第136話 対ナイト組

 第二学年は双子のような衝撃的な展開はなく、至って普通な試合を繰り広げ、午前中の日程が全て終了した。昼休みを挟めば、僕達第三学年の出番という事になる。

 僕は選手控室に設けられたソファに座り、小さくため息を吐いた。セントガルゴ学院に通っている間、この部屋を使う事はなんてないと思っていたのに。どうしてこうなってしまったのやら。


「なんだ、レイ。緊張してんのか?」


 浮かない顔をしている僕を見て、同じ代表であるニックが話しかけてきた。


「緊張? 当然してるよ。だって初めての事だからね」


 あんなにも大勢の前で、ボロを出さないようかつ目立たないようかつ叩かれないように戦わなければいけないんだからね。かなりの高難度ミッションだ。


「そんなに気ぃ張る事ねぇって! ただ目の前に立っている相手に勝ちゃいいだけの話だからよ!」

「そうやって物事をシンプルに考えられるのはニックの強みだよね」

「おうよ! ごちゃごちゃ考えんのは得意じゃねぇんだ!」


 僕ももう少し彼を見習うべきなのかもしれない。自分でも色々と考えすぎなことは自覚している。とはいえ、何も考えずに相手を叩きのめすのは簡単だが、今回の場合それをしてしまうと後が怖い。


「みんな行くわよ!」


 エステルの号令で僕達は闘技場へと向かい始める。近づくにつれて聞こえてくる大歓声。気が滅入りそうな事この上なかった。

 長い廊下をつき進んでいくと、見えてきたのは石で造られた正方形のリング。広さは三十メートルといったところか。広すぎず、狭すぎず、中々いい設計をしていると言わざるを得ない。


「さぁ、レイ! 頼んだわよ!」

「頑張れよ! レイ!」


 僕に激を飛ばしながら、エステルとニックが闘技場の端に設置されたベンチへと歩いていった。とうぜん、ガルダンが僕を激励するわけもなく、つまらなさそうに鼻を鳴らしてその後に続く。そして、最後まで僕のそばにいたグレイスが意味深な笑みを浮かべた。


「……お手並み拝見させていただくわ」

「期待に応えられるとは限らないけどね」

「私の親友を落ち込ませたら承知しないから」


 悪戯っぽくウインクすると、グレイスもベンチに向かう。エステルを落ち込ませるなってことは負けるなって事ね。簡単にいってくれるよ、まったく。

 控室で選んだなんの変哲もないロングソードを片手に、僕はリングへと上がった。対戦相手を確認すると、僕と同じような剣を持っている。


「ナイト組、バルサン・キーブリ。クイーン組、レイ。前へ」


 キーブリ家……確か、下級貴族で父親が騎士だった覚えがある。相手としてはいい感じだ。貴族によっては負けた事を逆恨みしてくる輩もいるんだけど、騎士の息子ならそういうことはしないはず。


「それでは先鋒戦……始めっ!!」


 教師の合図でバルサンが一気に距離を詰めてきた。うん、中々に思い切りのいい行動だ。打ち込んできている剣もしっかりと型ができている。父親の教育の賜物かな? なんにせよ、あまり魔法を多用してくるタイプではなさそうだ。


「はっ! はっ!」


 気合いのこもった声とともに振られる剣を、相手の力量を確かめつつ受けていく。一、二年生とは比べるまでもないけど、それでも学生の域は出ない。だが、とてもまっすぐな太刀筋だ。魔法を使わないことも含め、僕にとってはとてもやりやすい相手だった。

 じりじりと僕は後退していく。恐らく、バルサンは優勢に立っていると思っているだろう。その証拠に、攻撃のテンポが徐々に上がってきた。やはり、まだまだ学生だね。

 対人戦で大事な事は相手をよく見る事、周りをよく見る事、そして、勝ち急がない事だ。


「はーっ!!」


 一際大きな声で頭上に掲げた剣を振り下ろしてきた。僕はこの一瞬を見逃さない。傍目にはよろめき、尻餅をついたように見せる。


「え?」


 剣を振り下ろそうとした者が突然いなくなれば、バランスを崩してしまうのはおかしい事ではない。寸でのところで踏ん張り、倒れないようにしたとしても、ちょこっと足をかければこの通り。特にリング側では効果覿面こうかてきめんだ。そのまま前のめりに倒れていき、リングの外へと落ちていく。


「場外! そこまで! 勝者、レイ!!」


 審判の教師が勝者の名前をつげると、微妙な拍手が聞こえてきた。いや、うん。みんなの言いたい事はわかるよ? 三年生の試合ともなればもっとこう……白熱したものを期待するよね。でも、その苦情は僕を代表に仕立て上げた誰かに言ってほしい。


「や、やったわねレイ!」


 戻ってきた僕を曖昧な笑みでエステルが迎えてくれた。もしかして選択を間違えた? 接戦を演じて適当なところで負けた方が良かったかもしれない。


「けっ……敵が間抜けで助かったな、平民」

「なんかよくわからねぇけど、レイの勝ちだろ? やったじゃねぇか!」


 ガルダンがバカにしたような笑みを浮かべる隣で、ニックが僕を全力で讃えてくれる。今回に関してはガルダンの反応の方がありがたいかもしれない。主観的にも客観的にも褒められるような勝ち方はしてないから。

 なんともいえない虚無感に苛まれながらベンチに座ると、隣に座っていたグレイスが立ち上がった。


「役者ね。私でも何も知らなければ騙されていたわ」

「……そりゃどうも」

「あなたの足癖の悪さに気づいた人が、この会場に何人いるのやら」


 ……あれに気づいたのか。流石だね。かなり自然に出来た自負はあったつもりなんだけど。


「君の戦いは参考になるかな?」

「そうね。あなたと違って私は普通に戦えるから、参考になるとは言い難いわね」


 そうだった。彼女が実力者であることは周知の事実なので、何も隠す必要はないんだった。この時ばかりは本当に羨ましく思うよ。


「それじゃ、行ってくるわね」

「……相手のプライドをズタボロにしないように」

「それは約束できないわね」


 そんな言葉を残しつつ試合に向かった彼女であったが、蓋を開けてみればかなり手加減をした内容だった。いや、圧倒したのは事実なんだけど、得意の魔法も使わず、瞬殺することもなく、華麗に戦いを終えた。こういうのをみんなは期待していたんだろう。拍手の層の厚さが僕とは雲泥の差だ。なんだろう……なんとなく気に入らない。多分、得意げな顔で彼女が帰ってきたせいだ。すごい負けた気になる。

 中堅のエステルも副将のニックも大将のガルダンも……大将だけは少しばかり苦戦していたようだけど、難なく勝利を収めることができた。これで結果的には全勝でクイーン組が初戦を終えることができたわけだ。とはいえ、こんな事が後二戦も続くのか。このお祭り騒ぎがさっさと終わってほしいって切に願うよ、本当。

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