第7話 マルク商店

 王都の中心であるこの場所は商業区と呼ばれ、多種多様な店が所狭しと立ち並んでいた。流石は女王のお膝元というべきか、ここにあるのは時代の最先端を走る店ばかり。おしゃれなブティックやカフェがいくつも存在し、デートスポットとしても人気を博している。流行の発信地とも言われており、若者達の憧れの場所でもあった。

 そんな商業区の中でも一等地に建てられているのがマルク商店である。


 マルク家は商人の家系で、それまでは平民として数えられてきたが、その他の追随を許さぬ商売の手腕を買われ、貴族に成り上がった異色の経歴を持つ家である。現当主のコーネリアス・マルクの腕は歴代でもかなりのものと言われているのだが、その息子は更にそれを超える麒麟児である、と商人の間ではもっぱらの噂であった。


 マルク商店の驚異的な点の一つとして、その取り扱う商品の数があげられる。


 この王都には豊富な種類の剣を取り揃えている武器屋も、様々な野菜を売っている八百屋も、派手やかでスタイリッシュな服を扱っている服屋も存在する。だが、その全てを網羅しているのはマルク商店ただ一つだけだ。


 巧みな話術により品物を安く仕入れ、考え抜かれた商品の配置により来たものの購買意欲を刺激する。しかも扱う商品に一切の妥協はない。『いかに良い物を安く手に入れるか』それをモットーにしているだけあって、マルク商店の品を買った客が文句を言ってきたことはなかった。この店に来てついつい無駄な買い物をしてしまったのであれば、それはマルク商店の術中にはまっていると言えるだろう。


 そんなマルク商店の一角、冒険者が必要とする物が売られているスペースで、金髪の少女が両手に鉄の剣を持って眉を八の字にしていた。


「うーん……どっちがいいのかな?」


 エステルは忙しなく顔を左右に動かしながら二つの剣を見比べる。一つは今まで使っていた剣とほとんど同じ長さのモノ。だが、その太さは前と比べて二倍ほどあり、幅の広い重量感のある剣だった。

 もう一つは前の剣をそのまま長くしたようなモノ。切っ先は槍のように鋭く尖っている。


 どちらもグレイスが「前より破壊力のある剣が欲しい!」というエステルの要望を聞いた結果、こんなのはどうかと差し出した剣。真剣な顔をしてエステルが悩む中、選んだ張本人は呆れ顔で悩める美少女を見つめていた。


「……まだ決まらないの?」

「待って! あとちょっとだから!」


 両手にある剣を親の仇と言わんばかりに睨みつけながらエステルが言うと、グレイスは額に手を当てて小さく首を振る。エステルが悩み始めてからそのセリフを聞くのは五回目。一時間以上も彼女は二つの剣と睨めっこをしているのだ。

 このままでは朝まで決まらないのではないか、という疑念を抱いたグレイスが思わず口を出す。


「私はこっちの方がエステルにあってると思うわ」


 そう言いながらグレイスはエステルの持つ幅の広い剣を指差した。


「こっち? なんで?」

「あなたはとことん魔物に突っ込むタイプだから、短い方が扱いやすいと思うわ」

「うーん……」


 グレイスの言葉を聞いたエステルが唸り声を上げる。


「でも、長い剣って憧れるのよ」

「憧れる?」

「うん……だって、グレイスはそんなに長い剣を使っているじゃない」


 エステルはグレイスが腰に差している騎士剣に目を向けた。彼女の剣は特別製であり、今は初心者が持つ小剣と遜色ない見た目をしているのだが、彼女が魔力を流し込むことによって、青白く発光しながら長さを変えるレアモノの魔道具である。こんな国宝級とも思える高価なものをどうしてグレイスが持っているかは謎であったが、その剣を使って戦う彼女の姿があまりにも美しく、エステルは憧れを抱いているのだ。


「……このフラガラッハは特別だから」

「そうは言っても、かっこいいものはかっこいいのよ!」


 聞き分けのない子供のように言うと、エステルは唇を尖らせた。彼女が長剣に拘る理由を知り、グレイスは照れたように笑う。


「わかったわ、いくらでも悩みなさい? 冒険者にとって武器は自分の命を預ける相棒なんだから、自分が気に入ったものを選ぶのが一番だわ。ちゃんと最後まで付き合ってあげるから」

「本当!? ありがとう!!」


 満面な笑みでお礼を言うと、エステルは再び真剣な顔で悩み始めた。そんな彼女をグレイスは優しく見つめる。


 エステル・ノルトハイム。


 貴族の中でも位の高い上級貴族であるノルトハイム家の長女。そして、レベルⅢの魔法師。


 才能と地位に恵まれた彼女は何もしなくても成功が約束されていると言っても過言ではないのに、なぜ、彼女は冒険者などという泥臭いことをやっているのだろうか? 常日頃からグレイスの頭の片隅にあった疑問だが、今日まで聞いた事はなかった。ちょうどいい機会かもしれない。


「ねぇ、エステル」

「なに?」

「あなたはなんで冒険者なんてやっているの?」

「えっ?」


 余程意外な質問だったのだろう、それまで取り憑かれたように剣を見ていたエステルが目を丸くしながらグレイスの顔を見た。


「いきなりどうしたの?」

「いきなり……そうね。聞いたのはいきなりだわ。でも、前々から疑問に思っていた事なのよ」


 グレイスは髪を耳にかけながらエステルの目を見つめる。


「誰だって不思議がると思うけど? 貴族のご令嬢が冒険者なんて野蛮なことをやっていたら」

「ご令嬢って……私はそんな柄じゃないわ」


 エステルが唇を尖らせた。


「……なんでって聞かれると困っちゃうけど、簡単に言っちゃえば強くなりたいからかな?」

「強く、ねぇ……」


 なんとも曖昧な理由。その真意を読み取ろうとグレイスが視線を鋭くすると、エステルは恥ずかしそうに頬をかいた。


「グレイスには教えちゃうけど、私には憧れの人がいるのよ」

「憧れの人?」

「うん。シアン様って言うんだけど、その人は騎士団に所属していて……強くて、気高くて、なんでも出来ちゃう人なんだ!」


 エステルが遠くを見つめながら熱っぽい口調で言う。顔は完全に恋する少女のものだった。


「私の夢はシアン様がいる騎士団に入る事! そして、願わくば同じ隊に所属したい!」


 段々と興奮していくエステル。


「でも、そのためには強くならなくちゃいけない! どんな魔物にだって負けないような魔法師にならなきゃいけない! 私はその人の隣に立つために強くなりたいの! 強くなって、その人の力になりたいのよ!」


 そこまで言い切ったところで、自分の声の大きさに気がついたエステルが顔を真っ赤にさせて俯く。そんな彼女を見て、グレイスはくすくすと笑った。


「わ、笑わなくてもいいじゃない!」

「ふふっ、ごめんごめん。別に馬鹿にしているわけじゃないのよ? ただ強くなりたい理由がエステルらしい可愛らしい理由だったからつい、ね」

「むー……やっぱり馬鹿にしているじゃない!」


 頬を膨らませるエステルを、グレイスが笑いながら宥める。しばらくご機嫌斜めだったエステルだが、グレイスが何度か謝ったことで機嫌を直し、おもむろに幅の広い重量感のある剣を上にあげた。


「決めた! こっちにしよう!」

「あら、そっちでいいの?」

「うん! 確かにグレイスみたいな戦い方には憧れるけど、私の目的は強くなることだから! グレイスがいいって言ってくれた方の剣にするの!」

「そう。なら、早いとこ買いに行きましょうか。そろそろ学院の門限を過ぎてしまうわ」

「やばっ! もうそんな時間!?」


 グレイスに言われ、エステルは慌てて長剣を棚へと戻す。その後、いくつか必需品を選んでから会計を済ませ外に出ると、もう既に満月がかなり高いところまで来ていた。


「げー……寮主さんに怒られちゃうよ」

「そうね。急ぎましょうか」


 エステルと共に走り出そうとしたグレイスだったが、得体の知れない気配を感じ、ピタリと足を止める。そして、その気配の方にゆっくりと視線を向けた。


「あれ? グレイス? どうしたの?」


 怖いほど真剣な顔をしている親友を見てエステルが首を傾げる。そして、その視線の先に目を向け、ハッと息を飲んだ。


 グレイスの視線の先にいたもの……それは黒いローブに身を包んだ怪しげな人物。その特徴はアリサにもらった手配書に酷似している。


「あれって……」

「えぇ」

 

 エステルの問いに短い言葉で答えると、グレイスは考えを巡らせ始めた。

 騎士団が手配書を出すだけのことはある……あの男は只者ではない。自分一人であればどうとでも立ち回れるが、今はエステルが一緒にいる。彼女を危険には巻き込みたくない。

 犯罪者を見逃すことに僅かばかりの葛藤はあったが、捕まえるのは自分達の仕事ではない、と無理やり自分を納得させる。

 王都の民が住まう居住区の方へと歩いていく男を見ながら、グレイスは溜息をついた。


「仕方がないわね。遠回りになるけど騎士団の詰所に……」

「何言ってるの? 追いかけるわよ!」

「えっ?」


 グレイスの熟考も虚しく、彼女が目を向けた時には、既にエステルは建物の陰に隠れながら男を尾行する体勢に入っていた。

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