「首なし魔王」対「悪役令嬢」

指名クエスト

「シケてんなあ…」

 家から出てきたガストンの開口一番はそれであった。

「墓守の町」の上には今日も真っ青な空が広がっている。魔王の遺体が消え去ってから、この町にも快晴の日が戻ってきていた。しかし、人々は空を見上げ、溜息をつく。数日前、イブリータ討伐のご祝儀商戦に湧いた町は、いまや人通りもまばらだった。店のなかには昼間から休業しているところもある。また、ドアに手書きの移転案内を出しているところもあった。

 ガストンもまた、しかめ面で空を仰ぐ。瘴気の欠片もない空。魔王がいなくなった場所を警戒する必要もなくなり、「墓守の町」はその由来となった継続的な「墓守仕事クエスト」を失った。主要な産業を失い町は死の危機に瀕している。町がどうなろうがガストンの知ったことではないのだが、さびれゆく町から賭場が撤退してしまったのは大問題であった。

「シケてんなあ…」

 二度目の独り言。内容は同じだった。

 彼の手元には2枚の紙片がある。

 1枚は賭場の引っ越し案内。


さようなら「墓守の町」 ギャンブリングハウス 錬金術都市「プラーガ」に移転オープン。ご来店をお待ちしております!!


 という内容。この町から賭場が消え、よそに行ってしまうというもの。これからは行くにも帰るにも余計に銭がかかるというガストンには辛い内容だった。

 もう、1枚は冒険者ギルドからの指名クエストである。誰かがガストンに名指しで仕事を依頼してきたのだ。そして、ガストンは詳しい内容を確認するためにギルド会館に向かうところである。

 ガストンはギルド会館の入り口で旧知の顔と鉢合わせることになった。弓の使い手、エルフのララノアだ。

「おお、バアサンも呼ばれたのか」

「ふうん、ギャンブル依存症のジジイも呼ばれてたのね」

 お決まりの罵り合いも終わり、二人は息もぴったりにギルド会館の左右の扉をそれぞれ開けてなかに入った。

 貴賓室に通された二人を待っていたのは、またしても馴染みの顔、ギルド会館勤めの回復魔道士ソフィアとその上司のクラリスだ。

「おじさん、また会ったねえ!」

 ソフィアが子どものように無邪気に手を振る。

「イブリータ討伐者の同窓会にしても、会うの早すぎないか?」

 ガストンが言う。その隣でララノアは苦笑していた。

「あの時、皆さんを知った方からのご依頼です。依頼主はワイズマン家のご令嬢」

 とクラリスが書類を用意しながら言う。

「『令嬢』と聞くと、なんだか嫌な気分になる」

 ガストンは思い出していた。さる令嬢から、ずいぶんと上等な睡眠薬入りの紅茶の味と横っ面を殴られた傷みを頂戴したことを。

「ガストンさんとは面識がある方です。私の古い友だちでもあるオリヴィア・ワイズマンからのクエストです」

 クラリスが言ったとたん、ガストンはきびすを返す。

「オレは断る。あんな悪たれとは二度と会いたくねえ」

「そうですか。でも、ソフィアはもう行くと決めているんです」

「え、えぇっ…」

 眉をしかめながら、引き返すガストン。

「あんた、いつもオレの弱みにつけこむんだな。汚えぞ、そういうの!」

 ガストンが言うとクラリスはしばらくだまり込んだ。そして、溜息をひとつついて続ける。

「汚い、のでしょうね。オリヴィアも今の私を嫌ってます。『国軍の犬』だとかで」

「はあっ、じゃあ、なんであんたに頼んだんだ?」

「私にではなく、墓守の町の冒険者ギルドへのクエストです」

「あんたじゃなくギルドが『国軍の犬』なんだろう。この前、黒騎士たちの案内してたしな」

「そうした一切を私が事前に知っていたとしたらどうです」

 クラリスはガストンの顔を見たが、そこに嫌悪の表情は浮かんでいなかった。驚きの表情もない。そのかわりにクラリスが見たのは攻撃的な皮肉な笑み。

「ふうん、『国軍の犬』にしちゃ、また随分と『野良犬』相手にお喋りなこって」

 ガストンの嫌味にクラリスは再びしばらく押し黙った。

「ガストン、いいかげんになさい。この人には組織とか家族とか背負ってるもんがいっぱいあるのよ。背負うものは槍だけっていうようなあんたと違って」

 随分と嫌味な言い方でララノアが割って入った。

「エルフのおエラいさんは、人間のおエラいさんと馬が合うみてぇだな」

 口を尖らせてガストンが言う。

「そういうことじゃなくて…。まあ、いいわ。ガストンにわかりっこない。クラリスさん、話を進めてください。私たちはご指名のクエストを受けにきたんだから」

「まあ、いい。話だけは聞いてやるぜ」

「では、早速…」

 話が逸れ、まったく早速ではなかったが、クラリスによる説明が始まった。

「みなさんへ依頼されたクエストはオリヴィア・ワイズマン嬢の1ヶ月間の身辺警護です。報酬はそれぞれに金貨3袋。前金で一袋。半分終わったところで、もう一袋、終了時に最後の一袋という支払いとなります」

「けっこうな報酬額だな。これからその説明があると思うんだが、どんな危険があるんだ」

 ガストンが尋ねる。

「昨日、オリヴィアのいる城が『首なし魔王』に襲われました」

 クラリスがそう言った後でも、ソフィアは表情を変えず、ララノアは頷くだけだった。驚きの表情を見せないことが冒険者の美徳と言われているのだから、反応はそれしかない。

「なるほど。話はわかった。依頼主に伝えてくれ。今の倍、出せって。なんなら、あんたらギルドの取り分をオレにくれるでも、国に納める税金を調整してくれてもいいんだが」

 ガストンは言う。

 クエストの報酬は、依頼者が出す金額からギルドの取り分が4割と王国への税金4割を引いたものだ。冒険者が受け取れるのは2割にすぎない。

 そして、この男が金のことにとやかく言う時、その理由は単純だ。

「そんだけありゃあ、ちょっとは錬金術都市に移った賭場で遊べるからな」

「倍ならやっていただけるのですね」

 クラリスが尋ねる。ギルド職員特有の丁寧な中にも鋭さのある口調で。

「おおよ。賭場があの町に移るんでな。ちょっとは遊ばしてもらいたい」

「わかりました。倍、お支払いしましょう。他のお二人にも倍でお支払いします」

 クラリスが言い、署名のためのペンを用意する。

「ええっ、倍なんて悪いですよ」

 ソフィアが言う。

「いいからもらっとけ。クエストの間は、お前のギルド職員としての権限はなくなる。給料も傷病手当もなしだ。前のイブリータ討伐のときはギルドの職員としての仕事だったから、上役もいろいろ気を使ってくれただろうが、今度は、本当に丸投げだぜ。しっかり貰っとかないと、葬式も出せなくなる」

 ガストンなりのアドバイスだった。依頼者に相談することなく即決で冒険者へのクエスト報酬を倍にできるのは、依頼者が支払った金額を帳簿上減らして、ギルドの取り分と税金を帳簿上調整するからだ。もっとも税金を取り立てる役人にこれがバレると厄介なことになる。それを避けるためには交渉が成立した後で実際に依頼主からもらう額を倍にする交渉をするのだ。力と信頼関係でできるかどうかは決まる。

「ああ、こりゃもちろんの話だが、経費は報酬とは別だ。オレたちゃ、びた銭一枚払わねえ。うちのペットの分も頼むぜ。家に置いとくわけにゃいかない」

「わかりました」

 クラリスはあっさり了承した。

「あと、身辺警護にしても人数が少なすぎる。剣を使うヤツが二三人ほしい。あと飛び道具使いも、最低もうひとり要る。エルフだって寝なきゃなんねえんだ。交代要員だ」

「そのあたりは錬金術都市の冒険者ギルドが手配しています。できたばかりのギルドですが、身辺警護できる人数ぐらいは所属者がいます」

 クラリスが答える。

「いざと言う時に、ご令嬢が逃げるための馬車なりも用意してあるんだろうな」

「確認しておきます」

 それから、ガストンは細かなところを詰めていった。

 クラリスは3人に契約書へのサインをさせて、これでクエスト依頼を終了した。

 帰り道、ガストンはララノアに尋ねる。

「ララノア、あんたはなんでまた人間と一緒にやってこうって思ったんだ」

「昔なじみのおバカが、またバカやっちゃう時、私がそばにいれば、死なせないで済むかもしれない。理由はそれだけ。一見さんはお断り」

「いい人っぽい発言だな」

「私は人じゃない。いいエルフよ」

「ああ、そうだったな」

 二人の頭上には澄み切った青が広がっている。

 しかし、王都の方角、錬金術都市「プラーガ」のあるあたりには黒雲が拡がり、稲妻が走っていた。

 新たなる魔王と人間たちの戦いはもう始まっていた。

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