蒼き光芒
街を見回っているとすぐに時は過ぎ、約束の時刻がやってきた。わずかな時間だったが、ワイズマン家のメイドや街の人たちの作業により錬金術都市はほぼ魔王襲来前の状態に戻っている。
「オリヴィアのやつ、なかなかいい
口の悪いガストンも認めないわけにはいかなかった。
ワイズマン家の屋敷ではオリヴィアと左右にいるメイドたちが一瞬も目を離すことなく魔王の居所を示す地図を監視し続けていた。
「敵はやっと王都の入り口にさしかかったところですわ」
オリヴィアが入り口に目を向けないまま言う。
「
ガストンは尋ねる。王国が誇る瞬間移動装置を使わずして追いつける速さや距離ではないと思ったのだ。
「いいえ、そんな魔法じかけじゃなくて今度は自前でまいりますわ」
「ほぉ、自前で…」
言ったがガストンはこの女が何をしようとしているのか想像がつかない。まあ、いつものことだが。
「ワイズマン家には自分たちの先祖は銀色の船に乗って別の世界からやってきた、そんな言い伝えがございます」
とオリヴィアは言い出す。
「そんな言い伝えがあればすぐに伝承歌になってても良さそうなもんだが、いま知ったぜ」
何言い始めたんだこの女、とガストンは
「そりゃ、いま、初めて言ったんですもの。一族の秘密でしたから」
「その秘密をなぜ俺みたいなのに話す?」
「秘密が秘密でなくなる時が来たからです」
オリヴィアは言い、メイドに目配せした。
相変わらずこの女が言ってること意味わかんねぇなとガストンは思ったが、数分後には彼女が言う意味が理解できるようになった。なぜならば…。
まず屋敷全体が激しく揺れ始めた。
「まだ微調整が必要なようですね。イース、制御式を書き換えて」
オリヴィアの後に控えていた機械仕掛けの少年の目が光る。彼の目の前を流れていく緑色に光る文字列。
「お姉さま、調整作業完了しました」
「上々です」
オリヴィアが少年の頭をなでる。少年は顔をあげ、心底嬉しそうな笑顔をみせた。
「で、クエスト主よ。いつになったら出発するんだ」
痺れが切れてガストンが尋ねる。お預けはもうこのへんにしてほしかった。
「出発? もう向かっておりますわ。ほら」
近くの山が斜めにかしいだ。山? 錬金術都市の近くに山などなかったはずだが…。
ガストンはバルコニーに立つ。高い。屋敷は空を飛んでいた。眼下に見える銀色の塊。そしてさらにその下にある草原や森。
「なんで屋敷が飛ぶ…」
ガストンは初めて気づいた。自分は地面なしで高いところにいるのは苦手だと。今まで生きてきたなかで、ここまでの高みに登ることはなかった。不安になって、思わず槍をつかんでしまう。
「ああ、ちょうどよかった。その槍、お預かりいたしますわ」
メイドがやってきて槍をつかむ。ガストンは抵抗しなかった。揉め事を起こしてどうする。空の上に逃げ場はないのだ。
「ありがとうございます。でも、それはもともとうちの家宝のひとつなんですの」
ガストンはそれがどういう意味か聞きたい気もしたが、この女の言うことはいちいちわけがわからないので、質問するのをやめた。自分に関係したことなら、後から分かるのだ。急かしたがすでに出発していた空飛ぶ屋敷のように。
「今ごろ、ソフィアやララノアはどうしてることやらな」
このでかぶつが飛び立つ時、怪我でもしていなければ良いがとガストンは少し心配になった。
錬金術都市プラーガ。伏せってしまったソフィアを心配してララノアはベッドの傍で付き添いをしている。時折、廊下に出て矢をつがえぬまま弓を引き、指を離した。
「しかし、弓の音に怯えて魔族が近づかぬというなら、弓兵は誰も魔王大戦でひとりも死ななかったはずだ。実際にはそのようなことはなかった。つまり、これは迷信だ。気休めにすぎぬ」
ひとりごちた後で部屋に戻る。いまのソフィアに必要なのは気休めかもしれないと思いながら。
新月の無明を僅かに照らすランプの光。ほのかなオレンジ色の光に包まれてソフィアは目を閉じていた。静かな呼吸にあわせベッドの上で胸が上下する。組んでいたソフィアの両手をララノアは外す。胸の上に手を置くと心臓の音が響いて悪い夢を見ることがある。いまは安らかに眠ってほしかった。
空に稲妻が走る。ララノアが見上げると銀色に光る何かがあった。何か――今まで見たことがないほど巨大な空を飛ぶもの。
ララノアがそれを宇宙船だと知らされるのは後の話。いまはひたすらに目を見張ることぐらいしかできなかった。
眠っていたソフィアがうっすら目を開けた。
「何? また…」
寝ぼけているが言いたいことはわかった。
ララノアは
「大丈夫、ただの夢よ」
と言った。
蒼き光芒を放って銀色の宇宙船は飛んでいく。
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