墓場から甦った男

「亡者の声に耳を貸すな!」

 ガストンは怒鳴る。魔王の身体を使って大音声だいおんじょうを出している向こうとは違って、ソフィアの声が魔王の首から生えている者に聞こえるはずがないが、彼はあまりに無防備な彼女に腹を立てていたのだった。冒険者に必要な、最小限の警戒心が欠けていると。

「えっ、だって……」

 ソフィアはどうしていいかわからない。喋る屍体などというものは見たことがない。滅ぼされた女魔王イブリータも気になることを言い残していたのを思い出す。記憶を残している者もいたとか…。それらの情報が彼女を混乱させていた。

「魔王の身体を離れる。話を聞いてくれ!」

 言うと、魔王の頭の代わりをしていた上半身がかき消え、地上に影のように一人の男が立っていた。

「雇い主、あの者を射殺いころします」

 窓から身を乗り出してララノアが言う。すでに二本の矢をつがえ、指を離す直前だった。

「お待ちなさい!」

 オリヴィアは強く言い放った。吊り目が鋭くなり、表情はいつに増して険しい。

 ララノアは静かにつるを戻し、じっとオリヴィアの顔を見た。ガストンには軽口さえ言い、ソフィアを我がのごとくに心配する彼女だが、黙っていれば、整いすぎた顔は氷めいた冷たさを感じさせる。

「なんですの!?」

 沈黙に耐えられなくなったオリヴィアが声をあげた。

 それに対してララノアは何も返さない。表情も変えない。しかし、その目は語っていた。「いま、奴を倒さなければお前は死ぬ」と。ララノアもまた、先の魔王大戦を生き延びた者のひとりなのだ。魔王の危険性はよく知っている。

「わ、わたくしには考えがあるのです。従っていただきますわ」

 言わされているとオリヴィアは思った。策があることは今は伏せておきたかったのに、目の前の氷の美貌の主に言わないままでは緊張に耐えられなかった。

 ララノアは少し目を細め、顔を再び窓に向けた。魔王の身体から分かれた者はいかなる外法を使ってかまっすぐにこちらに向かってきている。それを確認して再びオリヴィアの顔を見る。お前にもあれが見えているだろうと。

「あれが何者であろうと阻止はできますの。そう、あなたの手を借りなくても大丈夫ですわ」

 赤い目をしたゴーレムが前に出た。身体を左右に揺さぶりながら駆けていく。そして、黒い影と会敵した。

「泥人形はもとの泥へ戻れ」

 ソフィアの父を名乗る者は言って、軽く拳を引いた。腕の周りに黒い雲が湧く。そして腕を突き出すと、黒雲は渦を巻いて、ゴーレムめがけて向かっていった。

 ゴーレムは黒雲を避けようとしたが、間に合わなかった。黒の端がゴーレムの右肩にかかる。すると、次の瞬間、右肩は崩れ落ちた。

 失われた右腕に頓着せず、ゴーレムは左腕を振り上げて男に襲いかかる。

 男はゴーレムの両の膝に左右の掌を当てた。何のことはない掌底とみえたが、今度はゴーレムの左右の膝が粉砕され、足を失った身体はその場に倒れた。倒れたゴーレムの左肩と頭を踏みつける男。赤い目は光を失いゴーレムは動きを止めた。

「やめてくれ。バーク・ラズモフスキーは生命を司る技を知っている。相手が泥人形であってもな」

 言うと、男はさらに近づいてきた。

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