撤収の早い男
大魔王が飛び出した後の大戦墓苑の空は快晴だった。さっきまで辺りにあった毒沼や瘴気たっぷりの大気は消え、辺境の爽やかな風が吹きわたっている。もうここは魔族の
「めでたし、めでたし――じゃあねえところがツレえとこだな」
ガストンは言いながら、口のなかに入ってしまっていた砂を唾と一緒に地面に吐き捨てた。
また、ソフィアが小言を言ってくるのではないかと思ったが、彼女はハリネズミじみた姿に成り果てた女魔王の身体を前に泣き崩れている。その傍らにはソフィアの育ての親のひとりであるララノアと上司であるクラリスがぴったりとつき、慰めている。親族の葬式のようなムードだった。
「あのよ、死んだイブリータは敵だつうの。まったく、調子狂うぜ…」
ガストンはもう一度、地に唾したい気分だったが、口のなかはもうカラカラで何も出てこない。そういえば腹も減っていた。
ガストンはしばらく迷った後で尋ねてみることにした。
「クラリス、クエストの報奨金、いますぐもらえないか?」
ぶしつけな願いだ。しかし、金の話は婉曲に言うと伝わらないことをガストンは知っていた。
「ここでは無理ですが、ギルド会館に来ていただければ支払えます」
ソフィアの隣にいたクラリスが顔をあげた。町が燃やされてもギルド会館は無傷だ。錬金術師が耐火素材を提供していたし、幾重にも魔法障壁に守られている。
「じゃあ、すぐに頼むわ。おれ、こいつと肉食いに行くから」
白獅子を指すガストン。肉を食うのはこの獣と交わした約束であった。
「すぐに行きます。でも、肉屋だか食堂だかは営業してますかね」
クラリスは心配して言う。
それに対し、すでに白獅子の背中にまたがり、町へ向かって進みはじめたガストンは振り向きもせず手を振るだけであった。
集まった冒険者はまだ大戦墓苑を離れようとはしなかった。クエストのあっけない幕切れを受け入れがたく、名残惜しさのようなものを感じていたのだった。ひそひそ話がかわされる。大魔王は王都の方向に飛んでいったとか。逃げた大魔王はオレが倒して名を上げるとか。大魔王を成敗してくれると言うのは年若くて軽率な者ばかりだった。魔王大戦を経験している者なら絶対にそんなことは言わない。人族の総人口の約半分が死んだのだ。そこいらの若造が退治できるような相手ではないと分かっていた。
「オレさあ、昔っから、ああいうダラダラするの嫌なんだわ。終わったら、すぐに帰って、タレをつけて焼いた肉にちょっと辛子をつけたのをパクリとやってさ、冷やしたエールをグビリ。これが最高の冒険のシメってもんだ。今日はどこまでできるか分からねえがよぉ。なんたって燃えてたんだから。でも、オレが一番乗りみたいだから、なんかまともな食い物にありつけるだろう」
ことによっちゃあ火事場泥棒の真似事をやらねえといけねえかもなあとガストンは思う。しかし、それほど嫌ではなかった。冒険者と盗人の違いが分からない市民は多いし、持ち主が生きていれば、金を払えばいいだけだ。冒険者はものごとを複雑に考えない。そういう習慣がついている。
一番に燃えさしの町に戻ったガストンが見たものは、黒馬に黒甲冑という真っ黒な連中だった。果たして、彼らは何者か。
「野武士にしちゃあ、立派すぎる装束だが、なんだ、こいつらは…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます