第129話 極秘任務
「レイ様、女王様がお見えになっております」
グレイスに付き合って冒険者ギルドの依頼をこなした僕が屋敷に戻るや否や、間髪入れずにノーチェが言った。リビングに誰もいないところを見ると応接室にいるんだろう。そういう時は決まって第零騎士団への任務の話だ。
すぐさま自分の部屋へ行き着替えをすますと、僕は足早に応接室へと入る。中には僕以外のメンバーが既に待機していた。
「おっ、やっとこさ頭がデートからお帰りか?」
「別にデートじゃありませんから」
「ボス遅いよー」
待ちくたびれたのかファルが唇を尖らせる。どうやら、結構前からデボラ女王は来ていたみたいだ。
「申し訳ありません、遅くなりました」
「よいよい。デートの一つや二つで目くじら立てるほど
「だから、デートじゃありません」
赤みの強い桃髪の美女が、いつものようにゆったりとソファに身を委ねながら言うと、間髪入れずにファラが答えた。いや、確かにデートじゃないんだけど、どうしてファラが否定するのだろうか。
「……さて、役者も揃ったところで、そろそろ話を始めるとするか」
僕が腰を下ろすと、デボラ女王が纏っていた空気を変える。彼女だけではない、ここにいる誰もが零騎士の顔つきになった。
「先日殺害されたサリバン・ウィンザーの件についてだ。先日といってもかなり前の事ではあるがな」
「ようやくその話っすか。手紙一つ寄越しただけでその後何の音沙汰もなかったから、なかった事にでもするのかと思いましたよ」
「なかった事になどできるわけもなかろう。なにせ、奴が殺されたのはこの城にある刻命館なのだからな」
ヴォルフが軽い調子で言うと、デボラ女王が疲れたようにため息混じりで答える。刻命館は罪を犯した貴族を裁定が下るまで軟禁しておく建物で、城の敷地内に建てられている。当然、その警備はそこらの牢屋など比較にならないほどに厳重だ。それこそ、内部を隅々まで把握しているものでなければ、暗殺はおろか刻命館に侵入する事すら叶わない。
「まぁ、おおよそ察しはついているとは思うが、実行犯にしろ情報を流しただけにしろ、城の者が関わっている事は疑いようのない事実だ」
「その最重要参考人が僕らって事になってるんですよね?」
「えぇ!? そうなの!?」
「駄犬……第六騎士団の副団長がそう言っていたよ」
楽しい楽しい特別講師との手合わせの時にね。あんな楽しい授業は二度とごめんだね。ストレスで寿命が縮む。
「なるほどね。城内部で不穏な事が起きりゃ、城内部にいる胡散臭い奴が疑われんのは当然だわな」
「胡散臭い人なんてヴォルフ兄さんくらいなのに心外ですね。そもそも、私達がわざわざ生捕りにしてきたのに私達の手で始末するなんて、普通に考えればあり得ない事だってすぐにわかりそうなものです。……こんな事ならあの場で息の根を止めるべきでした」
ファラがメガネを人差し指で上げる。全くもってその通りだ。最後の物騒な発言は聞かなかった事にするとして。
「まぁ、疑われていようとなかろうと、連中の俺らへの対応が変わるわけじゃねぇし、どうでもいいっちゃいい話だな」
「そうだねー。変な目で見られるのなんていつものことだしねー」
ヴォルフの言葉に、クッキーを食べながらファルが同意する。ちょっと待って。いつの間にクッキーなんて持ち込んだの? ここに来た時はそんなもの持ってなかったよね?
「それに、女王様自身が俺達を疑ってんなら、護衛もつけずにこんなところまで足を運ばないっすよね? だったら、何も問題ねぇな」
「そういう事だ。考えが及ばない有象無象には好きに言わせておけばよい」
デボラ女王が腕と足を組みながらキッパリと言い切った。
「話の流れ的に、次の僕達の任務はサリバン殺しの犯人探しですか?」
「なんだ、レイ。先に言ってしまってはつまらんではないか」
「別に面白さを求めてはいませんので」
少しいじけた目でこちらを見てくるデボラ女王に、僕は淀みなく答える。それにしてもサリバン殺しの犯人、か。これは一筋縄ではいかないだろうね。ちょこっと聞き込みをして突き止められるような奴が、あの刻命館で人殺しなんてできるわけがない。それに加えて容疑者が城内部の人間となると、軽はずみな捜査もできない。
「せっかちな筆頭に言われてしまったが、第零騎士団にはサリバン・ウインザーを殺した犯人をあげてもらいたいと思っている。とはいえ、優秀なお主達に普通の相手を調査させるつもりは毛頭ない」
「……という事は他の騎士達を調べるとかではないって事ですか」
「そうだ。そっちはこちらで行う。城にいる者達についても同様だな」
騎士でも城の関係者でもない者の調査? それでいて普通ではない? 全くもって予想がつかない。
ヴォルフの方に視線を走らせるも肩をすくめるばかり。彼も僕同様女王が命ずる調査対象に心当たりがないようだ。そんな僕達の様子を見て、デボラ女王が悪役じみた笑みを浮かべた。
「お主達には御三家の調査を命ずる」
「なっ……!!」
思わず声が出た。アルトロワ建国からずっと国を支えてきたとして貴族の頂点に君臨するビスマルク家、シャロン家、ブロワ家。その三つの家を指すのが御三家。今まで黒い噂が立ったとしても、決して開ける事はなかったパンドラの箱に手を出すというのか?
女王の予想外すぎる発言に、双子はおろかあのヴォルフですら目を見開いている。
「……正気っすか? 下手すりゃ敵に回すかもしれないっすよ?」
「無論だ。この件についてお前達に話をするのが遅れたのは、妾が持つ情報網で独自の調査をしていたからなのだが、それでも全く尻尾を掴む事ができなかった。それだけ巧妙に仕組まれた事であり、強い権力が働いているということだ。つまり、最も疑わしきは御三家という事になる」
「…………」
女王の言葉を聞いたヴォルフは真剣な顔でタバコに火をつけた。御三家の調査。この言葉の重さがわからない者はこの場にはいない。
「とはいえ、相手は御三家だ。調べさせろと正面きって言うわけにもいかぬ。そして、この案件は最重要極秘任務として慎重に慎重を期さねばならないことぐらい、妾にもわかっておる」
「当然っすね。疑いがかかっているという事実ですら、バレればバランスが崩れる可能性がある」
「だからこそ、攻めやすいところから攻めていく。まずは妾に協力的なブロワ家からだ」
ブロワ家。総騎士団長であるアレクシス・ブロワが当主を務める貴族だ。確かにあそこであれば、例え調査である事がバレても女王と摩擦を生む可能性が少ない。だが、ちょっと待ってほしい。この件に関する重要な報告が僕にはあった。いや、正しくは重要な報告になってしまったというべきか。
「既に話はつけてあるので問題なかろう。レイ、ファル、ファラの三人の事を考え、セントガルゴ学院が夏季休暇に入った直後、零騎士がブロワ家へ査察に行く手筈になっておるぞ」
「……あの、一つよろしいでしょうか?」
それまで口を出さずに話を聞いていたノーチェがスッと手を上げ、デボラ女王の話を遮った。
「なんだ、ノーチェ。何か気になることでもあるのかの?」
「いえ、私は特に……『私は』ですが」
そう言ってノーチェは僕に視線を向けてくる。毎度のことながらこの人はどこで情報を仕入れてくるのやら。
「女王様、申し訳ありません。報告していなかったのですが、僕はビスマルク家の令嬢から夏季休暇に家へ来るよう招待を受けております」
「……なに?」
デボラ女王の表情がここに来て初めて驚きと困惑の入り混じったものになる。僕があえて報告しなかったのは、招待を受ける気がさらさらなかったからだ。何か適当な理由をつけて断ろうとしていた。とはいえ、この状況でそれを利用しない手はない。なんとなく女王の考えている事はわかるけど、ここは任務の効率を上げる事が重要だ。
「これならば自然と御三家の家へと行く事ができるので、ビスマルク家の調査は僕がします」
「……いいのだな、レイ?」
いつになく真剣な顔で問いかけてきたデボラ女王にはっきりと頷いて答える。それを見たデボラ女王は大きく息を吐くと、ソファの背もたれに深く寄りかかった。
「ならばブロワ家はヴォルフを長とし、ファラとファルの三人で行ってまいれ。あそこにやましい事があるとは考えにくいが、念には念を入れて調べてくるように」
「わかりました」
「りょーかーい!」
「げ。俺がリーダーかよ。……ファラ変わってくんない?」
「何言ってるんですか。無駄に年齢だけは重ねてるんですから、しっかりと責務を果たしてください」
「……何となくおっさん扱いされてる気がするんだけど?」
「よろしくねーヴォルおじさーん!」
「うっせぇ!」
いつも通り双子とヴォルフが戯れあい始める。女王からの話はこれでおしまいだろう。とはいえ、これは大変な夏季休暇になりそうだ。御三家の一角であるビスマルク家の調査……今からでも胃が痛くなりそうな案件だよ、まったく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます