第6話 ギルドの看板娘
王都の冒険者ギルドに勤める受付嬢のアリサはギルドの看板娘として評判だった。
猫の獣人である彼女は、顔が可愛いのはもちろんのこと、持ち前の明るい性格で誰にでも同じように接する態度が好感を持たれ、他の受付嬢の窓口よりも長い列をなす事が多い。偶に冒険者に対して失礼な事を言ってしまうのだが、それもご愛嬌と大抵の冒険者はピクピクと動く猫耳を緩んだ顔で見ながらそれを許容していた。
今日もアリサの窓口は大盛況。多くの冒険者を捌き終えたアリサは小さな溜息をつく。
「……最近、こういうのが多いんですよね」
冒険者の波も落ち着き、少しだけ自由な時間になったアリサが独り言を呟いた。その視線の先にあるのは小綺麗な封筒の山。中身は見ていないが、恐らく身の毛もよだつような甘い愛の言葉が書かれているのだと思う。そう考えると、アリサの気は重くなった。
「皆さんに頼っていただけるのは嬉しいんですけど……」
冒険者が自分を頼ってくれるのは単純に嬉しい。それは受付嬢としての誉れだ。だが、
自分の仕事に誇りを持っている王都ギルドの看板娘は、人知れず悩みを抱えていた。
そんなアリサの清涼剤。今、話題の冒険者である美少女二人組がギルドに戻ってきた。二人の姿を見たアリサの中に心地よい波が広がっていく。
あぁ、やっぱり可愛いな。
二人はアリサから見ても反則的に美人だった。エステルは可愛い系、グレイスは綺麗系と系統が違うのもアリサにとってはプラスポイント。可愛い物好きの彼女は二人を見ているだけで心が癒されていく。だが、いつも太陽のような笑顔を見せるエステルが少し落ち込んでいることに気が付いた。
「お疲れ様です! ……どうかしたんですか?」
「……折れちゃったのよ」
エステルが眉尻を下げながら小さい声で答える。初めは言っている意味がわからなかったアリサも、エステルが大事そうに抱えている剣らしきモノを見て、事情を察した。
「あー……オークの皮膚って意外と固いですからねー……」
「魔法で戦った方がいいって言ったんだけど、全然耳を貸さなかったのよ」
グレイスが呆れ半分同情半分といった顔で言うと、エステルは少しだけ涙ぐみながら藍髪の少女を睨みつける。
「だって魔法で倒したら戦ってるって実感がわかないでしょ!? 剣を通じて相手の鼓動を感じてこそ、戦いってものよ!!」
「……エステルさんって意外と狂気じみてますよね」
目が血走ってるエステルを見ながら、アリサは若干引き気味で頬をヒクつかせた。
「あーぁ……この剣、大切な物だったのに……」
「それって、エステルが冒険者になった記念に買った初心者用の剣でしょ? 別にそこまで落ち込むような物じゃ」
「ただの剣じゃないわ! グレイスが一緒に選んでくれた大切な剣だもん!!」
鬼気迫る様子でグイッと迫ってきたエステルを見て目を丸くしたグレイスは、ふっと小さく笑うと包み込むような優しい眼差しを向ける。
「それならまた私がエステルに合う武器を探してあげるわ」
「本当っ!?」
子供のように目をキラキラと輝かせたエステルに、グレイスは笑いながら頷いた。
「それならさっさとギルドへの報告を済ませちゃって買い物にでも行きましょうか」
「うんっ!! 行こう行こう!!」
「そうなると、マルク商店がいいかしら?」
「え」
それまでクリスマスと誕生日が同時に来たかと思えるほどはしゃいでいたエステルが微妙な表情を浮かべる。それを見てグレイスは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「マルク商店ってあの男のお店だよね?」
「あの男?」
まるでわかっていない親友を見て、エステルがため息を吐く。
「グレイス……男嫌いもわかるけど、もう少しクラスメートに興味を持ちなさい。私達のクラスにマルク商店の息子がいるでしょ?」
「あー……そう言われてみれば……いた気がしないでもないわね」
「……はぁ」
親友のクラスメートに対する興味のなさを改めて目の当たりにし、エステルは再び大きなため息を吐いた。
「クラスメートのお店だっていうのはわかったわ。でも、それが何の問題だと言うの?」
エステルの態度に若干憤りを感じながらグレイスが問いかける。エステルは少しだけ返答に迷うと、苦い顔で答えた。
「苦手なのよ、あの人」
「苦手? エステルが?」
貴族だけでなく平民とも仲良くなれるというコミュ力の塊であるエステルが苦手な相手。その男に対する興味がグレイスの中で僅かに沸いた。
「へぇ……驚きね。あなたはどんな人とも仲良くなれると思ったわ」
「私だって相性が悪い相手くらいいるわよ」
唇を尖らせるエステルがなんだか可愛らしくてグレイスは思わず笑ってしまう。
「なによぉ?」
「別に? ……その苦手な相手に会いに行くわけじゃないからいいじゃない?」
「そ、それはそうなんだけど……」
「それにマルク商店の品物は質がいいのよ?冒険者なら使う道具には気を遣わないと」
「そうですよ! あのお店は紛い物なんて売りませんからね! 信頼できるお店です!」
それまで黙って話を聞いていたアリサがグレイスの言葉に呼応するようにうんうん、と頷く。二人からそう言われてしまえば行きたくないとは言えない。エステルは晴れない表情のまま、諦めたように肩を竦めた。
「わかったわよ。あの男に会わないようせいぜい祈ってるわ」
「そうね、私も一緒に祈ってあげるわ。……じゃあアリサ、依頼完了の手続きお願い」
「わっかりましたー!」
アリサは元気よく答えると、グレイスが差し出したオークのコアを奥へと持っていく。しばらくしてから戻ってきたアリサの手には報酬のガルドと羊皮紙が握られていた。
「結構質のいいコアだったので報酬もたんまりですよ!」
「ありがとう……それは?」
グレイスは報酬を受け取りながら、アリサのもう片方の手にある羊皮紙に目を向ける。アリサは表情を真面目なものにすると、その羊皮紙を窓口の机に置いた。
「これは騎士団から配布された手配書です。冒険者の皆様に注意喚起するよう上から言われていまして」
「手配書……という事は悪い人ってこと?」
エステルが身を乗り出して手配書を見つめる。そこにはフードを目深に被った黒いローブを着た男が描かれていた。
「確かに悪い事をしそうな感じね」
「絵だけでわかるわけないでしょ」
むむっと眉を寄せるエステルに、グレイスが呆れた口調で告げる。
「なんでもはぐれ魔法師らしいので、危険だから見かけたらすぐに騎士団へと通報して欲しいとのことです!」
「ふーん、わかったわ」
「任せてっ!」
さして気の無い返事をするグレイスとは対照的に、エステルは使命に燃えた瞳で羊皮紙をグッと握りしめた。そして、そのまま綺麗に折りたたむと腰につけているポーチの中へとしまいこむ。
「報告も済んだし、行きましょうか」
「そうだね! じゃ、アリサ! また来るよ!」
「はい! お待ちしております!」
エステルが笑顔で言うと、アリサはビシッと敬礼をしてそれに答えた。グレイスも微笑を浮かべながら、軽く手を振り、ギルドの出口に向かっていく。
しばらく二人が出て行った扉を見つめていたアリサは、気合いを入れ直して職務の後半戦に挑み始めた。
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