第137話 鬱憤ばらし

 初戦を終えた後、エステルを中心にクイーン組では作戦会議が執り行われた。その内容に特筆するべきものはない。結論から言うと、明日のルーク戦も勝つぞというものだった。特に相手の対策なんてものは話し合われていない。なんのための作戦会議なんだか。

 僕達の無駄とも言える話し合いを待っているわけもなく、ファルとファラは先に帰ってしまったので、久しぶりに僕はクロエと二人で帰ることになった。


「初戦の勝利おめでとうレイ兄様」

「……ありがとう」


 クロエがくすくす笑いながら言ったので、僕は無表情で答える。


「そんなに怒らないで? 少しからかっただけだよ」

「怒ってないよ。ただ……思い出すと少しだけ憂鬱になるだけさ」

「なんか変な空気になったものね。まぁ、それも無理もないか。なんというか……不思議な勝ち方だったから」

「セントガルゴ学院の人達はド派手な戦闘が好みだって事がよくわかったよ」


 相手の動きを完璧に見切り、気づかれないようにリング端まで誘導し、ジャストなタイミングで倒れつつ足払いをかける。かなり高度なテクニックを見せたつもりなんだけど……いや、ちょっと苦しいか。あんなにしっけしけの試合を見せられたらあんな空気にもなるよね。


「この次もあの戦い方で勝つの?」

「いや、あの戦法はもう使えない。盛り上がりに欠けるっていうのもあるけど、違和感に気づく人が出るかもしれないからね」

「だったら、明日からは試合前に私の魔法を兄様に渡すよ!」

「それはありがたい。魔法が使えれば今日よりはマシな戦い方ができると思う」


 エステルの事を考えてどんな手段でもいいから勝てばいいと思っていた僕が浅はかだった。クラス対抗戦というのは、プレイヤーからしてみれば勝つことが一番大事なことではなるが、オーディエンスからしてみれば一種のエンターテイメントなのだ。大多数の人間にとって、勝敗よりも内容が重要である事を今日の試合で痛感した。


「本気のレイ兄様を見てみたい気もするけどね」

「死者が出るかもしれないけどいいの?」

「……ごめんなさい。今のは聞かなかったことにして?」


 涼しい顔で僕が言うと、クロエが表情を曇らせた。大怪我をしないように、と学院側が配慮して提供される武器には刃がないけど、そんなの僕には関係ない。言ってしまえば、学生程度素手でも容易く殺す事ができる。本気を出すっていうのはそういうことだ。


「グレイスにレイ兄様……今回の対抗戦でキング組になるのも夢じゃないね!」

「それはどうだろう。確かに彼女とまともにやり合えるのはイザベルぐらいだし、一勝は固いとしても、相手によって僕は勝てるとは断言できない。特に今のキング組には優秀な人材が多い。ただの平民が勝つには畏れ多いくらいにね」

「……レイ兄様が勝ってしまうと不自然な相手にはわざと負けるってこと?」

「そういうこと。僕があの学校に通っているのは栄えあるキング組になることじゃないからね」


 最も重要な事はクロエ王女を守るという事。いわばそれ以外の事は付属品だ。対抗戦で目立って万が一クロエを狙う刺客に警戒でもされれば、騎士団失格と言える。


「……私がレイ兄様を縛っちゃってるんだね」


 クロエが寂しそうに笑う。彼女は常日頃から僕も学生という身分を楽しむように言っていた。だからこそ、そんな顔になるのだろう。だが、そんな必要はない。

 僕は勤めて優しく笑いかけながら、クロエの頭にポンっと手を置いた。


「そういう顔は王女殿下には似合いません。……クロエのおかげで僕は体験することなどあり得なかった学院生活というものを楽しんでいるんだよ? ニックやジェラール、エステルにグレイスという同世代の友人も得る事ができたんだ。だから、そんな顔しないで?」

「レイ兄様……」


 クロエの顔が泣きそうなほどぐにゃりと歪む。だが、すぐに太陽のようなキラキラ輝いている笑顔に変わった。


「……アルトロワ王国の王女として命じます。私をキング組にしてください」

「……それを命令するのは酷なんじゃないかな?」

「ふふふ。そんなの知りません。私は勝利するレイ兄様が見たいんですもの」


 そう言うと、クロエは嬉しそうに笑った。やれやれ……これは無理難題を言いつかってしまったな。とは言っても、僕は王国騎士団の一人。王女様の願いを無碍にするわけにはいかないよね。


 無事にクロエを城へと送り届けた僕はいつも通り零騎士の拠点に戻る。勝利する僕か……明日のルークぐみせんはいいとして、キング組戦は厳しいだろうなぁ。特にイザベルと当たった日には絶望的だ。グレイスと並んで学院最強と称される彼女に僕が勝つなんてあってはならない。……多分、イザベルの事だから話をすれば喜んで僕に勝ちを譲るだろうけど、そんな事をしたら翌日から僕は注目の的だ。これまで陰に隠れて過ごしてきたのに、全てが無駄になると言っても過言ではない。

 いやでも、イザベルと対戦する事になるのは悪くないかもしれない。クロエも僕の置かれている立場は理解しているし、彼女に負けても仕方ないと思ってくれるだろう。そして、イザベルに勝てる可能性があるのはグレイスだけだ。それも百パーセントではない。それ以外は確実につけられるであろう黒星を僕のところで消費し、グレイスで一勝すればキング組になれる可能性がぐんっと高まる。そう考えると、僕がイザベルと戦うのがベストなんじゃないか?


「ちょっとボスー! なんなのあれはー!?」


 そんな事を考えながら館の扉を開けると、いきなりファルが詰め寄ってきた。


「おかえりなさい、レイ様」

「ただいま戻りました」


 とりあえず無視をしてノーチェに挨拶をする。だが、不満を抱いているのはファルだけではなかった。


「おかえりなさい、ボス。ですが、まずファルの問いに答えてください。私も納得していないので」


 二人の後ろにいたファラが問い詰めるような口調で言った。こんなにも不服顔をしている彼女は見たことがない……いや、そんなこともないか。


「あんなみっともない勝ち方するなんて零騎士の名折れだよー!!」

「私もファルと同じ気持ちです。ボスの立場は重々承知しているつもりですが、それにしてももう少しやりようがあったのではないですか?」


 ぶーぶーと文句を言ってくる双子。名目上とはいえ自分達の上に立つ者があんなにも不甲斐ない試合をしたことに不満が爆発しているんだろう。

 だけど、知っているかな? 誰が一番フラストレーションが溜まっているかを。


「……そうだね。二人の言う通りだ。なんとも情けない姿を見せてしまった」

「え? あ、いや……そこまで責めてるつもりは……」

「そ、そうですね。冷静になって考えれば、零騎士としての振る舞いはボスの方が正しいかと……」

「いや、二人を失望させてしまった僕が悪い。こんな男に何かを命令されても従いたくないよね? だから、名誉挽回のチャンスが欲しい」


 真剣な表情で僕が言うと、二人は仲良く目を泳がせた。今回の一件で僕は信頼を損ねてしまった。ならば、全力を持ってその信頼を取り返さねばならない。


「というわけで、中庭に集合ね。二人が見たがってた僕の全力を披露するよ」

「ひぃっ……」


 おや? どうしてそんなにも血の気がひいた顔をしているのかい? 曲がりなりにも筆頭としての実力を示そうとしているだけだと言うのに。


「ほっほっほ。レイ様もかなり気合が入っているみたいですね。これは私も気合を入れなければなりません。城の清掃からヴォルフ様が戻ってきたら私もそちらに行かせていただきます」


 ノーチェが満面の笑みでそう言った。……ごめんヴォルフ。なんか変なとばっちりがそっちにいっちゃったみたい。今度お酒奢るから勘弁してね。

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