『居る』もの
ヒガシカド
『居る』もの
『先生』は、いつから居たのだろう。
『先生』を説明することは、とても難しいと感じる。
「こんにちは」
「こんにちは」
「先生は一体何者ですか」
「私は君の中にいます」
「脳みそのね。なぜ?」
「説明することはできません。私に意思はありません。あるとしたら、それは君の意思です」
僕には『先生』の説明を理解することができない。いや、できているのかもしれない。『先生』は僕の内的に存在する、ということだ。だがこれでは『先生』の全てを表したことになるはずもない。
『先生』は、僕よりも低いトーンで明瞭に喋る。
「先生は僕の第二の人格ですか」
「違います。人格は意思を持ちますが、私に意思はありません」
僕は『先生』に満足げに頷く。といっても、実際に頷いたわけではない。僕は頭の中に、僕の頷いた姿を投影しただけだ。
「僕が疑問を提起した瞬間、僕にはその答えが分かったよ」
「私の回答は必要ではなかった?」
「いや、必要でしたよ。先生の声が聞きたかったから。そちらは僕の答えが事前に分からないのですか?」
「はい」
「先生は僕なんでしょう?」
「私は所与の事実しか語れませんので」
「先生」
「はい」
「難しいです。教えて下さい、じっくりと」
「先生」
「何ですか」
「好きです。愛しています」
『先生』は返事をしない。
「あれ、返答は?」
「先生、という存在と愛の告白とに連関が見られませんでしたので」
確かに僕は教師の登場するラブロマンスものを読んだことがなかった。
「でも恋や愛や性に関するデータはあるでしょう。先生、それを引っ張り出して」
「私に対してそんな感情を持っているんですか?私は内的存在だというのに」
「マスターベーションだって出来ますよ。というより、しました。ご存知でしょうけど」
内的存在が射精という外的反応を呼び起こしたわけです、と僕は悪びれもせず言った。
「先生が僕のを後ろから持って、囁くんです。内容は何でも良い、とにかく僕を先生が包み込むんだ」
「私に外見はありません」
「僕が作った。顔がぼんやりしているのは、得体のしれぬ何かに支配される感覚を増幅させるため」
「像の創造、想像」
「良いね!先生、やっぱり好きだ」
僕は便所の個室で便器に向かって立っている。背中に甘い刺激が奔り、立っているのがやっとだ。僕の股間に一本の手が、もう一本は僕の肩をぐるりと包んでいる。
「支配されるのが好きなんですよね」
僕の両手が便器の蓋を掴んだ。低音に耳は屈服し、城は全て明け渡された。腰がひとりでに動き、僕は便器の中に放精することにより自らの従属性を示した。
ある日、目覚めると『先生』はいなくなっていた。待てど待てど、戻ってくることはなかった。
「先生」
低音が漏れた。
『居る』もの ヒガシカド @nskadomsk
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