第130話 実技試験

「…………はい、そこまで。みんなペンを置いて」


 担当の教師の言葉で全員が解答を書くのを止める。試験三日目。これで全ての筆記試験は終わった。首尾は上場だ。落第点にはならず、なおかつそこそこの点数で全ての科目を通過していると思う。なんの取り柄もない平民に点数で上をいかれて発狂する貴族の御曹司の図は回避できたはずだ。だが、この後休む間もなく最大の試練が待っている。


「上手くやれたのかしら?」


 解答用紙が回収されたところでグレイスが僕に話しかけてきた。


「とても順調だよ。多分、これなら八十点いかないくらいかな?」

「あら? 満点は目指さないの?」

「満点なんてとった日には、僕は色んな人に恨まれちゃうからね。分相応ってのが大事なんだよ」

「秘密の騎士様は大変ね。……本気でやれば楽々解けちゃうのかしら?」

「素直な問題ばかりだからね。作問してるいる先生は夜なべをして、勉強している人には解きやすい問題を考えているんだと思うよ」


 そう思うと、教師という職業は難儀なものだ思う。みんなが解けないような問題を用意すれば怖い過保護者から苦情をもらい、かといって誰でも解ける問題を作れば差をつけることができない。その辺りを考慮に入れながら絶妙な問題にしなければならないんだから、やはりプロフェッショナルなんだと思う。


「まぁ、少し捻った問題はあったけど、日々の復習をしっかりしていれば、苦戦することなく解ける内容ではあったわね……でも、次はどうかしら?」


 グレイスが意味ありげな笑みを向けてくる。次の試験というのは実技の事を言っているのかな。まったく……相変わらず痛いところをついてくる。

 実技試験はこれまで習った戦闘に関する技術を教師相手にぶつける試験だ。シンプルでいてこれが最も僕の苦手とするところではある。どの程度の実力を見せればいいか測りかねるんだよ。


「私は全力をぶつけるつもりよ? あなたもそれに倣ったらいいんじゃない?」


 それができない事を承知で言ってくるグレイスにジト目を向ける。僕がこの学院に入学した裏事情を知っているのは学院長だけだ。それ以外の教師には僕が他の生徒と同じに見えるだろう。


「貴重なアドバイス痛みいるよ。参考にさせてもらうとするかな」

「そんな機嫌を悪くしないで? 少しからかっただけじゃない」

「からかわれるこっちの身にもなって欲しいものだね」

「それは無理な相談よ。だって、私に軽口を叩ける人なんてあなたぐらいしかいないから、からかわれる気持ちがあまりわからないもの」


 そりゃそうだろ。それだけ存在感と威圧感があったら、一学生じゃ縮こまるのが関の山だ。


「それじゃ、お先に行かせてもらうわね」

「……せいぜい担当の先生を困らせないようにね」

「それは難しいわ。なんたって『全力で試験に臨め』と言われてるのよ? それなのに忖度があったら教師の面子丸潰れでしょ?」


 ……彼女の担当をする先生には同情するよ。せめて怪我をせずに済むよう祈るばかりだ。

 グレイスが教室を出ていったところで、僕は同じクラスで談笑しているクロエに目を向けた。クラスメートと今の試験について談笑していた彼女は僕の視線に気づき、すぐさま適当な理由をつけて教室をさる。ありがたい事この上ないね。クロエの協力なしで僕は実技試験をこなす事は不可能と言っても過言じゃない。

 少しばかり時間を潰してから人目のつかない校舎裏へと移動する。思った通り、そこではクロエが待機してくれていた。


「いつも悪いね、クロエ」

「珍しいレイ兄様の頼みですから」


 そう言うとクロエは僕の代わりに右手をギュッと握る。


「……えーっと。いつも言ってるけど、そんなに握りしめなくても、問題なくクロエの魔法は取り込めるよ?」

「な、何を言ってるの!? この作業を疎かにして万が一失敗したら大変でしょ!?」

「そ、そうだね」


 クロエの勢いに押されて首を何度も縦に振る。正直な話、僕に向かって適当な魔法を放ってくれるだけでいいのだが、そんな事は言えなかった。彼女の魔法を自分に取り入れてこれまでの試験を突破してきた手前、わがままなど言えるわけもない。


「……これだけストックすれば十分かな?」

「そうだね。後はこっちで上手くやるよ」

「本当はグレイスの魔法のがよかった?」

「彼女の氷魔法は特殊だからね。教師から変な目で見られないから、クロエの方がありがたいよ」

「……そういう事を言ってるんじゃないんだけどね」


 素直に見解を述べると、何故がクロエが不服そうな表情を浮かべる。どうやら答えの選択肢を間違えたらしい。


「じゃあ、私の番はもうすぐだから行くよ」

「うん、ありがとう」

「レイ兄様の事だから大丈夫だとは思うけど、怪しまれないようにね」

「そうだね。最近緩みがちな気がするから気を引き締めないといけないね」


 特にグレイスと話していると余計な事まで話してしまう節がある。彼女が秘密を胸にしまってくれる人だから助かっているとはいえ、知ってしまったという事実で危険に晒されないとも限らない。もう少し影の騎士団である自覚を持つべきだ。

 クロエと別れた後、適当に時間を潰してから試験会場へと向かう。試験が執り行われるのは練習室だ。魔法の試射をしたり、生徒同士が模擬戦をしたりする事の出来る室内型の闘技場と言い換えてもいい。ドーム状になっている部屋は十分すぎるほど広く、壁は鋼鉄よりもさらに硬いオリハルコン製だ。ちょっとやそっとどころか壊れることなどまずあり得ない。その辺にセントゴルゴ学院の財力を感じる。

 練習室の前まで来ると、ちょうど前の人が練習室に入るところだった。タイミングとしては申し分ない。試験時間は長くても五分。特殊な人を除いて学生の身分でそれ以上長く戦うことは体力的にも魔力的にも厳しいはずだ。

 そんな事を考えていたら、さっき入っていったクラスメートがヘトヘトになって出てきた。表情を見る限り、結果は芳しくなかったようだ。そこまで実戦形式に力を入れていないこの学院じゃ、戦えと言われても上手くできないのが大半だろう。気にする事はないと思う。

 さて、人の事を気にしている場合じゃないね。練習室の扉の上にある魔道具の表示が「使用中」から「使用可」に変更されたらいよいよ僕の番だ。扉を開けた先にいる教師が気になるところ。実技試験の担当はランダムで決定するんだけど、できればよく知っているいつもの先生だとありがたい。どの程度の動きを見せればいいのかわかっているからね。

 ……何だか随分と時間がかかってるな。片付ける要素なんてほとんどないはずなのに。と、思っていたら表示が「使用可」に変わった。よし、行こう。できれば、ゴリゴリの体育会系の先生じゃありませんように。

 そんな事を願いながらゆっくりと扉を開く。


「ふぉーふぉっふぉ。来たのう、よぉ来たのう。待っておったぞ、レイ」


 ……なるほど。一番の大はずれを引いたって事だね。

 

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