欲望の町


 昨日まで女魔王イブリータの襲撃をおそれ息を潜めていた町は、朝の光とともに再び蠢き始めていた。

 冒険者の集う場所は欲望で動いている。この「墓守りの町」も例外ではない。その証拠に、街中が俄かづくりの看板で溢れていた。

 欲望を煽る文言の数々。曰く。


戦勝記念セール開催中‼︎ 備蓄品大放出! なんでも、安いっ‼︎


お疲れさま 魔王討伐参加者に限り飲み物一杯無料!


艶やかな戦争未亡人があなたをお待ちしています。もう一戦交えませんか❤❤


勝って兜の緒を締めよ! 武具と防具のご購入・お直しは当店へ‼︎


腹が減ってはドラゴンは倒せぬ。うまい飯こちらでどうぞ‼︎


 冒険者の懐にある報奨金をあてこんで書き殴られた看板の数々。そして手ぐすねひいて待っている店主たちの張り切った笑顔。

「おかえりなさい! お疲れ様です。今日は特別サービス実施してますよ、どうぞ、どうぞ!」

 ことばに引かれるようにガストンはテントを張った飲食店のひとつに近づき、簡素な椅子に座り込んだ。

「すまねえが、もう膝が限界だ。今朝はここで飯ってことにしてくれないか」

 言うガストンの顔が青い。日に焼けた肌が血色の悪さと相まって、青黒かった。

「年寄りがムリしすぎなのよ!」

 ララノアが言う。

「同い年のお前にゃ言われたかないね…」

 ガストンにはまだ虚勢を張れる元気は残ってはいた。

 白獅子ホワイトライオンが変化した白猫が、ニャウニャウと寂しげな声で泣く。きっとガストンを心配しているのだろう。

 ガストンは白猫を撫でてやった。

「回復魔道士呼んできれくれ。文無しガストンの依頼だが、今日は金持ってるって」

 ガストンにそう言われたララノアは少し困った顔をしていた。

「なんだ、今日、なんかあんのか?」

 ガストンが尋ねる。その顔に影がさした。

「あるよ! 今日、回復魔法が使えて暇してるのは、あたしとお母さんだけだよ」

 ソフィアだった。

「おお、もう大丈夫なのか」

 ガストンは尋ねる。

「大丈夫じゃないと思われてるから、お休みもらえた」

「そうか。休みか。じゃあ、一緒に飯食った後、オレの膝の回復を頼みたい。昨日、がんばりすぎてガタがきちまった」

「じゃあ、うちに来て」

「で、今日はいったい何があるんだ?」

「あとで話す。ここは往来だから」

 ソフィアが言う。

 ララノアも何か知っていそうなそぶりだが、目を細め沈黙を守っている。

「なんだよ、お前たち。もったいぶってないで早く言えよ」

 一足早く町に帰ったガストンは知らなかったが、ある巨大な計画が進められていたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る