大いなる武器の大いなる失敗

 膨大な熱と共に黒煙が湧き上がり、上空で逃げ場を失って再び地に落ちる。これを繰り返してキノコ雲は育っていく。この日、『墓守の町』に湧きたった黒雲は、遠く王都からも観測されたと国の公式文書にも残されている。そして、記録は次のように続く。

 黒雲は半分が崩れ、すぐに消えていった。中の町の商家の娘であるオリヴィア嬢は『古の門』を用いて空間を局地の無人地帯に繋げ、彼女が指揮した冒険者へは爆発の影響がないようにしていた、と。

 戦斧の遣い手オーランドから作られたアンデッドは全身が灰になり消滅した。あまりの高温ゆえに斧も溶け、金属の蒸気となって消えたのであった。

 死人が死人を増やす地獄の戦場は炎によって8割がたが浄化され、死の連鎖反応は止まった。

 予期しなかった攻撃で魔王イブリータの半身は炭になっていた。能力の限界を超え、すぐには身体を再生させることができない。

「おのれ…」

 半分が黒く変色した顔でイブリータは呻く。すぐに使いにやった者たちの首に仕掛けた爆殺の呪いを発動させる。しかし、ひとつも手応えがない。オリヴィアが解除法を編み出し、すべて無効化していたのだから当然である。

「くっ…」

 回復魔法を最大で発動させていても、痛みが抑えきれない。イブリータは弱っていた。

 スケルトンが我が身を組み替えて輿こしとなり、その上に座した魔王をゾンビが運んでいく。儀式ばった動作ではあったが、疲れ果てた冒険者たちが負いつけぬ速さで、大戦墓苑へと撤退していく。

「勝った、のか?」

 剣士アレックスが呟く。

「勝ってない!!」

 アレックスの問いはフロギストン・デストロイヤーの発動者によって否定された。オリヴィアは続ける。

「魔王は死んでない。あたりのフロギストンもなくなってない…。なんでなの?」

 なんでって、知るかよとアレックスは思ったが、地に膝をつき髪をかきむしるオリヴィアを見て、それを口にすることは出来なかった。

 落胆したオリヴィアは既に指揮ができる状態になかった。

 彼女が燃焼の科学的事実に至るのは後のことであり、今ではなかった。

「治療と回復を最優先。追撃はその後だ」

 普段からパーティを仕切っているアレックスが自然と後を引き継ぐことになった。

 回復魔道士の活動が始まる。爆風が直撃しなかったとはいえ爆弾の火力は冒険者たちの体力を奪っていた。飛び散った岩や高温になった装身具のために負傷した者も多い。

 大戦墓苑の中央をめざすガストンは、目の前に女魔王を乗せた輿をみかけた。イブリータが黒焦げになった腕をあげて指揮しているのを見なければ、それを葬列と勘違いしてしまったかもしれない。老眼のガストンには遠くがよく見える。焼けて黒ずみ、色を失った魔王軍は、あと一戦交えればこの地上から消えてなくなりそうに思えた。好機である。ガストンは、神獣の戦車チャリオットの手綱を引き加速させる。

 走りながら投槍器アトラトルとそれ用の後ろに穴の空いた木製の槍を準備した。これは弓矢には飛距離で負けるが、素人でも短時間の練習で遠くの的に当てることができるようになる飛び道具である。そして、槍遣いであるガストンが得意とするものであった。

 一投目、イブリータの心臓めがけて槍を投げる。命中した。脈動にあわせ胸から血が噴き出している。うめき声をあげてイブリータは倒れた。これで終わり――などとガストンは決して思わない。先の魔王大戦を経験しているのだ。完全に灰にでもしてしまわない限り魔王は死なない。攻撃の手を緩めれば逆に殺される。

 二投目は倒れた女魔王の脳天を狙った。毒蛇を殺すなら頭を潰すのが常套。魔王も脳を破壊されれば再生に時間がかかる。少しでもライフを削ってやらなければ。

 しかし、二つ目の投槍は命中しなかった。飛んでいく槍を斬り落とした者がいたからだ。

 槍を止めた者の顔をガストンはよく知っている。懐かしい顔だ。『双剣遣いのエルマー』。ガストンがいたパーティの先々代のリーダーである。

「『よお、久しぶり』とでも言えばいいのかよ」

ガストンは顔をしかめて言う。皺だらけの顔がさらに皺にまみれた。

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