ガストンの騎乗
昼なお暗い『黒い森』。そこにつけられた細道は、魔王大戦前から使われ、今では冒険者ギルドなど特定の組合に所属する者しか通らない旧街道である。その道を馬上の人となったガストンが疾走する。馬の首に掛けられた通行手形。金色の金属板の真ん中につけられた黄色の魔法石が光を放っていた。その光を受けた小枝は退き、ガストンに道を開ける。馬は疾風の速さで森を駆けていく。
いつも走ってばっかりだ、とガストンは思う。ガキの頃からずっとそうだ。いつも泣きべそをかきながら走るんだ。誰か助けてくれ、助けてくれって叫びながら。魔物に故郷の村を焼かれた時、強くなるって決めた。次こそは愛する人たちを守りたい。槍の稽古をはじめた。槍の達人と言われたこともある。でも、結局、ちゃんと守れちゃいない。いつも自分の手に余って、逃げ出して、助けを求めてる。この歳になっても、何も変わらない。日が昇った今も残る夜の瘴気のせいで、ガストンはついつい暗いことを考えてしまう。この道を往く者のなかには邪霊に曳かれて森に迷い込むものが後を絶たない。それに危険は瘴気ばかりではない。
馬の匂いを嗅ぎつけて銀色狼の群れが追ってきた。馬の腿肉にかぶりつこうと大口を開ける。
ガストンを乗せた八脚馬が跳びこんだ光の輪は、『
「『錬金術の町』にある悪たれ令嬢の城まで飛ばしてくれ!」
古の門のなかでガストンは叫ぶ。通行手形につけられた魔法石がひときわ強い黄色の光を放ち、ガストンと馬の姿は黒い森から消えた。
次の瞬間、ガストンの姿が現れたのは、ガストンの家のある村と王都とのちょうど中間にある大きな街。その中心に聳える古城の中庭であった。
季節の花が咲き乱れ、贅を凝らした彫像つきの噴水が庭の真ん中にあった。爽やかな風が吹き、朝の光のなか、汗まみれで背中から湯気さえ立てている馬とことの始まりから不眠不休でここまで来たやつれ顔の老人、ガストンはあまりに不似合いだった。
「ようこそ、お客人。この庭に来られたからには急ぎのご用向きでありましょう」
上から声がした。ガストンが首をあげると、城のバルコニーに古風なドレス姿の女が立っている。美しいが鋭い目をしていた。
「その通り、すぐに王都まで行きたい。冒険者ギルド勤めのクラリスの助けでここまで来た。その、なんだ、あんたが…『悪たれ令嬢』ってことでいいのかな」
ガストンはおっかなびっくり言った。『悪たれ』ってのはどの街でも悪い意味しかねえだろう。この女、怒りゃしねえかな、と。物怖じしない彼もさすがにこれにはびくついていた。
「ああ。冒険者ギルド会館勤めのクラリス様。元『戦斧の乙女クラリス』様でございますね。よく存じております」
丁寧な口調で女は言う。しかし、丁寧すぎて少し怖い。それに彼女の言葉には怒りが込められているようにガストンには思えた。
「その通り、です」
です、だって。このオレが…。思わずガストンも丁寧な口調になってしまった。
「クソッ、あの
一瞬、悪人の表情になって女は言った。
「あら、これは失礼いたしました。私、自らが『悪たれ令嬢』と名乗ったことはありませんの。私のことはオリヴィアとお呼びくださいな」
また丁寧な口調に戻ってドレス姿の女は言った。こいつは本当に悪たれらしいが、頼み事をして大丈夫なのか、ガストンは少し不安を覚えた。
「さあ、なんなりとおっしゃってください」
ガストンの思いを知ってかしらずかオリヴィアは微笑んで言う。しかし、その笑みは目が全く笑っていない。
切れ長の鋭い目はさらにするどさを増し、バルコニーから自分を値踏みしているようにガストンには思えるのだった。
「じゃあ、さっそくお願いなんだが…」
ガストンはオリヴィアを見上げて切り出した。
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