ゴジラ、その後。

@nekopiano

Are You Free?

ゴジラは死んだ。誰もが皆、そう思っていた。

実際、奴が倒れたのち、あの恐ろしい生命体を見たものは長い間現れなかった。日がたつにつれ、あの一件は「過去のもの」となった。いや、ある意味させられた、というべきか。永田町方面からの圧力があったという話もあれば、太平洋を越えたところからの指示だとのうわさもある。ともあれ、何らかの力によって本来のスピードより速く過去のものとして処理されたというのは、疑う余地のない事実だった。

人というものは恐ろしい生き物だ。怖い経験でも、歴史となり、伝説となれば、そのことがあったことすら忘れてしまう。なぜ奴は生まれたのか。なぜ奴は暴れたのか。

 そして、過ちは繰り返される…


 「やあ、ケイタ」圭太の目の前が光った。慣れた手つきで手をあげて応える。白い服なので膨張して見えるのかもしれないが、そういえばマイクは最近少し太った気がする。

そんなことを思いながら彼はつぶやいた。「調子は?」その声は一度彼の耳にわずかに響いたのち、「lol」の文字が飛び込んだ。「この環境下でどうやって体調を崩すというんだ?」

「ついこないだも、うちのエリアのやつが『僕は自由だ!』と叫んで外でこいつを脱いだらしいじゃないか、だれがどんなことをするか分かったもんじゃない」

「そんな頭の悪いことをする奴が、我がブリティッシュ・エリアにいると思うか?」

「まったく、『自由』を求めて不自由になるやつが同じエリアにいると思うと恥ずかしいよ。」

ここまで言って、ふと圭太は考え込んでしまった。

「どうしたケイタ」すぐに目の前が光る。「リモートでボーイフレンドに振られたか?」

「そんなんじゃないさ。いや、ふと気になってさ。僕らは今、『自由』なのかな」

「はぁ?ついに頭がイカレちまったか!?ったく。これだからジャパン・エリアの人間は。この世界のどこが不自由なのさ!近くにいる人とも、遠くにいる人とも自由自在に情報交換。このスーツのおかげで宇宙に行っても酸素には困らない。おまけに遠い昔に存在したらしい飢餓やら戦争やらそんなもんは今やどこにもないんだぞ!これで不自由を感じる奴は一回地獄にでも落ちてくるべきだと思うね!」

「たった数百人の世界でも?」

「そりゃあそうだろう。大体人間なんて少ないほうがいい。昔は15億近くだっけ?そんなにうじゃうじゃ人間がいたらそりゃあどっかでぎくしゃくしたことも起こるだろうよ」

「そうだな。俺が悪かった。」そう言った圭太の目の前で、マイクは親指を立てた。


 圭太の仕事はニュースディレクターだ。各地で起こったニュースを、いろんなところから集めてくる。そしてそれについて一言二言、感想をつぶやいていく。

過去にも似たような仕事はあったようだ。ワープロだったかパソコンだったか記憶は定かではないが、そういった類のもので音を文字に書き起こす。そもそも圭太には書き起こすという表現が斬新だった。大体、「空気」なんてものは人間が利用できているようにできていないのだ。なぜ昔の人はあんな危険なものを使っていたのか。圭太は執筆にあたり幾度となく首をひねらせたが、過去のライブラリを漁っても、ヒントになるようなことは一切出てこなかった。

「『自由』なのかなぁ?」圭太はどうしても引っかかっていた。確かに不便を感じたことはない。ただ、それだけで『自由』といえるのだろうか。

圭太は職業柄、ライブラリとにらめっこをする。いろんな物事を知るために。一体全体この世界はどのようにできたのか。どのような道をたどってきたのか。そしてこの先、どうなっていくのか。いつも考える。それが彼の性質といっても過言ではない。ただ、いつも彼は悩んでいた。どうも、最後の1ピースが埋まらないのだ。その心の靄を他人に打ち明けても、賛同してくれる者はいない。数百人の世界だから、たいていの人とは話したことがある。しかし、一番話の合うマイクでさえ、「その疑問は理解できないね」と一刀両断される。

 「そういえば、彼はどうしてあんなことをしたんだろう」ふと気になった圭太は、先日自ら空気に触れて変死した知り合いのことを思い出した。確かに一本抜けている性格ではあった気がするが、そこまで頭の悪いやつでもなかった気がしていた。

「えっと…彼の情報は…」次の瞬間、彼は信じられないものを目にする。

『データなし』

彼は悟った。

なぜ彼は最期に『自由だ』と叫んだのか。

なぜ最後の1ピースが埋まらなかったのか。

なぜこの世界に人間がこんなにいないのか。

そして、なぜ、衣服を脱いだら死んでしまうのか。


次の瞬間、彼は言った。

「僕は自由だ。」




 「えー、また同じ死に方かよ、つまんね。」子供はつぶやいた。

 「仕方ないじゃない、お金がないのよ、きっと。」そう母は答えた。

 「おやつにするわよ」その声に反応した子供は目を光らせ、ごつごつした手でリモコンを手にした。母親は、おやつの仕上げに、口から炎を吐いた。

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