追撃準備

 上半身だけとなった魔王が飛び去った後、父だった・・・モノの変わり果てた姿と母の死を知らされたソフィアは泣き崩れ、そのまま床に倒れ込んでしまった。

 プラーガの街は再び動力を電気から錬金術に切り替えられた。例外はワイズマン家だけである。

「なんで戻すんだ。また魔王が来たら町が止まっちまうぜ」

 ガストンはオリヴィアに抗議する。

「発電所の都合がございますのよ。それに魔王は二度とこの街に来させません」

 オリヴィアは扇子で口元を隠して言った。ガストンに対しては相変わらず険しい表情だ。機械仕掛けの剣士イースには微笑んでたというのに。

「ふん。そりゃ、けっこうなことで」

 ガストンが首を振りながら言う。この女が何を考えているのか分からない。

「さっき、魔王めがけて雨あられと降らせた爆弾に混ぜて、やつの居場所を分からせる仕掛けを混ぜておきました。女魔王イブリータがあなたの首につけていた魔法仕掛けを科学の力に置き換えたもの。結果はこの地図に光として表示されますのよ」

 オリヴィアが言ってる間に壁が左右に分かれ、王国の地図が出現した。ほぼ一直線に並ぶ「墓守の町」と「錬金術都市」、そして「王都」。輝点はごくごくゆっくりと「錬金術都市」から「王都」へ向かっていく。

「追おうぜ」

 ガストンはもう槍を手にして走り出したい気分になってきていた。それが冒険者というものである。

「言われずともそういたしますわ。でも、ワイズマン家は魔王退治だけが仕事じゃございません。この街の生産と経済を守ることが大切。まず、一時間で街の片付けをやってしまいますわ。追うのはその後です」

 オリヴィアの言葉に、思わずガストンは舌打ちをしてしまった。ガストンの得意は走り回って槍をふりまわすこと。待つのは一番の苦手だった。

「ひどいめにあった娘さんは戦線を離脱して、うちの用意した宿屋で待機。弓のエルフの方はこれからは出番なしですのでご自由に。蟷螂人間マンティスターのみなさんはこの部屋に残ってください。槍のご老人は町を片付ける者たちの警護を。終わったら戻ってきてください」

 焦れるガストンにお構いなしで、オリヴィアはてきぱきと指示を出していく。この街を牛耳る名家の令嬢というのは伊達ではないと言わんばかりに。

「ああ、言い忘れてました。槍のご老人は街に出ても、決して勝手にどこかの店には入らないで。時間がないのです。すぐにここに戻ってきていただきます。遅刻は許しません」

 老人を睨みつける。

「へいへい」

 ガストンはいいかげんな返事をした。

 外仕事があるのはガストンにとっては幸いだった。ソフィアのことが心配だったが、こういうときにいい励ましの言葉を思いつけるたちでもない。

「ソフィア、ゆっくり休みな」

 それだけ言って外へ出る。オリヴィアの言う通り、魔王を上下にぶった切って終わりというわけではなかった。街を襲った魔力の奔流は、多くの傷跡を残していた。

 錬金術都市の目抜き通りには、刻まれてもなお動きを止めぬ魔王の巨大なはらわたが夜闇に燐光を放ち、独立した生き物のようにぬらぬらと蠢いている。路地裏や下水道に逃げ込むやつ、やっかいごとの種を残さないようにするのがガストンの仕事だった。

 火事場見物の若い男女がいた。二人ともへらへらと笑っている。少し酔ってるようだった。もっとも何に酔っているかは定かでない。ここは錬金術都市。成分抽出用のアルコールから一般の者は聞いたことがないものまで魔法と科学の薬物がなんでも揃っている。

 若い男は阿呆面にふさわしい内容を連れの女に喋る。

「見た? さっきのでっかいやつ。上下に真っ二つ。そんで下が吹っ飛んでやんの。本当の『下半身爆発しそう』ってやつぅ」

 ずいぶんと下品な冗談だったが、女は笑っている。きっと二人はできてんだろうとガストンは思った。その時、魔王のはらわたの残骸が不意に男にとびかかった。下品な言われように腹を立てたのかもしれない。

 とっさにガストンが反応し、オリハルコンの槍で突く。間一髪、臓腑は動きを止め、灰に変わって風に散っていく。

「ああ、まったくもって気色悪ぃな」

 まだ槍を構えているガストンが言っている隣で、若い男は腰を抜かして、ガニ股で手をついて道路に倒れこんでいる。そしてそのさらに隣では連れの女が大笑いしていた。男は一歩間違えば死んでいたかもしれないが、今の無様な格好が面白くてしょうがないのだった。

「まったくお似合いだぜ、あんたら」

 阿呆どうし仲良くやってくれ、とガストンは思う。

 ちょっとした立ち回りを演じてしまったガストンの左隣りではマスクをつけたメイドたちが働いていた。長火箸で、まだ収縮を繰り返している魔王の断片をとり、ワイズマン家の紋章のついた試験管に入れている。

「おいおい、そういう物騒なものを持って帰らねえほうが…」

 とがめたガストンを一瞥しただけで、メイドたちは無言で採取作業を続ける。

「後でどうなっても知らねえぞ」

 ガストンはそれ以上に事を大きくする気にもならず、口をつぐんだ。そんなのオレの仕事じゃねえしなと。

 そして、彼は改めて冒険者に求められている責任の軽さを感じた。クエストを受注したら、その内容だけ果たす。後で困り事が起ころうが咎められない。

 モンスター退治の後、冒険者が現場を片付けずに帰ったせいで、遺骸から出た瘴気で人が死んだ例も知っている。そのとき罪に問われたのは冒険者ではなく、クエストの発注者だった。冒険者には後先考えて行動する奴は一人もいないと思われている。後先考えた仕事をさせたいと思うのならクエスト発注者が微に入り細に入りクエストの発注書に書き込まねばならないとされている。

「俺たちゃ、まったくガキの使いだぜ」

 ガストンはつぶやく。イキるやつ、吠えるやつ、泣くやつ、馬鹿笑いする奴。さっき路上でみた男女と違って素面しらふでだ。まったくガキんちょ、ばっかりだーーだから冒険者は楽しいんだ。やめられねえ…。

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