悪たれ令嬢オリヴィア

「お待ちください。こんな高いころでお話をお聞きするほど、私、偉くありませんわ。すぐにそちらに参ります。お茶でも飲んで待っていてくださいな」

 オリヴィアは言い、使用人にテーブルと椅子、ハーブティーを用意させた。

 メイドたちは皆、きびきびと動く。その動きには剣技に通じるところがあるようにガストンには思えた。常に最短距離を最速で移動している。優雅なふるまいとは別のものだ。

 それでも、彼らが持ってきた薬草と香辛料をたっぷり使ったお茶はガストンの緊張をほぐしてくれた。

「お待たせしました。いかかですか、お茶のお味は」

 降りてきたオリヴィアが言う。近くで見る豪奢なドレスは圧倒的な優美さで、クラリスを口汚く罵ったのが何かの間違いではなかったかと思えるほど上品にみえた。

「クラリスからの手紙を預かってる。ことの次第と、ご令嬢である貴方へのお願いが書いてある」

オリヴィアは受け取った手紙を読み始めた。ものすごい速さで読み進め、顔をあげる。

「理解した。クラリスの部下の救出と王国の危機の回避。そのために、この城のすべてを使って、王宮に直接ゲートを開けってことね。了解。すべて引き継ぐよ。もうひとつの手紙も渡して。女魔王から国王に宛てたやつ」

 オリヴィアが手を出す。

「いや、それは王様宛てだから、あんたに見せるわけには。だいいち魔族の言葉で書いてあるから読めもしな…」

 ガストンは強い言葉で断ろうとしたが、なぜか呂律がまわらなくなっていた。

「やっと?」

 オリヴィアが言う。

「な…」

 ガストンの意識は朦朧としてきており、もう喋れなかった。

「やっと効いてきたかって言ってんだよ。ひぐまに効く量入れてんだ。いいかげん倒れろよクソジジイ。こっからはあたいのターンだ!」

オリヴィアは右の拳を固め、ガストンの側頭部を殴った。やはり彼女は『悪たれ令嬢』の二つ名にふさわしい人物だった。お茶に一服盛ったうえで殴ってくるのだから。

「おま、これ、なん…」

 意味不明の呟きだけ残して、ガストンは中庭に倒れた。目を開けたまま意識を失い、口から泡を吹いている。右手は槍を掴み、左手は魔王からの手紙を握っていた。

「死んでも槍を離しませんでした、か。冒険者のかがみね。でも手紙は離してちょうだい。ぜんぶの指を切り落としてでも私がもらう」

 倒れていたガストンの左手の指が無意識に開いた。

「ふっ、面白いな、このジジイ…」

 オリヴィアは目を開けたまま倒れているガストンの脇腹を軽く蹴って反応をみる。ピクッと動いたが、それっきりだった。ガストンの意識は闇に飲まれてしまっていた。


 ソフィアの頬を涙が伝う。

「ガストンおじさん…」

イブリータが近くにいるので小声で言う。胸騒ぎがしている。

「あのじじい、死んだかもしれぬな。首輪の反応がおかしい」

 金色こんじき玉座ぎょくざの上でイブリータも異変を感じていた。

ソフィアは天蓋つきのベッドのなかにいる。むろんここは大戦墓苑の地下にある金属製の箱のなかである。先代の魔王を滅ぼしたとき、近くの一切合切を巻き込んでなかに封印したのだ。巻き込まれたものなかには近隣の家にあった新品のベッドも含まれていた。もっとも、それは稀有な例であり、封印されたものの多くは怪我人や死人だったのだが。

「いま生きておっても、同じことだ。黙っておったがの、あの首輪は王都へ着いて使命を果たした者も殺すのじゃ。王宮へ着くと爆発するようになっておる。ひとつが爆発するとぜんぶが爆発して終わりじゃ。爆発を逃れる者がおってもな、赤く燃える宝石はこのイブリータのしるしじゃ。王へ宛てた手紙には、この者は魔族に与する裏切り者ゆえ殺してはどうかとも書いてある。一介の冒険者の生命など、あっさり獲られてもおかしくない。まあ、そうやって皆死ぬのじゃ。生き残るはお前ぐらいじゃな。刮目し、後世にしかと伝えるがいい。女魔王イブリータの戦いぶりを」

 伸ばした自分の爪を眺めながら淡々とイブリータは言う。

「ご自身も生き残れぬようなもの言いですが」

 ソフィアは気づいてしまった。

「そう聞こえたか。我はひこばえの魔王ゆえ。しかし、相まみえたからには必ずや殺し尽くしてくれるぞ」

「あの、蘖の魔王とは?」

「気になるか。では、説いてやろう」

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