女魔王の心臓

 勢いづいた冒険者たちが砂煙をあげながら走ってくる。女魔王に近づくにつれて、さらに勢いよく。両手を広げて止めようとするソフィアの姿など、ないもののように。このままだとソフィアは押しつぶされてしまう……。

「女、お前にはすべてを見届けよと命じたはずだ」

 そう言うと、イブリータは腕を横にふるった。腕の動きにあわせてスケルトンが動き、ソフィアの身体を突き飛ばす。横に転がったソフィアは冒険者たちの群れから離れたところに横座りになった。ガストンとララノアが駆け寄る。

 ソフィアは女魔王の顔を見た。妙に晴々した表情をしていた。

「我が名を歴史に遺すことは叶わぬようだ。それが『ひこばえの魔王』の運命さだめか…」

 王国軍とまみえることを望んだが、それはかなわなかった。女魔王イブリータはもとよりいなかったものとして処理される。

「しかし、これで終わりではないぞ。むしろ、始まりだ」

 魔法遣いがイブリータに最強の氷結魔法をかけている。詠唱の続く限り温度を下げ続ける魔法だ。六隊に分かれて詠唱を続けることで、長時間にわたって術を発動させていた。煙のない炎をもとに作られた魔族は氷に弱い。

 凍りかけたイブリータに弓兵はありったけの矢を射込んだ。その身体が矢羽で真っ白な毬栗に見えるほどに。

 回復魔法を使うソフィアは、女魔王の心臓が弱っていくのを感じることができた。途切れがちになり、やがて完全に心音が消えた。

 冒険者にいた魔法使いたちもそれを感じた。そして叫んだ。

「やった!」

 と。

 その瞬間である。地響きが始まったのは。

 すぐに大戦墓苑の地面に巨大な裂け目ができた。そこから現れたのは黒い手、そして炭のような黒い腕を使って土中から這い出してくるものがあった。二〇年まえに倒されたはずの魔王の身体だった。ついに全身が地上に出てきたが、以前の魔王と違ったところがあった。頭がないのである。そのかわりに人とおぼしきものの姿が見えた。

 ざわつく冒険者たち。攻撃を始めるものもいたが、甦った魔王は魔法も矢も通じさせぬ結界を纏っており、効果はなかった。

ひこばえの魔法が消えるとき、真の魔王が復活する。イブリータはそう言っていました」

 ソフィアが言う。

「そういうことか」

 ガストンにもおぼろげながら想像できた。女魔王の様子がおかしかったのは大魔王を復活させるためだったかと。

 闇でできているかのような漆黒の大魔王は背中のコウモリじみた飛膜を広げた。それは光を遮り大戦墓苑全体を暗くしてしまうくらい大きかった。

 大魔王は羽ばたき、地を離れた。猛烈な風を起こしながら、大魔王は天空高く舞い上がる。

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