嘗て勇者の仲間だった俺

淀水 敗生

第1話


夏は嫌いだ。

特に日本の夏は湿気があって蒸し暑い。衣服が身体に張り付いてベタベタするし、髪もグシャグシャになって情けない。

寒さは厚着すれば耐えられるが暑さだけは無理だ。全裸になったとしても暑いものは熱い。


腕を上げる度に汗が落ちる。足を上げる度に疲労という重力が俺の足を重くする。

夏に長距離走なんてやるもんじゃない。

というか何故夏に長距離走なんだ。


そういうのって普通冬とか寒い時期だろう。

倒れたらどうするんだ。


もう諦めた。歩こう。

後ろから教員の怒号が聞こえるが無視だ。歩けないものは歩けない。というか暑い。


俺の横を何人もの学生が走り抜けていく。


「元気でいいねぇ。リザードマンかよ」


「リザードマンって何よ。相変わらずわけのわからん例えするわね」


横合いから抜けてきたの黒髪をポニーテールに結んだ長身の女性だ。名前は寺門てらかど美希みき。成績イマイチスポーツ万能の狼族のような奴だ。


「うるさいオオカミ女。俺は疲れてるんだ。適当に歩いて終わるから早く先に行け」


「誰がオオカミ女かッ!」


寺門が飛び付いてきたが暑い中でひっつかれても困る。これがまだベットの上なら雰囲気も出ただろうが生憎ここは屋外の炎天下であり、雰囲気もテンションも限りなくマイナスに限界突破している。


オオカミ女の突進を避けて、服をパタパタと動かして空気を入れる。殆ど熱風しか入らないが誤魔化しは効いている筈だ。


「まったく。サボってたら先生に怒られるんだから、サボるにしても程々にしなさいね」


「わかってる…」


体育教師の水橋は怖い先生として有名だ。まぁ正直怒るだけで殴るだのといった実力行使をしてこないのでコチラとしては恐怖の対象では無い。

まぁ説教時間の長さを考えれば恐怖しかないが…。


俺はダラダラと暑さを忘れるように他事を考えながら歩く。するといつの間にか長距離走は終わりに近づいていた。

俺は教師にサボりがバレないように走り出し、さも全力を出し切りましたという顔でみんなのもとに戻る。


「霧島ッ!!

もっとガッツを見せんかッ!!」


アッツ!

ただでさえ暑いのに…。

俺は水橋の説教をフラフラと回避しつつ、木陰に入って座り込む。


「スーちゃんまたビリやったねー」


「ケット・シーか…」


「僕もけったいな愛称付けとるけど、スーちゃんも大概やねぇ〜」


猫のようなしなやかさでするりと俺の横に座ったのは鈴木すずきあずまだ。猫のような目でニヨリと笑うと水筒を渡してくる。


「あぁ、ありがと」


「スーちゃん面倒な事は嫌いやからねぇ〜」


「帰って寝てぇわ」


「スーちゃんは変わらへんなぁ」


東とは中学生からの付き合いだ。面倒くさがりの俺と似ているためウマが合ったのだろう。


「っと、そろそろ教室に帰る時間やね」


水橋の長い話を聞き流し、ようやく教室に帰ろうとした寸前、俺はグラウンドの端に立っている人を見つける。


「ケット・シー」


「なんやろね。夏場なのにフード被ってはるわ」


顔も見えない不審者はゆっくりとした動作で片手に持っていた杖を構える。

その瞬間、俺は背筋にゾクゾクと嫌な冷気が稲妻のように脳へ走るのを感じる。


「東ッ!!」


俺は咄嗟に東を庇うように抱きついて地面に伏せさせる。


次の瞬間、グラウンドは目を瞑りたくなるほどの光量に包まれる。


見た事のある光だ。闇の中で輝き、俺をここへ連れてきた光。

俺は目を劈くような光の中でフードの男へと走る。

この行為に意味の無い事を俺は知っている。しかし咄嗟に身体が動いたのだ。何故俺はになってしまったのか。


「…待てッ!!」


しかし、俺の足は徐々に地面を踏みしめる感覚が消えていく。


あ、これもう無理だな。存在が消えかかっている。

俺は早々に諦めて空を仰ぎ見る。


…はぁ、疲れた。



▼▼▼


澄んだ空気、澄んだ川。

知っている。俺はこの場所を知っている。


ユグドラシル王都の近く。ルクイドの森だ。


「帰ってきたのか…」


懐かしい匂いだ。

もう戻る事はないと思っていた。

もう思い出す事はないと思っていた。


「……はぁ」


人生に意味などない。行き着くべき場所など存在しない。

しかし、もし、もしだ。本当にそんなものがあるんだとしたら、もし、また同じ道を歩めと言われているのならば、俺は願い下げだ。


俺はゆっくりと腰を下ろして、ぼーっと空を眺める。


とりあえず、ケット・シーを探さねぇとな。



▼▼▼


数十年前、魔王の侵略に対し、ユグドラシル王国は一人の勇者を選定した。

五人の従者を引き連れ、艱難辛苦の旅路の果てに勇者は魔王へと迫る。しかし、魔族が人間と変わらない価値観を持っている事を旅の中で知った勇者は長い交渉の末、王国との戦争を終結させた。


この英雄譚は数々の吟遊詩人によって歌われ、勇者の銅像が作られるほどに至った。


しかし魔国との友好を築いたユグドラシル王国は他国から人類の敵と見なされ、戦争を仕掛けられるようになる。

更に他国はユグドラシル王国に勝つ為、各国の象徴である神の力を借りて異世界召喚を発動させ、神の加護を受けた異界者を召喚する。

ユグドラシル王国国王、ゴルゴン・マハラ・ユグドラシルは他国に対抗するため、同様に異世界召喚を試みる。

数十人の死刑宣告を受けた罪人達を集め、彼ら血と魔力を持って召喚を試みたのだ。


結果、召喚は成功し、神の加護を受けた若者達を召喚する事ができたのである。

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