クラリスは元タンク
ガストンは驚き、思わず槍を握り直して振り返った。なんだ、こいつ。オレにぜんぜん気配を感じさせなかったじゃねえかと。そこにいたのは…。
「クラリスと申します。ずいぶんと賑やかなので様子を見に来ました」
男と聞き間違えてしまいそうな低い声。一見すると大男かと思わせるガタイの良さ。ガストンからみて長身に見えるソフィアよりもさらに頭二つぶんは大きい。肩幅はソフィアの倍と言ってよかった。筋肉質の太い腕はガストンなど片手で投げ飛ばせそうだった。長い金髪に縁取られた顔は目鼻立ちがはっきりしており、美しかった。少しふっくらとした唇を強調するように濃いピンク色の口紅をさしている。受付嬢のお決まりである黒いパンツスーツは似合っていた。しかし、彼女を見たらもっと似合う装束を思い浮かべるだろう。甲冑だ。
「あんたソフィアも危ない目に合わそうとしてるよな」
ガストンが聞こえないくらいの小さな声で言う。
「どういうことでしょうか」
腰を軽く曲げてクラリスが言った。
「嫁入り前の娘を古戦場の毒沼に向かわせるんだろ」
「はあ、まあ…」
「なんだぁ、その曖昧な返事はぁ!!」
声を荒げるガストン。さっきの小声とのコントラストでびっくりさせようという幼稚な脅しだ。
言った後、ガストンは歯を剥いて威嚇した。赤銅色の肌に真っ白な歯が映えている。彼は高齢にもよらずまだ歯を失っていなかった。
「ソフィアだけが行くのではありません。私に同行してもらいたいということです」
膝を曲げ、頭をガストンと同じ高さにしてソフィアが言う。落ち着いた声だった。その声音からも侮れない女だとガストンは思った。
「そんな子ども相手に話すみたいなことしてほしいと思ってるわけじゃねんだ。じゃあ、逆にこうしようか」
ガストンは近くにあった椅子を持ってきて、その上に乗った。椅子が揺れて、思わずクラリスの肩に手を伸ばしそうになったが、なんとか堪えた。
「最近は男も女も背が高えんだよなあ。オレみたいな戦前生まれにはこうでもしなきゃちゃんと話ができねえ。で、あんたが毒沼行きの道連れにソフィアを連れてくって言ってたが、何の用があるんで。そういうのは冒険者の仕事だ。あんたらギルドの事務方は粛々と告知やら支払いやらをやってればいいんだよ。仮にあんたがどんなに昔取った杵柄があるにせよだ」
「ああ、それはまだお聞きでなかったのですね。事務方である私とソフィアは、討伐したスケルトンの数をカウントしに現場に入ります。今回の場所は墓地です。退治されて動かなくなったスケルトンともとからの死体の区別をつけるのは面倒です。現地で確認してしまったほうがいい。ズルをする人が出てきます」
「それに二人もいるかね。ソフィアである必要もあるかね。そういう危ないところへはな、万が一の備えの銭がたんまりあって、ギルドが補償もしてくれる、あんたみたいなお人だけ行けばいいんじゃねえかとオレは思うんだが」
ガストンは口を尖らせて言う。
「もう、おじさんやめてよ、私が恥ずかしい…」
ソフィアが肘でガストンをこずく。
「何言ってんだ。こういうことはな、はっきりさせとかねえと、この後もえれえ目にあうんだから…」
こいつはまだ世間を知らねえなとガストンは思う。
「今回の一件にはソフィアさんの力が必要だと考えています。彼女ほどの回復魔法の使い手を私は知りません。なにかあれば、私がヘイトを集めます。この仕事をやる前はタンクです」
タンクとは敵の攻撃を一身に集め、他のメンバーを守る盾役のポジションのことだ。
「そして、ソフィアさんと縁の深いガストンさんのお力もぜひお借りしたいのです」
クラリスは続ける。
「はっ? なんだ、オレもだ? オレはスケルトン退治はやるけども、ギルドの事務なんざやんねえぜ。計算も帳簿書きも苦手だ。オレは関係ねえだろ」
「それがおおありなんです。今回のスケルトン騒動の第一発見者が言うことには、ソフィアのお父様がいたというのですよ」
「骸骨を見てか。顔わかんねえだろ。誰だそんな適当なこと言ってる奴ぁ」
「かつてあなたが所属していたパーティの面々です」
クラリスはそう言うとガストンの顔をじっと見つめた。
「ああ、あいつら、何が面白くてそんなヨタを飛ばしてやがんだ」
ガストンは言い、かつての仲間たちの姿を思い出す。決して悪い奴らではなかった。もちろん聖人君子みたいな奴はひとりもいないが…。
「ソフィアのお父さんは魔王討伐の大貢献者。彼の永久の眠りを覚ましたものがいるというのが与太話か、真実なのか確かめたいと思っています」
クラリスは言う。
「ソフィアは行く必要ないんじゃねえかな。父親の死体をみたい娘なんてそうそういない」
ガストンはしかめっ面をして吐き捨てる。
「じゃあ、私は変わってんだね。行きたいんだから」
ソフィアが笑顔で言う。
「なんでまた…」
「父さんの死体をオモチャにしてる奴を倒したい、そういう理由」
「ああ、なるほどな…。わかった」
「では、ガストンさんもご同行いただけるということですね。さっそく支度をはじめます」
クラリスが言った。ガストンは返事をしなかったが、厄介事に巻き込まれてしまったことは認めないわけないはいかなかった。
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