幕間劇
魔女の呪いとエルフの手
ガストンは白猫と一緒に家に帰った。白猫はガストンの家に入ると正体を現して、大きな白い獅子の姿に戻る。
「お前はうまく立ち回ったよなあ。たっぷり食べれて羨ましいわ。オレも飯があっただけ幸運だったかな。メシ代払ってねえしな」
「オレはもう寝る。お前も今日はここで寝ろ」
そう言うが早いか、ガストンは眠りに落ちた。一挙に疲れが押し寄せて、意識を保っていられなかった。。
二つの寝息がユニゾンを奏で始めた頃、鍵がかかっていたはずのドアが音もなく開いた。
入ってきたのは露出の多い黒い服を身に付けた女である。銀髪で灰色の肌をしていた。そして耳が長い。エルフ族、そのなかでも魔道に長けたダークエルフと呼ばれる者のひとりであった。
「ガストン、無事に帰れたのね」
女は言い、ひざまずいてベッドの上のガストン老人の顔を撫で、その後、覆いかぶさるようにして口づけをした。
「あのおっかないお姉さまより、私のほうがずっとガストンの唇を知っている。そして……」
眠っているガストンの手を自分の胸元に持っていく。
「若き日のあなたが私に叶わぬ恋の呪いをかけたように、あの日、私もあなたに呪いをかけた」
ダークエルフの声に合わせて、ガストンが苦しみの声をあげる。うなされていた。ガストンが腕を振り払った拍子に、枕元に置いていた皮袋が床に落ちた。ずさりと重い音がして、緩んだ紐の間から金貨が顔を覗かせる。
「まあ、大層な報奨金。よかったわね、ガストン。明日、さっそく賭場に行くといい。私がかけたのは、あなたが博打を打たずにはいられなくなる呪い。そして、絶対に勝てない呪い。丁といえば半、半といえば丁。どんな大金でも、ガストン、あなたの手にかかればあっという間に消えていく」
再び、唸り声を出すガストン。この魔女の存在に気づいているのかもしれない。
「でも、私は貧乏神なんかじゃない。愛しいあなたに祝福も与える。失えば失うほど、あなたは強運に恵まれる。生きて帰ってほしいから」
そこまで魔女が喋ったとき、
魔女は、指を唇に当て、静かにするようにと合図した。
しかし、夜目が効く白獅子は女を不審な侵入者として認めただけだった。威嚇のために一声、大きく吠える。
目の前で聖獣の声を耳にした魔女は震えあがった。
「無粋なケダモノが!」
魔女の姿は闇のなかに溶けるように薄れていき、やがて消えた。
「なんだ、白いの。はしゃいでんのか。いいから寝てくれ。うるさくてかなわねえ」
ガストンが寝ぼけた声で言う。そして、あとはいびきをかくだけだった。
それからひとりと一頭は朝まで眠りを満喫した。
「はあ、よく寝た」
目覚めたガストンは金貨の入った革袋が床に落ちているのをみつけた。手にとってみるが減っているといった気配はない。寝てる間に自分で落としたのだろうとガストンは思った。はみ出していた金貨をじっと見る。片面に女王の横顔があるアンナ金貨だった。
「こんだけありゃ、当分、楽できる。今日あたり、賭場も開くかもしれねえ」
ガストンのギャンブル中毒は呪いだが、呪いだって止めようはあるというものだ。まったくもって止まらないのはガストンのもともとの性分のせいであろう。
ドアを乱暴にノックする音がした。
「ガストンいる? お金返して。それとももう使い果たした?」
ララノアの声だった。
「朝から借金取りとはおそれいる。利子をつけて返すぜ」
ドアを開けてガストンは言い、金の入った袋を丸まるララノアに渡す。
「多すぎんじゃない」
「じゃあ、預かっといてくれ。必要なときは引き出しに行くから」
ぜんぶ渡してしまえばいい、とガストンは思う。金にさほど執着があるわけではなかった。
金を渡そうと立ち上がった拍子に足腰膝がガクガクするほど痛むことにガストンは気づいていた。特に右膝の痛みが激しい。火がついているように感じた。
「そりゃ、いいアイディアね。文無しガストン」
ララノアが言う。彼女はガストンがせっかく稼いだ金を博打で使い果たしてしまうのではと心配になってきたのだった。
「さっそくだが、ちょっと出してくれ。いっしょに朝飯を食いに行こう。朝だったら、オレ、パンケーキとフルーツでも我慢できる」
適性な支出だ。そして、肉食を嫌うエルフのララノアに適した食事でもある。
「いいわよ。行きましょ。今日は空いてる店、けっこうあるわ。冒険者の町だもの。みんなタフよ」
ララノアが笑顔で言う。ああ、この女、こういう顔もできるんだったなとガストンは思った。弓矢で戦っている時の勇ましい顔とは大違いの優しい笑みだった。
ガストンは歩きはじめたが、痛む膝をかばって妙な歩き方になってしまう。
「手をひきましょうか。敬老精神ってやつ」
ララノアが手を出す。
「仕方ねえ、今朝はババアとおてて繋いでいくか」
ガストンがララノアの白い手を掴んだ時、背後から、ニャーンと可愛い声がした。白猫がものほしそうな目でガストンを見ていた。
「おお、そうだ。お前も飯だよな、忘れてた。てわけで、野菜も肉も食える店に行くしかない」
二人と一頭は墓守りの町へと繰り出していく。
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