第5話
私は急いで我が犬を家の中に入れた。そして小松菜を見た。小松菜はボーッとそこに立っていた。半信半疑の様な表情をして。そして、フラフラと少し前に歩いた。それから立ち止まり、カーゲートに寄りかかり、立っている。顔は、恐怖の表情に変わっていき、恐る恐るその片耳をそっと手で押さえた。耳があるのか確認しているのだ。両目は真っ赤になり、泣くのを我慢しているのが分かる。なんて事をやったんだ!、と後悔をしている風にも見えた。 大丈夫、私も直ぐに耳を確認した。ちゃんとに着いていた。ちぎれてボロボロにもなっていない。だが、血だらけだった。淡いグレーブルーの背広の左方は真っ赤に血に染まり、かなりの広範囲だ。 小松菜は、耳が着いているのを2回程確認していた。そして手を離して、見る。指に血がべっとりと着いている。それを見て、恐れ、困っている。指を擦り、血を払い、この動作を何度も繰り返す。その度に指を見る。何故いつまでも血が止まらない、出続けるんだ?!心配と恐怖とか顔面一杯に出ている。そして、ついにはまだフラフラしながらカーゲートの取っ手のある方にゆっくりと歩いて戻ると、ふらつきながら何とか開けて外へ出た。そしてなんとか閉めると、無言で少し前に歩き、警官達がせわしなく歩き回っているのを見て、誰か一人が近くに来るのを待っていた。なかなか来ない。私は唯、敷地内から様子を見ていた。全ての行動をしっかりと把握できるのに、混乱していた。丸でさっきの出来事が嘘の様だった。映画か何かを見ていた様でもあった。周りの警官は誰も彼のこの様子に気付かない。 まだ小松菜は立って待っている。やっと一人の警官が側を通った。小松菜が近寄る。警官は何も気付かずにサッとかわしながら行ってしまった。落胆する小松菜。又違う警官が来た。又近くへ寄る。今度は行かせない様に前に踏ん張る。エッ、何?不思議そうに見つめる警官。小松菜は話せない、口が聞けないのだ。ショックと疲れとでだろう。必死に警官の目を見つめる。肩をなんとか警官の方へ向けながら。 するとやっと不審に気付き、警官は小松菜を見つめる。何、どうしたの?、と言った風に。肩を向けながら訴えかける小松菜。警官は又不思議そうに、肩を何気なく見る。もう暗いから、幾ら薄い色の背広でもちゃんとに見ないと分からないのかもしれない。 「アッ!!」 やっと気付き、真剣な表情になると急いでパトカーへと走り、中から白いフェースタオル位の大きさの手ぬぐいを持って来た。小松菜へ渡すと彼は急いで耳へ当てる。手ぬぐいがみるみるうちに真っ赤に変わる。そしてその範囲はどんどん広がる。もう殆ど真っ赤だ。小松菜は何度か手ぬぐいを離してそれを見る。その度にもっと驚愕と恐怖の表情になる。警官は横で救急車を呼んでいる。そして呼び終えると、私に今救急車を呼んだから、と伝えた。そして小松菜を連れて、我が家の前から少し離れた。 救急車がいつ来たのか、私は気付かなかった。家の目の前には止まらなかったから。だがとにかく、小松菜とこの警官は消えた。救急車で、みなと赤十字病院へ運ばれたのだ。続く…
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