第128話 ストレス発散
なんとも微妙な空気で終わった勉強会の後、僕は真っ直ぐに零騎士の詰所に戻った……わけではなくて、なぜか魔物が蔓延る近くの草原に来ていた。というのも、勉強会が終わるや否やグレイスが僕に近づき「……この後、付き合ってもらえないかしら?」と耳打ちしてきたからだ。
グレイアム・シャロンの事もあったからオッケーしたら、有無を言わさず冒険者ギルドに連れて行かれて、あっという間に冒険者登録が完了し、なぜか彼女の依頼を手伝うことになってしまった。どうしてこうなった。
「はぁぁぁぁ!!」
隣ではグレイスが華麗に魔物を倒している。ここらにいるのはそれなりに手強い魔物だというのに、まるで歯牙にも掛けない様子でばっさばっさと斬り伏せている。流石は今最も勢いのある冒険者といったところか。
とりあえず僕にできることは、このギルドで借りた安物の剣で彼女をサポートするだけだ。学校に干将・莫耶なんて持っていくわけもないし、彼女が屋敷に帰る時間をくれなかったんだから仕方ない。
一時間ほど無心で魔物を狩ったところで、ようやく依頼された魔物の気配がなくなった。
「……これで大体片付いたかしら?」
休憩なしで魔物を狩り続けたというのに、特に疲労を感じさせずにグレイスが言った。
「そうだね。僕がいる意味は殆どなかったけど」
「そんな事ないわ。一緒にいるのがあなただから、何の憂いもなく魔物に集中する事ができたのよ。絶対に魔物なんかにはやられないあなただからこそ、ね」
「それは少し買い被りすぎているんじゃないかな? こんな
「あなただったら例え小枝を武器にしても、この程度の魔物に後れを取る事はないでしょ?」
過大評価と言わざるを得ない。僕の魔力は零だ。特異な能力のおかげで魔法を使う相手に対してはアドバンテージを取る事はできるけど、魔法が使えないこのレベルの魔物を相手にすれば、常人よりもはるかに劣る戦力だといえる。
「……まぁ、大抵の武器は小枝並みの価値しか無くなるね。その剣を前にしたら」
彼女の手に握られている剣を見ながら言った。柄には大きな宝石が装飾されており、刀身は青白く透き通っている。誰が見ても普通じゃない騎士剣なのだが、ただの美しい剣というわけではなかった。
「魔力を込めると剣が伸び縮みするなんて、相当珍しい魔道具だよ」
「そうね。このフラガラッハは特別ね」
「危険なダンジョンにでも潜って手に入れたのかな? まさかどこぞの貴族の家に盗みに入ったわけじゃないでしょ?」
「…………」
僕が冗談めいた口調で尋ねると、グレイスは何も言わずに小さく笑った。……どうやら、その剣についてはあまり触れられたくないらしい。曰く付きなのか、非合法なルートで入手したのか……どちらにせよ、深入りすることじゃない。いや、もし仮に闇ルートを知っているなら是非とも教えていただきたい。何かの役にたつかもしれないからね。
「残念ながら、そんなルートは知らないわ」
何も言っていないのにグレイスは軽く笑いながらそう言った。彼女はエスパーか何かなのか? それとも、僕が修行不足で考えていることが顔に出ているというのだろうか。後者であれば、その事実がノーチェに知られた時点で僕は地獄を見る事になる。
「……ふふっ。大分あなたの考えていることがわかるようになってきたわ」
「その特殊能力を有しているのが君だけだとありがたいね。じゃないと任務に支障が出てしまう」
「あら? あなたのお仲間も同じようじゃないの?」
「君ほどじゃないよ。こう見えても子供の頃から心内を読まれない訓練は積んでいるんだ」
ノーチェであればグレイスと同じくらい僕の考えを読む事はできるかもしれないけど、彼は別格だ。そういう事に敏いヴォルフだってここまでじゃない。
「そうなの? それは……喜んでもいい事なのかしら」
グレイスが嬉しそうに笑う。なんというかいつもの彼女だ。食堂でグレイアム・シャロンが話しかけた時とはまるで違う。その事実に少しホッとしている自分がいる。
「……そういえば、あなたが冒険者になるって聞いた時のアリサは凄かったわね」
「ん? あぁ、テキパキと職務をこなしてくれたね。おかげでこうやってスムーズに君の依頼に同行する事ができたのだけれど」
「そういう意味じゃないわ。あんなにも顔を赤くして……彼女、嬉しそうだったでしょ?」
「僕の力を見抜いていたってこと? そうだとしたら相当優秀なスカウトだね。彼女の前では能力はおろか戦っている姿すら見せていないっていうのに」
「はぁ……もういいわ」
グレイスが呆れたように息を吐いた。なんだか最近こういう事が多い気がする。相手の問いかけに対して僕がちんぷんかんぷんな返答をしている感覚。なぜだ。わからない。冒険者ギルドの受付嬢である以上、強力な戦力を確保することは重要な使命になるはず。僕自身が強力な戦力だと
「とりあえず、魔物の核を集める手伝いをしてもらってもいいかしら?」
「あぁ、この核って売れるんだっけ? 確か、魔道具の燃料になるんでしょ?」
「えぇ。だけど、そのためだけじゃないわ。公正明大な騎士様とは違って冒険者という職業はずる賢い人が多いのよ。だから、しっかりと討伐した証を持っていかないとギルドに認めてもらえない」
なるほど。殆どの騎士が虚偽の報告はしない。だからこそ、報告の裏付けなんて求めないし、そんなのいちいち求めていたら職務が全く進まない。だが、冒険者は違う。お国を守るなんて大層な使命を掲げてるわけじゃないからこそ、自分が得することだけ考えた行動をとる輩も出てくるのだろう。……まぁ、そういうやつが本当に騎士団にはいないのかと問われれば、僕は自信を持ってイエスと答える事ができないけど。
「……何も聞いてこないのね」
言われた通り黙々と魔物の死骸から核を集めていると、グレイスが話しかけてきた。
「……僕を冒険者に誘った理由をって事かな?」
少し迷った後、あえて少しズレた答えを返す。多分、それは彼女も気づいているだろう。だからこそ、少し困ったように笑うのだ。
「あなたを冒険者に誘ったのに深い理由なんてないわ。……強いてあげるなら何のしがらみもなく依頼に取り組むためかしら?」
「と言うと?」
「初めの頃は必死に依頼をこなしていたわ。強くなるため……生きるためにね。でも、エステルが一緒に付き合ってくれるようになってから少し変わったわ」
魔物から核を取り除くためだけに使用する小型のナイフを振り下ろしながらグレイスが言った。
「冒険者の依頼が楽しいって思えるようになった。自分がやっていることが誰かのためになっているって思えるようになった。……一人でやっている時はそんなの微塵も考えた事なんてなかったのに」
グレイスが自重の笑みを浮かべる。僕は何も言わずに彼女の言葉に耳を傾けた。おそらくこれは彼女の本音だろう。声の調子や言葉の強弱で判断しなくても分かる。
「エステルと一緒にいると、人間として大切な事を思い出させてくれるような気がしたのよ。優しさとか慈しみとか前向きな心とか……だから、あの子は私にとって大切な人なの」
「…………」
「でも……大切だからこそ、エステルと依頼をこなす時は、心のどこかであの子の事を気にかけてしまっている。心の底から大事だって思えるあの子を失いたくないから」
グサリと音を立ててグレイスが魔物にナイフを突き立てた。
「……でも、あなた相手だったらそんな心配する必要ないでしょ?」
「僕だったら失っても問題ないってこと?」
「あなただったら私が心配する必要がないって事。だって、自分よりも強い人を心配するなんて愚かな行為だって思うでしょ?」
からかうような、それでいて何かを楽しむような笑みを彼女が向けてくる。
「……僕が君より強いかなんてわからないでしょ? 直接戦った事もないわけだし」
「あなたに魔法は効かない。あなたの剣に私は敵わない。これだけの事実があれば戦わなくても子供だって結果はわかると思うのだけれど?」
彼女の言い分に思わず閉口する。例え最高峰のレベルⅤの魔法師であっても、最年少でBランク冒険者になった神童であっても、負けるつもりはない。
「あなたを言い負かす感覚は癖になりそうね。何とも言えない達成感を感じるわ」
「口喧嘩には自信があった方なんだけどな」
「あなたの場合口喧嘩じゃなくて尋問じゃないの? ……と、まぁ色々と赤裸々に語ったけど、あなたが本当に聞きたい事は他にあるんじゃないかしら?」
魔物を解体していた僕の手がピタリと止まった。僕が本当に聞きたい事……僕だけじゃない、あの場にいたみんなが聞きたいことなんて誰に教えてもらわなくたって明白だ。
「例えば……私がシャロン家の御曹司と」
「君が僕の立場だったら恐らく詮索なんてしてこない。だから、僕も何も聞かないさ」
言葉を遮るようにして僕が言うと、グレイスは目をぱちくりさせてから柔和な笑みを浮かべる。
「……相変わらず負けず嫌いなのね」
「知らなかった?」
「いえ、再認識したって事よ」
そう言うと、グレイスは再び魔物の核を集め始める。僕もそれに倣ってナイフを動かすだけの作業に戻った。
「……やっぱりあなたを冒険者に誘って正解だったみたいね」
「そう言ってもらえるなら、冒険者になってよかったかな?」
彼女の言葉に、僕は顔を向けずに答える。別にストレス発散でもいい、日頃迷惑をかけている手前、彼女のプラスに働く役割を担えるのであれば、報酬として十分だと僕は思えた。
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