第135話 第一学年の対抗戦

 なんとなく浮ついた空気の中、第一学年の試合が始まった。今日の対戦は一組と四組、二組と三組の組み合わせだ。まだ、対抗戦をやったことない一年生のクラスにはまだ固有の名前はついてなく、クラス名は数字となっている。

 そして、肝心の試合の内容なんだけど……初々しいという言葉以外は見つからない。恐らく、対人戦自体が初めての生徒ばかりなのだろう。当然といえば当然か。この学校のほとんどが貴族。人はおろか魔物とだって戦ったことのない者達が殆どだ。最初のクラス戦が終わった後に送られた生暖かい拍手が全てを物語っていた。

 結果は一組が四対一で勝利。どれも五十歩百歩の争いではあったが、大将のソフィアだけは別格だった。ダンジョンで魔物と戦ったという経験が生きたんだろうね。まったく危なげなく敵の大将を倒していたよ。

 迎えた第二戦、二組と三組の戦い、先鋒戦、次鋒戦は第一戦とほとんど変わらなかったけど、中堅戦でようやくまともに戦える生徒が現れた。他の生徒とはまるで動きが違う。相手の生徒がチャンバラごっこのように闇雲に振り回す剣を冷静に見極め、一太刀で的確にその剣を弾き飛ばした。


「……かなり鍛えられているわね」


 剣を失い、尻もちをついた生徒があっさりと降参する様を見ながらグレイスが呟く。


「中々にお目が高い。僕は会ったことがあるんだけど、根性もあるよ、あの子は」

「有名な貴族なのかしら?」

「クリス・ラウザー。上級貴族のラウザー家の出身で、アルトロワ騎士団一番隊副隊長のフリード・ラウザーの弟だね」

「あぁ、なるほど。どうりで、強いわけね」


 グレイスが納得したように言った。フリードさんは副団長でありながら、他の隊の団長クラスの実力の持ち主だ。そして、真面目なユーモアに富んだ人でもある。騎士団の中でも僕はかなり信頼している人物だ。


「これで二勝一敗……一見、いい勝負に見えるけど、この後には」

「うん。あの二人が控えてる」


 この次は副将戦だ。三組はそれまでに三勝しておかなければ勝ちはない。なぜなら残る二人は学生風情じゃ、相手にもならないモンスターだからだ。


「二組、ファル。三組、ゲーチス・アドマイザー。前へ」

「はーい」


 審判の教師の言葉に、栗色の髪をした少女が手を挙げて呑気な声を上げながら前に出た。ちなみに、その手には何も握られていない。全くの徒手空拳。だが、誰も疑問には思っていないようだ。この学院にいる者なら、常軌を逸した双子の噂を聞いているのだろう。観戦していた二、三年生の視線が期待に満ちたものになる。


「それでは、中堅戦……はじめっ!!」


 教師が開始の合図を出すや否や、ゲーチスが勢いよく走り出す。一方、ファルの方は微動だにせず、相手を見ていた。


「やぁぁぁぁぁぁ!!」


 威勢のいい声と共に振り下ろされる大斧。それを、自身の体に届く前に、ファルはいとも容易く右手で掴んだ。


「なっ……!?」


 ゲーチスが驚きの声を上げる。ここにいる大多数の生徒が同じ感想を抱いたであろう。ファルにしてみれば、なんの策もなく、それでいて大したスピードもない大斧を掴む事なんて赤子の手を捻るよりも簡単な事だ。


「ごめんねー。あんまり目立つ戦い方をするなって言われてるんだー」


 軽い調子で言うと、ファルは大斧を握力だけで砕いた。あの子の怪力は零騎士でも他の追随を許さないレベルだ。学院側が用意した拙い鉄の塊など、鼻歌まじりで粉砕する。

 驚愕するゲーチスを軽く持ち上げ、ファルがスタスタと歩いていく。宙に浮いたままジタバタと足掻く彼をものともせず、そのままリングの外へ彼を押しつけた。


「はい、これで勝ちー」


 ファルの声の調子と、やってのけた偉業ならぬ異業とのギャップに、審判の教師含め、この場にいる殆どの者が呆気に取られたように固まっていた。


「せんせー?」

「はっ! ……しょ、勝者ファル!!」


 ファルに声をかけられ、ようやく我を取り戻した教師が勝者の名前を高らかに宣告する。相変わらず自由奔放で胃が痛くなる思いだ。とはいえ、ファルにしてはかなり手心を加えていた気がする。


「ファルらしくない随分と大人しい勝ち方だったんじゃない?」

「そうだね。この会場を破壊するなんてド派手な事をしなかっただけ褒めてあげなきゃいけないな」


 彼女の馬鹿力を考えれば、最悪それもありえた。恐らく、ファラが言い聞かしたのだろう。ひとまず安心した。

 多くの拍手に無邪気に応えながらファラが退場していく。なんとなく誇らしい。娘が讃えられているのを見る父親の心境に近いのかな。


「やっぱすげぇな! ファラちゃんは!」

「一年生……というか、学生という枠組みの中で一つ二つなんてレベルじゃないくらいに飛び抜けているよね」


 興奮しながらみんなと一緒になって手を叩くニックにジェラールが言った。当然だよ。学生相手に苦戦していたら、僕自らが地獄のスペシャル特訓コースを課していたところだ。欲を言うならもう少し上手く勝ってくれると嬉しかったんだけどね。でもまぁ、次の子は大丈夫だろう。ファルと違って、そういうのは心得ているはずだ。


「二組、ファラ。三組、レンド・シャルナーク。前へ」


 ファルと同じ髪色の、眼鏡をかけた女の子が静かに闘技場へと上がる。その姿を見た生徒達がざわつき始めた。


「えーっと……それは……?」

「お気になさらないでください」


 困惑する教師にファラがキッパリと告げる。そんな顔になるのも当然だろう。ファラは手には何も持たずに、たくさんの剣が入った籠を隣に置いているのだから。彼女の戦闘スタイルを加味した上、無限に武器を貯蔵することのできる魔道具であるパンドラを持ち込むことができない以上、こういう形になるのは致し方ないとはいえ、僕から言わせてもらえれば、そこまでする必要があるのか、と思う。


「ごほん……それでは大将、始めっ!!」


 気を取り直して教師が試合開始を告げる。その瞬間、ファルが自分の腕を天高く突き上げた。対戦相手と観客が戸惑いを見せる。だが、気づいてほしい。彼女の横に置かれているカゴにあった大量の剣が綺麗さっぱり無くなっていることに。


 ザッザッザッザ!!


 突如として天より降り注いだ剣が、男子生徒の周りに突き刺さる。まさに剣の牢獄。体を傷つけないよう寸分高わず地面に刺さった剣により、男子生徒は一切の身動きを封じられたのだった。


「……続けますか?」


 明日の予定を聞くかのように何事もなく問いかけられた疑問に、男子生徒は体を震わせながらブンブンと首を横に振って応えた。それを見たファラがちらりと教師に視線を向ける。


「…………しょ、勝者ファラ!」


 一拍遅れて教師が試合を制した者の名前を声高に告げた。呆然と試合を見ていた生徒達も、ポカンと口を開けたまま勝者を讃える拍手を送る。


「……手加減っていうものを教えてあげたほうがいいんじゃないかしら?」

「……僕もそう思った」


 少し呆れた様子のグレイスに答えながら、みんなに合わせて手を叩いていた僕は大きくため息を吐いた。

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