魔王大戦の記憶

 昨日と同じような青空に昨日と同じような朝日が昇った。今日も魔物退治に励むぜ。そう思っていたガストンのところに、エルマーがやってきた。

「ガストン。お前に命令しなきゃいけないことができた」

『双剣遣いのエルマー』はそう言った。ガストンがいたパーティの先々代のリーダーである。

 この男は『命令』という言い方が好きではなかった。いつもは、『お願い』という言い方をした。それでは組織の規律が守れないと言う者もいたのだが、冒険者パーティーに軍隊みたいな規則や指揮系統はいらないというのがエルマーの考えだった。そんなエルマーが「命令」と言うのだから、それは大したことに違いなかった。

「ガストン、お前と魔王との戦いはこれまでだ。弓のエルフと一緒に残る者の家族を安全な場所に運んでくれ」

 その頃のパーティーは大規模になっており、旅の途中で土地の娘と結婚したり、パーティのメンバー同士が結ばれたりして、戦いに参加できない者が増えていた。家族連れで旅を続けるのは、モンスター退治で食い扶持を稼いでいた頃からの習慣だったが、魔王はモンスターのように人を恐れたりはしない。いま戦えない者はひきあげたほうが良いのは確かだった。

「それならみんな一緒にひきあげればいいじゃないか。オレたちは王国軍じゃないんだからよ」

 ガストンは言う。冒険者はいつだって気楽なものだと。

「それがな。今朝、紙切れを渡された。『召集令状』ってやつだそうだ。これを渡された者は臨時の王国軍人になる決まりだ。拒めば死罪。その場で殺されても文句は言えないんだと」

「はっ? そりゃ、奴隷的労働すぎやしないか。オレたちゃ、ちゃんと税金も納めてるのに」

「納めててもダメだそうだ。いまこっこで魔王を殺さないと魔族以外が皆殺しにされるんだとさ」

「ああ、そういう脅しか。しかしよ、役人や軍人どもの脅しに屈してたら、冒険者はつとまらねえだろう」

「それが、あながち脅しでもない。ここから先の町や村に生きてる人間は一人もいないそうだ」

「そりゃ本当か。じゃあ、逃げようぜ、全員で」

「だから、それができないって言ってるんだ、ガストン!」

 いつも温厚なエルマーが、怒鳴り、こりゃ、本気だとガストンにも分かった。

「頼むから言うことを聞いてくれ。いますぐ、ここから離れるんだ。できるだけ遠くへ。ほかのメンバーの家族といっしょに。そして、オレの女房と子どもと一緒に」

 そう言うエルマーの瞳が潤んでいるのをガストンは見た。こりゃ、もう命令に従うほかない。ガストンは観念する。

「わかった。馬車の用意をしてすぐに出る」

 朝の冷たい空気が残っているうちに支度をした。ぐずって泣く子どもがいれば、あやし、泣いている女がいれば今すぐ馬車に乗ることが夫を喜ばせると慰めた。後で必ず会えるとも――そりゃどうだかなとガストンは自分でも思ったが、会える奴もいるはずだ。まるっきりの嘘ではないと信じていた。

 真昼にエルマーが率いる魔王討伐軍は出発し、それとは真逆の方向にララノアの乗った白馬を先頭にした避難民の幌馬車隊が走りはじめた。しんがりをつとめるのが黒馬に跨るガストンである。彼の背中には金色に輝くオリハルコンの短槍があった。

 途中、王国軍とすれ違った。金色の紋章をつけた立派な甲冑をつけた騎馬兵。お揃いの白い衣装を纏った魔術師たち。

「頼んだぜ、あんたら。仲間を助けてくれ!」

 ガストンはこれから起きることを何も知らずに、王国軍に声援を送る。

 避難民の幌馬車の群れの前に、何体か、はぐれ魔族が出てきた。遠くから走ってくる輩はララノアが破魔の矢で殺した。そして、矢で殺しきれなかった敵はガストンがオリハルコンの槍で仕留める。そして、ひとりも欠けることなく、今でいう「墓守の町」までやってこれた。

 一息ついて振り返った一同が見たのは真夜中のように黒い空だった。月はなかったが星は見えていた。そして、天空の半分はまだ昼。太陽が輝いている。

「半分の夜」

 ガストンは不思議な光景に心奪われた。

 稲妻とともに、暗い部分は縮んでいった。縮むにつれて色を変え、赤く染まっていく。

 やがて、日の光が勝利し、仮初めの夜は終わった。

 後には、ここ数日ずっと続いている青空があるばかり。

「なんだったんだ、今のは…」

 ガストンが見たのが、王国軍の魔道士たちによる封印魔法の発動であったことを知るのは後のことである。そして、王国軍はいまだその事実を明かしてはいない。徴兵された冒険者たちは一人残らず、真空の封印のなかに取り込まれた。


「オレはよぉ、一緒に逃げてきた全員に嘘をついちまったんだよ。戦いに行った奴らと『後で必ず会える』ってのは完全に嘘だった。例外なくみんな死んだんだ」

 ガストンは残りのエールを飲み干した。それでも飲み足りず、黒騎士団が頼んでいたワインをグラスに注ぐ。

「そんでな、さっきの話で気づいてくれてるかもしれねえけどな、あれ以来、オレは王国軍のこと、あんまり好きじゃねえんだわ」

 控えめに言ってな、とガストンは思ったが言わない。さすがにそこまで愚かではなかった。すべてをぶちまけるかわりにワインを一気に飲み、口をぬぐう。

「それでも、今回もご協力いただけたということですな」

 ギルバートが言う。

「自分が大切に思うもののために。あとは知らねえってことで。冒険者というものはそういうもんですよ、だんな。では、今日はこのあたりでおいとまを」

 ガストンは冷え切ってしまった肉の皿をつかんでさっと食堂を出た。その後を白い猫が追いかける。

 あの黒騎士団が何のために来たのかが気になったが、詮索するのは明日でも遅くはなかろうとガストンは思う。今日の彼らの雰囲気が決戦前夜というふうではなかったからだ。本当の戦いが始まる前の幕間まくあい

「ちゃんと食って、今晩ぐらいはしっかり寝るんだな」

 持ってきた皿のなかのものを摘みながらガストンは白猫に話しかけた。

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