帰るべきは何処か。

「ふう、服に血がつかなくてよかったぜ」

 ああ、それが一番重要だ。傷は生真が治せるし、切断されても俺が貼りつけられるからな。

 まあ、俺は裸パーカーなんだが。

「つか、ショージン。目が合っただけで『対傷』使われたのがマジだってんなら、これからは誰とも目を合わせんなよ? 出会った瞬間、即『対傷』とか、シャレになんねーからな」

 何も言い返せない。目を合わせないのは失礼だとは思うが、今回のことを考えると本当にそうするべきかもしれない。

「『対傷』って、全部あんな感じなのか?」

「他のは発動されたら負けってのがほとんどだぞ。今回のだって、移動中に発動されたら終わってたし、動いたり考たりできる頭が相手にあったら死んでたかもな」

 後に残る傷こそ無かったが、思ったより紙一重だったのか。

 いや、どんな時も命の危険は付き纏ってくる。いい加減、意識を切り替えるべきだ。


「あ、ついでに持続性も試しておけよ、ショージン。適当なもんステッカーにして自分に貼りつけたりしてさ」

 そういえば、どれだけステッカーにしていられるかは試してなかったな。

「じゃあ生真の火をステッカーにしてもいいか? ケガした時に解除すれば治療できるし」

「オレは別にいいけど、この火って咒素の塊だぞ。剥がせんのか?」

「多分、剥がせるな」

 空気を剥がそうとした時とは違って、なんとなくいけそうな感じがする。

 目に見えてるからだろうか。俺の認識も関係あるのかもしれない。

 とりあえず、あまり目立たなそうな背中に貼りつける。タトゥーに間違えられたら面倒だしな。


「んじゃ、昼飯買いに行くかあ」

 生真が大きく伸びをする。

 もうそんな時間か。どうやって奢ってもらおう。

 意識を日常に戻しながら、パーカーのファスナーを閉める。

「おい、なにチャック閉めてんだよ」

「閉めるに決まってるだろ、恥ずかしいし」

 いや、別にだらしない身体って訳じゃない。むしろ、うっすら割れている気がする。

 しかし、普段着で腹を見せつける男はイタすぎる。

「今日一日ちゃんと開けてたら昼飯と帰りの切符代奢るぞ」


 ぐ、ク、クソォォ……!


 公園が賑わい始める。時刻は既に昼時で、ゆったりと流れていた時間は、いつの間にか終わっていた。


 ◯


「いっ……らっしゃいませー」

 コンビニ店員の顔が一瞬固まる。裸パーカーが現実にいたらそうなるだろう。気持ちはよくわかる。

 なるべく迷惑をかけないようにチャチャっと買い物を済ませる。生真の弁当は一番安いのでいいだろう。

 外でニヤニヤ見ていた生真を小突きながら歩き出す。


 昼食は河原で食べることになった。

 さっき戦ったようなのが来ないか心配だったが、本来は滅多に現れないらしい。河原を選んだ理由は『青春っぽいから』だそうだ。


 ──今が俺の青春だと言われても、ピンとこない。大人になった俺は、今この瞬間を懐かしむのだろうか。それとも、未だ見ぬ未来に年甲斐もなく思いを馳せているのだろうか。


 益体も無いことを考えながら、お互いの近況を話し歩く。

 時間はあっという間で、俺たちは既に土手まで来ていた。


 一級河川の河原はだだっ広くて、野球場やサッカーグラウンドが並んでいる。刈られたばかりの草が発する青臭さが、ひどく胸に染み入った。

 斜面を利用して階段状になっている、コンクリート製の観覧席に二人で腰を下ろす。

 少し遠くに右へ流れていく河が見えた。


「こんな大きい川、どこから来たんだろうな」

「オイオイ、トッキーと同じこと言ってんぞ。どうせなら、この先どこまで続いて、どこに辿り着くのか考えてみろって。意外とファンタジーな所に続いてるかもしれねーぜ?」

 俺の何気ない呟きに、生真が返す。

 遡るか、進むか。どちらにせよ、果てしない道のりだろうな。


「てか、弁当逆じゃね? オレが奢る側だぞ」

「買うときに文句言われなかったからな。俺を一人で行かせた報いだ」

「ちゃちい報いだなあ」

 弁当を広げながら、近況報告の続きを始める。

 生真がいなくなった後の世界と、十年前から俺がいない世界。どちらにも、それぞれの時間がちゃんと流れていた。

 それはきっと、大切で尊いことだった。


 弁当を食べ終える頃にはお互いに語り尽くして、近況報告は一段落した。

「生真、ちょっと話があるんだ」

 この辺りで一度、しっかり話し合うべきだろう。

「俺は、お前と一緒に元の世界へ帰るつもりだ。俺たちの居場所は、この世界じゃないと思ってる」

 生真はおそらく、この世界に未練がある。ひょっとすると、このままこの世界で生きていくつもりかもしれない。

 それは駄目だ。俺たちには帰る場所があるのだから。


「……そう、だよなあ。うん、帰れるんなら、やっぱり帰るべきだよな」

 生真は思いの外冷静に受け入れた。自分でも悩んでいたのだろうか。

「よし! オレはショージンに協力するぜ。今こっちにいる全員に帰りたいって思わせればいいんだろ? 他のノーヴィスの情報とか、ヨッシーさんの説得は任しとけ」

「柊木さんは俺が説得するからいい」

 協力はとても心強いが、余計なことまでされても困る。

「……顔がドストライクなのはわかるけどよ、やっぱ最後は中身だぜ? ヨッシーさんとショージン、相性悪いと思うけどなあ」

 生真が不吉なことをぬかす。

 ──相性なんていくらでも合わせられるだろう。

 おそらく、俺が柊木さんにアプローチしないように、相性を理由にして諦めさせようとしているのだ。そうに違いない。


 というか、なぜ顔の好みがバレてるんだ。


 ◯


「わかった、もうわかった、ショージン。この話題は止そう。この後どうする? どっか行くか?」

 確かに、もうこの話題は止めた方がいい。

 この後はどうするべきだろう。

「んー、元の世界の人たちと顔は合わせておきたいかな」

 生き残りは俺を含めて七人らしいし、残る三人がどんな人か把握した方がいい気がする。

「そうか。ショージンが会ってなくてオレが知ってるのは……二人だな」

 生真に知らないことがあるのは意外だが、二人でも十分だろう。

 願わくば、片桐のように帰りたがっていて、片桐と違って平和的な人であってほしい。


「山の麓の森にさ、幽霊屋敷あっただろ? 昔オレらが秘密基地にしてたやつ。こっちの世界だとちゃんと手入れされてて、人も住んでるんだよ。その家主が多分ノーヴィスだ」

 幽霊屋敷か、懐かしいな。忍び込むときは冒険みたいでワクワクしたし、ここがキレイな屋敷だった頃を想像したりもしたっけ。

「その人って、帰りたがってるか?」

「どうだろうな……。正直、今帰りたがってるのは片桐とオレぐらいだと思うぞ。この世界って基本的に居心地良いし」

 それは、面倒だな。片桐と生真以外の全員を説得しなきゃいけないのか。


「ちなみに、その幽霊屋敷のジジイ、組織力持ってる上に好戦的だから注意な。集団が大好物の片桐と、コソコソ散らばって隠れてるオレらの三竦みだから今は大人しいけど、下手に刺激しない方がいいと思うぜ」

「組織力? ノーヴィスってあんまりいないぞ」

「あのジジイ、この世界の人を戦力にしてんだよ。ノーヴィスを撲滅しようとしてる団体のパトロンになったり、人工の咒骸を流したりしてな」

 とてつもなく、面倒だな。数の差を無理矢理ひっくり返すか、どうにかして片桐をぶつけるしかなさそうだ。

 いや、取引という手もあるか。話が通じる人であることを祈ろう。


「もう一人は、あのアジトを貸してくれてる人だ。ヨッシーさんの知り合いでもあるな。まずそっちに会ってみるか」

「そうだな」

 こちらに協力的な人のようだし、説得に応じるかはわからないが、幽霊屋敷に向かうより遥かにマシだろう。


「ちなみに、片桐の親友だぞ」

 話通じるのか? 不安だ。

 あんなのと友達でいられるなんて、絶対変なやつだろ。

「露骨にイヤな顔すんなって。マトモな人だから大丈夫だよ」


 咒骸持ちの倫理観は当てにならないんだが。

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