人間の証明

 魔王大戦の終盤で封印魔法に巻き込まれて消息を絶ったとき、バーク・ラズモフスキーは二十代の後半だった。

 今、静かに歩み寄ってくる男は当時のラズモフスキーのままのようにガストンには見えている。服装さえも以前のままだ。

「おっと、そのへんで止まってくれないか。あんたに聞きたいことがある。膝つき合わせてとはいわないが、立ち話ぐらいはしてくれるだろ」

 ガストンは言う。

「なんだよ、ガストン。さっきから、あんた、あんたって。昔と同じバークでいいよ」

男は言う。

 生き返った父親の姿を近くで見ようとするソフィアをララノアが後ろから肩を抱いて止めている。ふわりと腕をかけているだけに見えるが、人には引けぬ強弓を片手で操るエルフのこと、ソフィアが息をするのがやっとという強い力がかけられていた。

「バークだと思えないから、そう呼ばない。お前はなぜ、ここに来た」

「尋問か、ガストン。門を守る衛兵にでもなったほうがいいんじゃないのか。歳をとっちまって、もう冒険は無理だ」

「それもいいかもしれねえな。心配ごとがなくなれば」

「金の心配なら要らない」

「大戦墓苑のドロップ品か? 地獄の河の渡り賃に置いといてやれよ」

ガストンが言うと男はそれを鼻で笑って返す。

「やめてくれ。はした金の話をしてるわけじゃない。大いなる冒険に対する報酬だ。ギルドやパーティーのピンハネなし。免税特権つきの大金の話さ」

「国王との秘密の約束かなんかか?」

税の話が出てきたので察したガストンが尋く。この国では脱税は王国に対する反逆として扱われ、額が大きければ公開処刑される。税の免除を決めることができるのは国王だけだ。

「魔王大戦中に、亡くなった先先代の王から受けた非公開指名クエストだ。書面はあるがことが終わるまで誰にも見せられないから『密約』ということになるかな。魔王の力を持ち帰れ。報酬はワイズマン家にかわって錬金術都市を統治する権利だと」

男が言った途端、オリヴィアの表情が硬くなった。やはり王国はワイズマン家を快く思っていなかった。間者かんじゃを使って探らせた内容を男の言葉が裏書きしていた。

「ほお。それはすげえ話だ。今の王様もそれを承知してるのか」

「してないな、あれは。ただの色男にすぎん。国政は大臣にまかせっきり、王国軍は魔法省が牛耳っている。間もなく魔法使いの時代が来る。耳の長いのや気味の悪い蟲やら汗臭い獣やら、そんな亜人の国は魔王の力で滅ぼして、この世界は人類ヒューマンのものになる」

「人類ね。そう言うあんたの顔はどういうわけか魔族めいてる。さっきまで魔王とくっついてたからか。そんな芸当いつからできるようになった。バークは回復魔法特化で、ほかの魔法はからっきしだったぜ」

「墓地の底でただ死なぬよう回復魔法を使い続けた。ある日、使える魔法が増えていた。それがこの力だ。凄いだろう。ガストン、また私の仲間にならないか。魔法が使えないあんたでも、古馴染みってことで小さな国の領土の支配権ぐらいならなんとかやれると思うが」

「そりゃありがたい話だな。でも、そういうウマい話に乗っちゃいけねえってわかるのが爺の知恵って奴でな」

 ガストンは淀みない動作で背中の槍を構え、躊躇なくバークを名乗る男の腕を突いた。話しているうちに二人の距離は近づき、槍の間合いに入っていたのだ。

男の腕は出血する前にオリハルコンの聖なる力の前に分解される。炭のように黒くなり、すぐに白い灰となり砕け散る。

「万が一と思って急所は外したが、次はねえ。あんた人間じゃあねえよ。頭のあるゾンビだ。聞いたことねえか、『レブナント』って」

 レブナント、その名を聞いたとたんに男の表情が一変する。どうしても分からなかった謎の答えを得たという風に。そして、次の瞬間にはもう男は人の顔をしていなかった。頭脳をもったゾンビらしい、狡猾で邪悪な表情。

「そうか、そういうことか!」

レブナントは声をあげた。

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