帰還者

 ゾンビになってもバーク・ラズモフスキーだったものが、記憶を維持できているのは決して偶然ではない。「死人も蘇らせる」と謳われた彼の治癒魔法が、死してなお、自身の脳神経の配列を守り続けたのである。バークの死後に魔王の遺体から押し寄せた大量の瘴気が彼の脳神経を変性させ、外道の物理法則で生前と同じ信号を発生させ続けているのだ。この動く屍体、帰還者レブナントはゾンビの執拗さとおぞましさ、人間の知能を併せ持っている。

「思い出したぞ。死ぬのは、死ぬほど苦しかった。息ができない。心臓が痛い。頭が痛い。胸が痛い。腹が痛い。だんだん身体が腐っていく。私は苦しみ抜き、世界を恨んで死んだ。この身体は傷みと憎しみを核としてできているのに違いない。死ぬとすぐに、新しい苦しみがやってきた。屍体になった自分を動かす新たなかりそめの命は、私に他人の命を奪わないではおられないごうを与えた。時々、記憶が蘇り、私はバークになる。バークには王から承った使命があり、待っている家族がいる。なのに、オレは本当はバークじゃない。だから腹が減ったら人を食い殺すんだ。そして、人間の記憶とゾンビとしての今の違いが私を苦しめ、苦しみぬいた末に唸り声をあげながら意識を失う。私は頻繁に人を殺したが、都合よくそれを忘れた…」

 レブナントが言う。

「長台詞の懺悔ご苦労さん。さあ、消える時だ!」

 ガストンは聖槍を繰り出す。

 レブナント・バークの鼓動しない心臓を抱えた胸を金色こんじきの輝きが貫くとみえた寸前、大気のなかに黒い渦が巻き起こった。ガストンのオリハルコンの槍は押し戻される。

「なんだ、この小細工は?」

「魔王ともなれば、いろいろとな」

 ガストンの問いにレブナントは笑みを浮かべて答えた。

 黒い渦がレブナントの身体を包み込む。

 ララノアが矢を射掛けたが、渦に巻き込まれ、床に突き刺さるだけに終わった。

 無言でレブナントを睨むララノア。しかし次の矢をつがえることはない。今、無駄に矢を失うときではないと悟ったからである。

「この偽者!」

 ソフィアは歯噛みして、近くにあった椅子を投げつけた。それは相手に届くことなく、砕け散った。

「私はお前の父親とは別の存在のようだ。イライザもそう言っていた」

余裕をみせつけるためか、レブナントは姿を隠したままで話を続ける。

「イライザに? 何をしやがった!」

 ガストンは効果がないと知りつつ、黒い渦を槍で突いた。その右脇腹をかすめて矢が空を切る。

 適当に突いた槍に手応えがあった。

 黒い霧が晴れ、レブナントの姿が現れる。左半身のほとんどがオリハルコンの槍に浄化され消滅していた。

「悪気はなかった、とは言っておこう。体調を悪くしたイライザに私はヒールをかけたのだ。死人がかけるヒールは生者の活力を消耗させる。そして、彼女が苦し紛れにぶつけてきたヒールは今の私には毒だった。生きる者と死してなお動く者。共に時を過ごすことはできぬ。イライザは死んだよ」

「母さんが…」

呆然とするソフィア。

「子を思う親心というのはこれでよかったのかな。まあ、良い。すでに私はバークではない。邪魔になりそうな記憶は後で消しておこう。娘お、次にまみえるときは、命はないものと思え」

レブナントの身体の失われた箇所が一瞬で再生する。

「これが今の私の力。その一部だ。逆らえば死あるのみ。錬金術機械だけ置いてワイズマン家は去れ。用心棒は里に帰れ」

再び、魔王と合体しようとレブナントは歩きはじめた。その無防備な背中に赤い光が当たる。光は身体を貫通し、レブナントは燃え上がった。

何体もの蟷螂人間マンティスターが飛びかかり、両手の鎌でレブナントを切り刻む。首を刎ねて勝負あったかのように見えた。しかし…。

「無粋な亜人どもめ…。別れの場面を台無しにしおったな」

地に落ちた首がなおも言葉を発した。

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