元気にしてるかい!? オレは君の十倍元気だよ!! 実はオレ、今異世界に来てるんだ! ヒーローだよ! 凄いだろう!! でも真の力を引き出すには君の力が必要なんだって! だから君も異世界に来てよ。次の新月の夜、セントラルパーク近くの道路にゲートが開くから、簡単に移転出来るよ!”
あまりにも馬鹿っぽい文章に、マリは頭を抑えた。
「アレックスからメッセージが届いたんだけど……」
「ぬおぉ!?」
「アイツついに頭がおかしくなったみたい! 何て書かれていたか知りたい?」
「えーと……。まぁ、そうですね。イケメンは嫌いですけど、笑い話のネタに出来そうな事でしたら聞きたいかもしれません」
噂好きのセバスちゃんに若干辟易としつつも、アレックスからのメッセージを読み上げてやる。
それを聞き、「むぅ……」と唸り声を絞りだす彼は、やはりアレックスのぶっ飛び具合に呆れたのだろう。
マリは共感を得た事に若干元気が出て来たが、残念ながら、彼の考えは別のところにあった。
「マリお嬢様、もしかするとそれは、本当かもしれませんよ」
「アンタまで何言ってんの? 起きてる? 寝言は寝て言えば?」
セバスちゃんは少々変わっているものの、常識人だとばかり思っていただけに、残念でならない。
「寝言ではないですね! 私のばあ様が言っていたんです! セントラルパークは異世界に繋がっていると!!」
「アンタのばあさん九十歳過ぎてたよね? 単にボケてるだけじゃないの?」
「いいえ! 今でも付き合った男の名前を全員フルネームで言えるくらいなので、ボケてはいないでしょう!」
「それ、本当なのか確かめられんの? 適当に知人の名前挙げてるかもしれないじゃん」
「グヌヌ……。まぁ、何はともあれ新月は明後日、それまでどうするか考えませんと」
アレックスが生きているという証明は、このメールを見せたらいいのだろうけど、そうした場合、アレックスの家の人間が面倒な事を言い出しかねない。彼を連れ戻す為に、マリを巻き込みそうな気がするのだ。
婚約者殿の父母は子供に対して異様に甘いところがあり、正直なところ彼に関する重要な話し合いをしたくない。シレっとマリに不利益を押し付けてくる恐れがある。
窓の外を眺めつつ、考える事五分。マリは心を決めた。
「セバスちゃん! 明後日の夜、セントラルパーク近くの道に行くよ! 異世界へのゲートが開くなんて思ってないけど、アレックスが何か仕掛けてくるかもしれないでしょ! その隙を狙うの! 狩りをするんだよ!」
「狩り!! モン〇ンですね!!」
「アイツを捕まえて、婚約を白紙にするの!」
「えええ!!!? 旦那様に無断でそんな事決めちゃっていいのですか!?」
セバスちゃんは驚愕の表情を浮かべ、振り返る。すると途端にベントレーは左右に揺れ、前の車と急接近した。
「ちょっとぉ!! 前見て、前!!」
「あああ!! 申し訳ございません!!」
衝突はギリギリ避けられたものの、一気に疲れた。
「いい事? セバスちゃん。私決めたの。アイツとの関係を切って、私は食の道を究める!! その為に協力しなさいよ!」
「素晴らしい! 素晴らしい! 私の全脂肪にかけて、協力しましょう!」
マリは料理好きの母に影響を受け、小さい頃から英才教育を受けてきた。高校卒業後は本格的に料理を学びたいと思っているし、将来はそっちの道に進むつもりだ。
こんな所で頭のオカシイ男に振り回され、自分の名前に傷を負うリスクに晒され続けるくらいなら、いっそポイ捨てしてしまうのがいいだろう。
◇ ◇ ◇
アレックスからの奇妙なメッセージを受け取ってから二日後の夜二十三時四十五分、セントラルパーク入口付近に止まるバス――いや、巨大なキャンプカーの中にマリとセバスちゃんは居る。
「待つのに飽きてきたー」
「何も起きませんねー」
念のために異世界に連れて行かれる事も考え、フェザーライト社に特注で作らせたキャンプカーの中で待機している二人なのだが、四時間以上経っても何の変化もない。それどころか、深夜で人通りもまばらである。
マリ達二人の他にも、各ポイントにボディガードを十名配置しているのに、彼等からも連絡がない。
「やっぱアレックスに遊ばれてるだけなんじゃ……?」
「うーん……。他のポイントに居る者達に連絡してみます」
「そうして。私はちょっと外の空気吸って来る」
助手席から立ち上がったマリに、セバスちゃんは目を剥いた。
「夜中だから、どんな不審者が居るか分からないですよ!」
「一歩外に出るだけー」
「まったくもー」
年齢が十しか違わないのに、保護者面するのはやめてほしいものだと頬を膨らませる。
ドアを開け、外に足を踏み出すと、外気はさっきよりもだいぶ涼しくなっていた。もう六月なのに、夏を遠くに感じてしまう。
キャンプカーの周りをウロウロするマリは、不審な男を目にする。
長身で、頭の形が綺麗だ。しかし、その服装がおかしい。
医療用の簡素な上下に身を包み、足はスリッパを履いている。
あまりに周囲から浮いたその姿に見入っていたマリは、ウッカリ男と目を合わせてしまった。
虚ろな目だ。何の感情も浮かんでいない。いや、浮かべた事が無いであろうその表情。端正な顔立ちなのに、酷く不気味だ。
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