第14話

急激に成長する魔獣なんて聞いたことがない。

そもそも種族の壁を突破して強くなるなんてありえない。


俺は再度魔獣を観察する。

即死の突進を避けながら、上手くケットを庇いつつ魔獣から距離をとる。

大きな牙、紫色の体毛。鈍重そうに見えて素早い動き。


「明らかに限界以上の魔力を保有してるな」


変異する条件は環境や経験がほとんどだ。

となれば、この個体も魔力濃度が激しい環境から来たのか、魔力が急激に上がるような経験をしたのか。

木々にぶつかって傷つく牙や身体を見るに有り余る魔力を制御できずに暴走してる。となれば後者か。


「可能性は低いが、そう考えるしかないな」


思考を巡らしながら五度目の突進を避ける。

しっかしこの身体は動きにくいな、もう少し真面目に運動して体力を付けるべきだったか。


「嫌だ。だるい。無理」


「急にどないしたん?」


「いや、なんでもない」


そろそろ真面目に倒さなくちゃな。


「魔力回路、構築」


魔法とは内なる魔力を『奇跡』へと変質させる神の御業。

その御業は生き物の体内に生成される魔力回路によって決まる。


「並列回路、構築。

ケット、ポケットの中に隠れてろ」


俺は左腕で無属性魔法の球体を構築し、右腕で炎の属性回路を構築する。魔獣の突進が始まり、無属性の球体を魔獣の突進に合わせて配置してから俺は急いでその場を全力で離れる。


「突進は直線、止まる位置は把握しやすい!」


魔獣の突進した先には何の変哲もない魔球が浮かぶ位置で止まる。

回路が届くギリギリまで逃げた俺は右腕を魔球に向ける。


「回路連結、切断ッ!!」


魔球が突然巨大な轟音とともに爆ぜる。魔獣を飲み込み木々を吹き飛ばすほどの威力を持った爆発は辺り一帯に土煙を残して消える。


「ふぅーー、どうにかなったかな」


「何をしはったの?」


「属性と属性は反発し合うんだ。それを無理矢理繋げて暴走させる技だな。

あ、これは皆に内緒にしといてくれよ。なるべく俺の実力は隠しておきたい」


「スーちゃんの正体はバレたらスーちゃんが危ないんやろ?

なら、死ぬ気で守るのは当然やねぇ」


「いや、死ぬ気で守らなくていいからな」


俺は服に付いた土を払いつつ、魔獣がいた方へと視線を向ける。


「身体とか残ってねぇかなぁ」


「どうやろうねぇ」


俺たちが魔獣のいた場所に向かおうとした瞬間、何やら嫌なものを感じた。ケットもそれに感じたのか髭を震わせている。


土煙に巨大な影が現れる。


嫌な予感は的中する。

土煙の中からゆっくりとその巨体を露にする。爆発によるダメージは与えられているが、まだまだ動けそうだ。


【殺す!殺す!人間ッ!!】


深い怨嗟の声が鋭い殺意とともに頭の中に響く。


「念話か」


「うぅ、えらい怒ってはりますなぁ」


「人間への復讐って感じか。

つまりこいつは食料を奪いに来たんじゃなくて、人間を殺しにきたのか」


しかし、先ほどまで念話なんてしていなかった。

更なる成長をしたのだと考えると、速攻で決着をつけなければならない。


「面倒だが、あれでもやるか」


俺は再度魔力回路を両腕で別々に作る。


【死ね!死ね!死ね!人間ッ!!死んでしまえッ!

何故我々が殺されるッ!ただ森の中で平穏に生きる我々がッ!!!

食料のためであれば諦められた!!脅威であったのならば理解できた!!

しかし結果は『ただそこにいたから』だと?

納得できるはずがないだろう!!

貴様らは悪だ!故に殺さなければならん!!母や父のためにも、我が群れのためにも貴様らは絶滅しなければならん!!!】


魔獣の絶叫が頭に響く。


「…復讐、か」


それは嘗ての自分にあてはまる。

何もできず、何も守れず、何も得られず。

全てを失い、意味を求めた。


そうしなければ生きられなかった。


「ケット、少し離れててくれるか?

アイツは人間を狙ってる。つまりは俺だ。お前は狙われない」


「もしかして、あの魔獣助けたいって思うてはる?」


「あーー、ダメか?」


「ふふ、ええよ。スーちゃんが助けたいって思ったんならね」


ケットはニヤッと笑ってポケットから飛び降りて森の中に逃げていく。


「相変わらずだよな、アイツも」


猫になっても、あずまのままだ。


【死ね、人間】


巨大な体躯が空気を押しのけながら迫る。

復讐の怨嗟と失う絶望を乗せ、即死の弾丸となって。



「は?」


突然魔獣が視界から姿を消した。


「チッ、こんなところまで逃げてきやがってよぉ」


森の中から赤髪の男が姿を現した。

巨大な剣を持ち、肉体は鋼のような筋肉に覆われている。明らかにハンターの風貌ではない。何処かの貴族に雇われた傭兵だろう。


「あんまり遅いと減給されんだけどなぁ」


「おい、魔獣狩りなら他でやってくれ」


「あぁ、んだよ。ハンターか。悪いなぁ。

そいつは貴族様のペットみてぇでな。連れて帰らねぇと怒られんだわ」


「魔獣をペット?」


「優秀な魔法使いを集めて魔獣の研究をやってるみたいだな。

そんで、そこのイノシシは貴族んところから逃げた魔獣だってわけだ」


魔獣の研究。

恐らくそれによって、この魔獣は驚異の成長スピードと大量の魔力量を手に入れたのだろう。


「それが重罪だってことは知ってるよなぁ」


「はぁ、テメェ、真面目ちゃんかぁ?

虎の威を借りたくはないんだが、相手が貴族って知ってるよなぁ」


「残念だが俺の標的はお前に変わったよ。ハンターの仕事には罪を犯した者の拘束常務もあるんだよなぁ。

お前、悪事の一つでも犯してんだろ。断罪の教会に行けばわかることだ」


「ハッ!その発想、テメェの方が悪人だろうが」


【あぐぁ、貴様ッ!貴様ぁぁぁぁああ!!!!!!!!】


「うるせぇよ」


男は先ほどの魔法を立ち上がろうとした魔獣にぶつける。

巨大な爆発を受けて魔獣は再度地面に身体を打ち付けて止まる。


「……おい、何してんだ」


「何って、殺してんだろうが。

あんな巨体に育ったんじゃ連れて帰るのは無理だろうしな。うるせぇし。

適当に殺して帰るしかねぇな」


「そうか…死ねよ」


俺は男の背後に移動させていた魔球を爆発せるが気付いていたかのように避けられる。


「あっぶねぇなぁ。

なんだぁ、あの魔獣に同情でもしたか?笑わせんな。

ただの家畜だろうが」


「もう喋るなよ」


「はぁ、ったく、面倒だなぁ。

俺の名前はジンだ。よぉ覚えて死んでいきな」


「興味ないな」


魔術回路、並列構築、並列展開、二重接続、解除。


二つの魔球が同時に爆発する。

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