第四話 因果の果て

「この! くそっ!」

 シエラが撃ちまくる。小さなのぞき窓からでは相手が余り狙えないが、とにかくロケット弾だけは撃たせてはいけない。

 相手からの反撃が、装甲の表面で跳ねる。ひゃあ! とリコットは体を背けた。

「大丈夫よ! 銃くらいじゃびくともしないんだから!」

 ルシルが言うと、分かってます、と力無げに返す。ローエは床に突っ伏して震えているが、その側ではクロアがライフルを構えていた。

「ほら! 頑張りなさい! あなたも死にたくはないでしょう?」

 そう檄を飛ばされ、ローエも鞄を漁ってライフルのマガジンを取り出した。

「それでよろしいのよ! さあ、みんなに配ってくださる?」

 頷いたローエが恐る恐るみんなの側に寄ってそれを渡してく。

「ありがとう、ローエ」

 このままやられたりしない!

 ルシルはウォール・バンガーを相手に回り込ませるように走らせた。

 腕を振って敵を威嚇する。それでひとりがバランスを崩して車体から落ちた。

 ブレイク・モンガーの無限軌道キャタピラが赤く染まる。しかし相手は全く動じない。

「この! いい加減にやられろ!」

 シエラの銃撃が兵士をひとり撃ち倒した。

「いいぞ! このままやってしまえ!」

 アクセルを踏んで相手と距離をとる。ブレイク・モンガーは重く旋回も遅い。元々ビルド・ワーカーは惑星開拓用の重機なのだ。こんな風に正面からぶつかるのなら、改造されているウォール・バンガーのほうが有利である。

 このまま兵士を倒して……でもあのデカ物はどうしたらいい?

 巨大な二つのクレーンと鉄球は如何にもバランスが悪そうだ。何とか横転させられないか? ルシルは車体を旋回させながら、どうすればいいか考える。

 その時、黒い大きな影が、側面に迫った。

「いけない!」

 叫んでブレーキを踏む。車体がガリガリと大地を削った。

 ガツン! と殴られたような振動がルシルたちを揺さぶった。クロアはそれで床に頭を打ち付けた。

「こ、これは……何なんですの?」

 鮮血がたらりと額を垂れる。

 ルシルがカメラを向けると、クレーンが横を向いていて、その先の鉄球が大きく揺れていた。

「うそでしょ? あんなの食らったら……」

 バックして相手と距離をとる。ブレイク・モンガーはゆっくりと旋回して正面を向くと、もうひとつのクレーンも解放した。だらんとぶら下がった鉄球は、クレーンが左右に揺れるたびに、勢いをつけて振り子のように前後する。

 そのまま相手が突進してきた。想像よりも早い動きに、ルシルはつい反応が遅れた。

 振られた鉄球が左右から迫る。腕を使ってクレーンを止め、左の鉄球は届かなかった。しかし右から一撃が、ウォール・バンガーの右腕の関節をぐしゃっと潰した。

「この!」

 排土板を下げ、相手に突き進む。無限軌道キャタピラの下を掬えば転倒は無理でも行動不能に出来るのではないか、しかしその考えは甘かった。十字の車体は重く安定していて、しかも前面の二本のポールが邪魔して腕も運転席にまで届かない。

 ルシルはたまらず車体をバックさせた。

「あのデカいの、どうすんだよ!」

 シエラが声を上げる。だがルシルにはその方法を思いつかないでいた。

「コンテナに爆薬がありますわ! あれを使えませんの?」

「起爆装置がないと無理だよ! それにどうやって取りにゆくのさ!」

 ブレイク・モンガーから降りた数人の兵士が、距離をとる。銃撃が加えられた。

「そんなものでは……」

 そこにドンという大きな振動が襲う。左腕の付け根が動かなくなった。

「雑魚を黙らせろ!」

「もう弾が……」

 リコットはライフルを見せて情けない声を出した。

「こっちもですわ。ローエ? もうマガジンはございませんの?」

 ローエは、ひっと喉を詰まらせた。そして恐る恐る持っているものを見せる。

「バカ! それ手榴弾じゃないか! そんなの使えないよ!」

 そこにまた大きな衝撃が加えられた。ブレイク・モンガーが迫り、鉄球を打ち付けたのだ。

 大きく左右に傾き、ルシルは何とか踏ん張って車体を保った。相手から逃れようとハンドルを切った時、鉄球が後ろのコンテナにぶち当たり、車体からごろりと落ちた。

「コンテナが! あれに荷物が入っていたのに!」

 大地に転がっているコンテナを見て、シエラが声を上げた。リコットはそこに座り込んで、もう、だめ……と呟く。

 こんなところで……こんなところで死ねない!

「あきらめないで! まだ、何かあるはずよ!」

「もう無理だよ! 弾もないし、だいたいあのデカいの、どうするんだよ!」

 その時、ローエから手榴弾を受け取ったクロアが何かを決意したように言った。

「ルシル、お願いがありますの。あのコンテナを持って、相手にぶつけることは出来まして?」

「どうするの?」

 クロアは目を閉じて大きく深呼吸すると、指差した。

「コンテナの扉を相手に向けて、そのまま突っ込んでくださる?」

「やってみるわ」

 ルシルは車体を回してコンテナに腕を伸ばした。右腕は関節が潰れ、左腕は付け根が動かない。それでもコンテナを両腕で挟み込んで持ち上げた。

 そこにブレイク・モンガーが突っ込んでくる。トドメを刺そうというのか凄まじい勢いで体当たりし鉄球を振り上げた。

 ルシルも負けじとコンテナを相手に向ける。しかしポールに阻まれてそれ以上は進まない。二台はがっちりと組み合って動かなくなった。

 すると突然、クロアが搭乗口を開けて外に飛び出した。

「そのままでいるのよ!」

「クロア!」

 ルシルの叫びを無視して走り出したクロアは、そのままコンテナの上に飛び乗って、ブレイク・モンガーに向かった。

「危ない!」

 周囲から銃撃がクロアを襲う。

「あうっ!」

 その一発が当たったのか、クロアは倒れてコンテナの上を転がった。

「くそっ! 戻れ、クロア!」

 しかしクロアはまた走り出す。

 そしてコンテナの扉の前に降り立った。その先にはブレイク・モンガーの運転席があった。その運転手と目があったような気がした。灰色の繋ぎを来た男はアンダー・コマンドには見えない。しかし狂気に満ちたそれにクロアは一瞬、戦慄が走った。

 竦みそうになる体を振り切るように、手にした手榴弾のピンを抜く。

「こんなものでは壊せそうにありませんわね。でもこれならどうですの?」

 クロアはコンテナの扉を開け放ち、手榴弾をその中に放り込んだ。直ぐにそこから飛び退く。

 大地を揺さぶるような衝撃が、コンテナから放たれた。手榴弾によって爆薬が誘爆したのだ。コンテナは巨大な砲台となって、凄まじい炎と衝撃波を吹き出した。

 それが一気にブレイク・モンガーの運転席を襲う。運転席は乗っていた男もろとも一瞬で吹き飛んだ。ゴウンと車体が軋み、二台のビルド・ワーカーは動かなくなった。

 ルシルの目の前でモニターがぶつんと途切れ、電源が落ちた。

「や、やった……やった! やったよ、クロア!」

 しかしクロアの姿は見えなかった。搭乗口からシエラが出ようとして、そこに銃弾が飛び込んできた。

「まだいます! せっかくビルド・ワーカーを倒したのに……」

 リコットが悲痛な声を上げた。

「動かない……もう、終わり、なの?」

 ルシルは完全に沈黙したウォール・バンガーのハンドルに突っ伏した。

「あいつら、迫ってくる。くそう! 何か武器さえあれば……」

 顔を上げるとウォール・バンガーの車体に三人ほど兵士が登ってきた。それぞれライフルを構え、銃口はルシルたちに向けられている。

「ルシル! 逃げて!」

 リコットが叫ぶ。その瞬間、ダダッと音がして、リコットが、ウッと後ろに弾かれた。

「リコット、リコット!」

 ルシルがその名を呼ぶ。しかし彼女はぴくりともしない。

 帽子で隠れた兵士の口元が歪む。ライフルのトリガーに添えられた指がゆっくりと動く。

 もうダメ!

 覚悟して目を閉じたルシルの耳に銃声が轟いた。

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