大戦墓苑への道行き

 荒れ地の間にひときわ白く細い道があった。その果ては墓地へと続いている。

 すでにガストンたちは墓地への道行きである。強い日差しが3人の影を路傍に落としている。ガタイのいいクラリスを先頭に、真ん中にソフィア、しんがりはガストンという順番は期せずして背の高さの順でもあった。

「気にくわねえ」

ガストンが言う。

「戦後生まれがよく育ってることが? 背が低いの気にしてるなんて思わなかった。なんなら順番かわりましょうか、おじさん」

 ソフィアが言う。彼女はギルドハウスにいたときと違い、白いガウンで身を包んでいた。黒い石を金で装飾した長い首飾りを提げ、トネリコで作った杖をついていた。善良そうで、それでいて意味ありげ。回復魔道士の間で最近流行している装束だった。

「そんなんじゃねえ。いつの間にか巻き込まれちまったのが嫌なのさ」

「えええ、おじさん、ひどい。『なんでも言ってくれ。金以外のことならだいたいなんでも解決してやるぜ』って言ってじゃない。あれ、嘘だったの?」

「そりゃ本当だ。お前のお守りをするのにゃ慣れてる。それはいいんだ。まんまとお前の上役さんの言いなりになっちまってるのが気にくわねえんだよ」

 ガストンは口のなかに入ってきた砂を唾といっしょに道端に吐き棄てた。その瞬間

ソフィアが「きったないなあ…。戦前生まれはそういうことするから嫌われんのよ」とつぶやいたが、ガストンはそのことばを無視し、ソフィアの向こうにある巨躯を睨んでいる。その視線は、分厚い甲冑を破りクラリスの背中に穴よ開けとばかりに鋭いものであった。

「さきほどからのやりとり、私に聞かせようというものですか、ガストンさん。いいんですよ。ヘイトを集めるのには慣れています。今も昔も」

 クラリスが身につけた銀色の甲冑は表面に魔法の呪文を彫り込み墨を流し込んだ高級品であった。体格のいいクラリスにぴったりに設えたものであり、武具屋でほいほい買えるような安物ではなかった。上級冒険者の持ち物。しかも専門性の高い仕事しのぎのためのものだとガストンにはみてとれた。

「クラリスさん、あんたがそいつを毎日着てたのはいつ頃だ?」

ガストンは尋ねる。

「十年も前になりますか。まだ、ダンジョンの奥を突けば魔族の残党がうじゃうじゃいた頃ですよ」

「思い出した。あんた『戦斧の乙女クラリス』か。噂は聞いたことあるぜ」

「へえ、『世界一の槍使い』にも名前が知れてしたとするなら、光栄ですね。でも、それも今は昔。もう戦斧なぞ持っておりませんし、乙女と呼ばれる年齢としでもなくなりました」

「わかった。もう言わねえことにする。んで、じゃあ、オレも訂正してほしいな。オレが槍の大会で優勝したのはあんたが生まれる前。オレが若い頃のことだ。大昔さ。槍の大会は年二回開催されている。四〇年の間には八〇人の『世界一の槍使い』ができる。珍しくもねえ。それにバリバリの冒険者は毎日の仕事しのぎが忙しくって大会になんて出てこない。本当に強い奴は大会にはいないってことよ。つまんねえ世界一だ。自慢になんかなりゃしねえ。今じゃ、落ちぶれて『文無しのガストン』で通ってる。こそばゆいことを言わないでくれ。オレは頭悪いし、魔法も使えねえ。毎日の飯のために街の外に出かけるただの冒険者さ」

「頭は悪くないでしょう。出かける前にソフィアにララノアさん宛の手紙を書かせている」

「ソフィアのことはなんとしても守るつもりだけど、万が一ってことがある。どこへ行ったかぐらいは知らせておくさ。オレがアホだっていっても、ガキの頃から冒険者やってんだから、そろそろそれぐらいのことはできてもおかしかねえだろ」

 三人がぶつくさ言いながら歩いているうちに、大戦墓苑に到着した。

 小高い丘が削られ、金属が露出している。そしてその一角に立ち上がっているのは、墓地を覆う蓋だった。

「待ってたぜ。早いところ検収所を作ってくれ」

丘の向こうからやってきた男が叫んでいる。ガストンはその声に聞き覚えがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る