第5話 冒険者ギルド

 王都の中心街、流行りの服や食べ物の店が連なるこの場所から少し歩いたところに一際目を惹く建物があった。


 冒険者ギルド。


 魔物の討伐や素材の回収を生業とする冒険者に依頼を斡旋する場。荒くれ者の巣窟。


 そんな場所に現れたのが場違いと言われても反論できないような美少女二人だった。一人は金色の髪を左右に結っており、もう一人は藍色の長い髪をふわりと丸めて束ねている。恐らくまだ大人になりきってはいないだろう。その可愛らしい顔にはまだあどけなさが残っていた。


 年齢的にも容姿的にも冒険者ギルドに間違って迷い込んでしまったような二人に、下卑た笑みを浮かべながら二人の冒険者が近づいていった。


「よぉ、お嬢ちゃん達。迷子か?」

「俺達が色々教えてやってもいいぜ!」


 そう言いながら二人の身体を物色する。金髪の方はまだまだ発育不足だが、藍髪の方はしっかりと楽しめそうだった。


「……なによ、あんた達」

「怖がる事ねぇぞ。こう見えて俺達はいい冒険者だからな」

「そうそう! 他の奴らは知らねぇが、俺達は健全な冒険者だ!」


 言葉と表情が全くと言っていいほど釣り合っていない。そのにやけ面からいやらしい事を考えているのは明白だった。

 そんな二人を金髪の少女はキッと睨みつけたが、藍髪の方は顔すら見ずに男達の横を通り抜けようとする。その行動に苛立ちを覚えた冒険者が顔を怒りに歪めた。


「おい! 無視すんじゃねぇよ!!」


 怒声を上げながら手を伸ばす冒険者。その手が肩を掴むかと思われたその時、藍髪の少女の姿が視界から消えた。


 そして、次にその男の目に映ったのはギルドの床だった。


 何が起こったのかまるでわからない。気がつけば藍髪の少女に男は組み伏せられていた。


「今度私達に関わったら容赦しないわ」

「なっ!! てめぇ……!!」


 顔を真っ赤にさせながら力ずくで起き上がろうとする男の顔の前に、グサリと青白い騎士剣が突き立てられる。それを見た男の動きがピタリと止まった。

 その光景を呆気に取られた様子で見ていたもう一人の男が慌てて行動を起こそうとする。だが、藍髪の少女は目にも留まらぬ速さで騎士剣を抜くと、男の首元にその切っ先を合わせた。


「……二度目はないわよ」


 鷹のように鋭い眼光で睨むと、男達は壊れた人形のようにコクコクと首を動かし、脱兎の如く逃げ出した。その様を見ながら藍髪の少女は自分の身の丈程ある騎士剣を軽く振ると、自分の腰に戻す。そんな少女に金髪の少女が笑顔で話しかけた。


「流石はグレイス! あの二人、半べそかいていたわよ!」

「あの程度の腕で私に絡んでくるって事は新参者ね、あの二人」


 グレイスはどうでも良さそうに二人が出て行った冒険者ギルドの出口を一瞥する。そして、そのままギルド内に視線を走らせると、その場にいた冒険者達が揃って視線を背けた。


「……あなたの眼力、凄いわね」

「骨のある男がいないだけじゃないかしら」


 そう吐き捨てると、グレイスは依頼の書かれた紙が貼られている依頼ボードの方へと歩いていく。そんな彼女の姿を、ここにいる男達は顔を向けずに目だけで追っていた。


 王都の冒険者ギルドに長くいる者は知っている。綺麗なバラには棘がある、特に氷でできたバラには近づかない方が身のためだ、と。



「おめでとうございます! エステルさん、Dランク昇格ですよ!」


 依頼票を持っていくと、受付嬢が溢れんばかりの笑顔を二人に向けた。突然の事で目をパチクリさせていたエステルは、言われた事を徐々に理解したのか、その顔に段々と笑みが広がっていく。


「本当に!? やったー!!」

「おめでとう」


 親友の喜ぶ姿を見て、グレイスも柔和な笑みを浮かべた。その顔があまりにも美麗で、ぽーっと一瞬見惚れてしまったエステルは頭を左右に振ると満面の笑顔を向ける。


「ありがとう! グレイスのおかげよ!」

「そんな事ないわ。エステルが努力したからこそよ」

「そうですよ! ゴールドフィッシュじゃDランクにはなれません! ギルド職員もしっかり見ているんですよ?」


 受付嬢は握りこぶしを見せ、力強い口調で言った。ゴールドフィッシュは金魚の意、金魚の糞のように力のある冒険者についていく冒険者を皮肉った呼び名である。


 喜びを身体全体で表現していたエステルであったが、急にその表情が曇る。


「でも、まだDランクなのね……グレイスには全然追いつけないわ」

「グレイスさんは異常ですからねー」

「……異常っていうのは失礼じゃないかしら?」

「すすす、すいません!!」


 わざとらしく顰めっ面でグレイスが睨むと、慌てて受付嬢が頭を下げた。それを見てグレイスは苦笑いを浮かべる。


「冗談よ。本気にしないで」

「なんだ冗談か……もう! 心臓に悪いですよ! グレイスさんは怖いんですから!」

「……本当に失礼ね」


 受付嬢の素直な物言いを聞いて、グレイスが呆れたように呟いた。


「と、とにかくめでたい事には変わりないです!」

「そうね。学院に入学してからだから二年ぐらいかしら? それでGランクから三つもランクが上がれば大したものだわ」

「そ、そうかな?」


 二人の言葉にエステルが照れたように笑う。冒険者ランクとは冒険者ギルドが独自に決めた冒険者の強さの指標であり、紙ペラ程の価値しかないと言われている冒険者の命を無駄に散らさないためにも、ランクに合わせた依頼を冒険者に提供するのがギルドの仕事だ。

 大体、一般の冒険者が生涯到達できるのがDランクかCランクと言われているのだが、この若さでDランクまでいったエステルはやはり天才と言わざるを得ない。


「まぁいいわ! このままガンガン依頼をこなしていって、すぐにグレイスの所まで行ってやるんだから!」

「ふふっ、期待しているわ」

「えぇ! 覚悟しておきなさい!」


 やる気満々といった様子の親友を微笑ましく見守るグレイス。そんな二人を受付嬢はニコニコ笑いながら見ていた。


「いや〜華のあるコンビですね〜! エステルさんが冒険者になってくれて本当に良かったです! 以前一人でやっていた時のグレイスさんはかなり近寄りがたかったですからね!」

「そうなの?」


 エステルが顔を向けると、グレイスは肩をすくめて答える。


「そうですよ! '氷の女王アイスクイーン'の二つ名に相応しいくらい冷たい態度でした! 特に勧誘に来る男の冒険者には極寒かと思えるくらいでしたよ!」

「あー……それはダメね。グレイスは男嫌いだから」

「えぇ。その後をフォローするギルド職員の気持ちになって欲しかったです」

「そこまで面倒見れないわ」


 少しだけバツの悪そうな顔でグレイスが呟く。そんな彼女の肩をエステルがポンポンと優しく叩いた。


「とにかく私が冒険者になってよかったって事ね!」

「そういう事にしといてあげる。……さて、そんなに時間もないんだから、さっさとクエストをこなしに行きましょう」

「あっ、そうだ! この依頼、お願いするわ!」

「わっかりましたー! なになに……オークの討伐ですか……お二人なら大丈夫だと思いますが、気をつけて行ってきてくださいね!」


 受付嬢が元気のいい声で依頼票を受理する。そんな受付嬢に見送られながら、二人は冒険者ギルドを後にした。

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