悪役令嬢の火力
巨人の首に常人の上半身を継いだ異形の魔王は、まだまっとうな首があった頃と同じように巨大な弓を虚空から出現させた。
「いまだに死にきれてねえんだな。可愛そうに」
ガストンが呟く。
山ひとつくりぬいて城塞然としたオリヴィアの屋敷に次々と巨大な火矢が突き刺さる。そのたびにガランガランと音を立てて巨大な階差機関に使われていた真鍮製の歯車が下に落ちていった。
「いいのかよ、あんた。これじゃ、城の中身がむき出しになっちまうぜ」
ガストンはオリヴィアに言う。魔王相手に後手にまわれば命が幾つあっても足りないとこの老人は身にしみてわかっていた。
「向こうから余計なものを取り除いてくれるとはありがたい」
オリヴィアは笑みさえ浮かべて言う。
「おいおい、こういう時に強がってしょうがないんだぜ」
冒険者の本能が、動くなら今だと叫んでいる。それに従ってガストンは立ち上がった。
「ホイットワース砲用意! 準備できしだい砲撃を開始」
オリヴィアは近くにいたメイドのひとりにそう命じるだけでよかった。メイドは伝声管を使って命令を伝える。
階差機関の残骸を山麓に落としながら無数の砲座が山の奥から引き出された。
「プラーガ」に住む錬金術師たちは、冒険者とは違った重さや長さの単位を使う。
たとえば、この後装式ライフル砲は口径70ミリで、重さ6キロ弱の弾丸を発射する、という具合だ。すべてワイズマン家にあっった本に書かれていたものを使っている。それに合わせたほうが何かと都合がよいからだ。
「攻撃開始します」
メイドが小さく言い、オリヴィアは頷いた。
新手の攻撃かと思うほど大きな爆発音が立て続けに鳴り、立ち上がったガストンは大いによろけることになった。
次々に命中する砲弾が異形の魔王の肉を削っていく。
発射時間をずらして、常に弾幕を張り続ける。
「せっかくですから
オリヴィアは別のメイドに言う。メイドは腰に通信機をつけ、右手にマイクを握っていた。しかし、それが何であるか、ガストンにはまだわからない。黒い何かに喋っているとわかる程度だ。
「ナパーム弾投下」
メイドが無線で指示を出す。
空から魔王めがけて何かが落ちてきた。闇夜なので形や数がつかめない。
しかし、初めて見たガストンでさえ、その効果だけはすぐに理解できるようになった。すさまじい音とともに火柱をあげたからである。
「爆裂魔法の類か? にしたって、魔王にどんだけ効いたか。あいつは炎から生まれたっていうんだからな。炎攻撃には耐性があるだろう」
「黙っていただけるかしら」
ガストンの軽口をオリヴィアが遮った。
「やってることはこの前と似てるけど、今度は魔法理論は一切排除してる。わかる?」
「いや、わからねえが…」
「だから、黙ってくださいな! 焚き火の炎と魔法の炎をわたくしはまだ混同していたのです。『
先程、魔王にナパーム弾を投下した巨大な飛行船が降りてきた。同じかたちのものが10機あった。
「設計図によればあれらは『ヒンデンブルグ号』と呼ばれるもの。今は無人です」
そこまでは科学の力で用意できなかったらしい。脱出したパイロットたちは古式ゆかしい魔法の箒や空飛ぶカーペットで地上に降りてきていた。彼らは降下した場所にあるハッチを開け、地下へ逃げ込む。
「これから悲劇が起こります。皆さま、床に伏せて、今すぐ!」
オリヴィアが言ってすぐに、ふわふわと漂うだけの空飛ぶ機械を魔王は攻撃してしはじめた。ナパームの炎がまだ残る腕をふるって叩き落とそうとする。それが間違いだった。まず、飛行船のなかに詰まっていた水素に引火し、まだ客室に残っていた爆弾も炸裂した。紅蓮の炎を捲きあげ、火柱は魔王の前進を包み込んだ。
もとの頭から叫び声をあげられない魔王は、そのかわりとして生えている人の形をしたものに叫ばさせた。
「やめろ! わからないのか、バークだ。バーク・ラズモフスキーが魔法を使って生き延びたんだ。やっと意識が戻った」
その声を聞いて、ガスオンは口を尖らせた。
しかし、ソフィアは別の反応を見せる。
「父さん、ホントに?」
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