弟のアカウント

@onakasuita0405

第1話 6月

 しとしと、降り続く雨。ゴミ箱と化している部屋。主は先月、新鮮な空気を吸おうと窓から身を乗り出し、そのまま落ちてしまった。いまでは息を吸うことはできないが、そもそもこんな汚い部屋にいる必要もなくなったので、結果的には良かったのかもしれない。

 7年前父がパチンコに行き、いまだ帰ってこない。残された家族はたいして悲しむこともなく、長男の俺が高校卒業と同時に働きだした。最初は建設業で二年間働いて、親方を殴って辞めた。その後は介護施設で働いている。今の職場が長く続いている理由は、職場で知り合い今年で交際3年目の彼女の存在が大きい。弟が大学を出たら結婚しよう。二人の間でそう決めていたが、約束の日は二度と来なくなってしまった。

 「あたしが産んで20年一緒に生活しても、あの事のことはまったく理解できなかったわ」

 正確には22年だ。この母親は自分の子供の年齢もわからないらしいから、今日が誕生日だということもきっと忘れているに違いない。手伝うわけでもなく缶ビール片手に下着姿でドアの前に立つ母を、適当にしり目に懸けて、俺は黙々と部屋のごみを片していた。思春期まっさかりの男子の部屋は、ドラマや漫画で見るようなさわやかな雰囲気は微塵もなく、部屋に散らばった大量のティッシュペーパーは、拾い上げるたびに不快な臭いをまき散らした。そのほかに読みかけの漫画、食いかけの菓子、どこのか容易に想像がつくちぢれ毛や、脱ぎ散らかした洋服。すべて捨てて良いと母に言われているので、感傷に浸ることもなく機械的にゴミ袋に突っ込んでいく。

 兄弟仲は、あまりよくなかった。昔、というかここ2~3年程前までは良かった。ダメな母親を二人で支え、特に弟は俺より家庭的だったので家事全般を請け負ってくれていた。だからこそ、弟の部屋がここまで散らかっていることに、正直驚いた。俺が仕事から帰ると、家中に掃除機がかけられていたし、食事の準備も完璧だった。味までは完ぺきではなかったが、それでもその歳の男子としてはまぁまぁな食事を用意してくれていた。しかし、ある日突然、口をきいてくれなくなった。それだけではなく、家の中では常に俺のことをにらみつけて、強い怨念めいたものをその視線から感じていた。死んでくれて、正直ほっとしている。


 いつの間にか母はいなくなっていた。テレビでも見に行ったのだろう。俺は机周りの片づけにとりかかった。小学校の頃から使っている低い学習机の周りには、雑に丸められたメモ用紙が大量に落ちていた。一つ拾い上げて開いてみると、誰かの似顔絵が描かれていた。絵の練習でもしていたのだろうか。漫画に出てくるような、いかにも女にもてそうな二枚目のキャラクターが、しわだらけの顔をこちらに向けて、笑っている。どこかで見た顔だ。

 もう一枚、落ちてるメモ用紙を広げてみた。そこにはこんな文字の数列と、メールアドレスが書かれていた。


  Dsuki1102*******@~

  Odhguneogpw197492222


 @以下を見ると、大手のフリーメールアドレスだとわかる。下はおそらくパスワードだろう。弟のスマートフォンはいまだに見つかっていない。死ぬ前に本人が隠したのか、契約しているスマートフォンの会社に連絡しても、GPSを辿れなかった。もしかしたら何か、自殺の理由なり弟の内情を知ることができるかも入れない。部屋の片づけを適当に終えて、自室のパソコンから弟のアカウントにログインしてみた。


こりゃぁいい


しわがれた老人の声が、部屋の隅から聞こえた気がした。


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